思い出の味を:TGM(同居)
昔ながらのメーカーのパンケーキの粉を手に、ボウルに逆さにしていれて大きな卵をふたつと、ミルクを少し多めに。ざくりざくりとへらで掻き回して時々持ち上げてはタネがぽとぽとと落ちていく。
温めたフライパンにマーガリンをたっぷりと溶かすと、ボウルからタネを落として焼き上げていく。ふつふつとしてきたらチョコチップをたっぷりと散らして、はずみをつけてひっくり返す。少しの焦げはご愛敬。カリッとした食感があった方が美味しいだろ。
3枚分すべてを焼いて、重ねたパンケーキにきらきらと輝くシロップを掛けて、この上にマーガリンを大きくひとかたまりを落としたら出来上がり。大きなマグで湯気を揺らすカフェオレを傍らにナイフとフォークで切り分けていく。
ぱくりと口に放り込めば、広がるのは俺の思い出の甘くて、苦くて、寂しい味。
「良い香りだ、ブラッドリー。僕にもひと口くれるかい」
背中からのぞき込んでくるマーヴの大きく開けた口に、若干ちいさく切り分けたパンケーキを放りこむ。折角作ったパンケーキが減ってしまう。でも、この味はマーヴも好きな味のはずだから分けてあげる。むかしは、よく美味しいと一緒に食べていた味。
「……懐かしい味だね」
マーヴはかたりと椅子を引いて傍らに座ると、苦い苦いコーヒーをひと啜り。子供の時には飲めなかった、でも背伸びして飲んではマーヴにプレゼントだと渡していた飲み物。いまは飲めるけれど、それでもカフェオレの方がずいぶんと美味しいと思う。
「おいおい、ひよっこ坊やはハイカロリーな甘いもの食べてるな。お前、トレーニングちゃんとしてんだろうな」
悪態とため息をつきながら軽い足取りで目の前の椅子に座ったジェイクは、背もたれにどっかと寄り掛かってくいっと口の端を上げているお決まりの笑顔でこっちを見ている。関係性が変わってもその表情はむかつくが、態度の理由は分かっている。マーヴと俺がパンケーキを食べているからだろう。それも、共通の思い出の味の。
ジェイクは埋められない俺とマーヴの年月に焦っているのか、こうして挑発するときがある。俺もマーヴももう慣れてしまった、というか理由が分かってしまえば可愛いものだ。時々は、本気でむかつくことがあるけれど。
お詫びに、じゃないけれどマーヴよりは大きくカットしたパンケーキをフォークでむんずとさして、その口元へと運んだ。ふん、と鼻を鳴らしたジェイクが大きな口を開けてフォークをがちりと噛むともぐりもぐりと大げさに味わっている。
「生地がしっかりしてんな、このパンケーキ」
どうやらお気に召した様で、深い谷底のような眉間の皺はちょっとした跡を残して消えた。
「キャロルとグースと僕たちの思い出の味だよ」
「……そっすか」
「どっしりした生地と、チョコチップを振りかけるのがブラッドショーの家の味なんだ」
朝起きたら急に食べたくなった母のパンケーキ。目が覚めて、ふと寂しくなった。母がいないという事、父がいないという事。思い出が遠くに行ってしまったことが。
隣を見たらマーヴはいなかったし、反対側を見たらジェイクもいなかった。広いベッドの中央にひとり、珍しくない事だったのになぜか急に胸が苦しくなった。だから、パンケーキを作った。昔の味。母と喧嘩した時、褒められた次の日、誕生日の昼、マーヴが来た時の夜の味。愛がつまった、暖かい味を思い出したくて。
美味しく出来た。過去と同じ味が腹を満たす。そのはずなのに、いつまでたってもどこか寂しくて。ジェイクの気遣うような視線も、マーヴの同じ時間に立とうとする振る舞いも重苦しい胸に紛れて腹の底に重く落ちていった。
ペコ@greenteapeko.bsky.social
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