野菜にスパイス、白いお米でできている

 最近少しばかり、体重が増えた。理由は明白。秋のせい。そして桜河のせいで、椎名のせいで、天城のせい。

「HiMERUはん一緒にいこ♪」
 そう言われてしまえばHiMERUは、桜河の後をとことこくっついて行って、カフェの季節限定スイーツを食べてしまう。
「HiMERUくんのために作ったっすよ。こういうの好きでしょ?」
 ちゃんと知ってるんすよ〜、と椎名に屈託のない笑顔を向けられれば、HiMERUは目の前に置かれた料理を無視できない。
 さつま芋のクリームがたっぷり乗ったモンブラン。甘味と塩味のバランスが絶妙な『ニキくん特製』ホクホク栗ご飯。そして。
「――カレー、ですか」
「おう、おかえり。そーそ、今夜はカレーよアナタ♡ 手ェ洗ってうがいしてそれから俺っちをハグして♡」
「馬鹿なんですか」
 自宅の玄関を入った瞬間にふわりと漂ってきたスパイスの香り。鼻歌を歌いながらキッチンに立つ男は、HiMERUの知る限り、この世の誰よりもエプロンが似合わない。
 食欲を擽るにおいに釣られ、HiMERUはジャケットを脱ぐのも後回しにしてキッチンに足を向けた。背後から燐音の肩に顎を乗っけると「うお」とびっくりしたような声が上がる。
「なァ〜に、なんかあったん?」
 くすくすと笑う彼は顔をこちらへ向けて鼻先にキスをしてくれた。普段と違うことをすればまず心配してくれるのが、この男の優しいところ。
「……」
「えっシカト? マジでどしたメルメル、あ〜料理してンのに勃ちそう、料理してンのに。どーしよ。も〜おめェがくっついてくるからァ〜」
 そうしてその優しさに甘えてHiMERUがじっと黙っていれば、余裕を貼り付けていたその顔がじわじわと焦っていくのが、この男の可愛いところ。どちらにしてもHiMERUにとっては好ましい。
 腰に回した腕にきゅっと力を入れると、燐音がお玉を持っていない方の手であやすように、手の甲を撫でていった。ふと視線を右にずらす。包丁。まな板。その上に散らばった野菜の残骸。
「……かぼちゃ?」
「おう。なんか流星隊の八百屋の子? がくれたンだよ、余ってるから〜つって……。カレーに入れたの。メルメルこういうの好きっしょ?」
「椎名と同じこと言ってる」
「あン? ニキが何だってェ?」
「――こっちの話です」
 芋、栗、かぼちゃ。確かにどれも好きだ。秋になるとコンビニのスイーツコーナーに並ぶデザート類はどれも魅力的だし、それらを使った料理も美味しい。けれど『食欲の秋』だなんて自分のキャラじゃない、HiMERUらしくない。HiMERUならもっと、『芸術の秋』だの『読書の秋』だの、高尚で文化的なことを嗜むべきではないか。ああ、『スポーツの秋』も良いな。好感度も上がるだろう。
「ハイ、メルメルあ〜ん」
「ん、あむ」
 燐音の肩にうりうりと顎を食いこませながら物思いに耽っていたHiMERUは、彼の「あ〜ん」によりぱかりと無防備に口を開いた。恥ずかしい話が条件反射。開いた唇の間から燐音の指が侵入してくる。かと思えば舌の上でじんわりと、まろやかなコクと野菜から溶け出した甘みが広がる。自分が気に入って買ってきてストックしている成城石○のカレールウ。と、じゃがいもの代わりにかぼちゃを煮込んだらしい燐音お手製、季節限定の味だ。
「ど?」
「ふむ、おいひいれす」
「そりゃ良かった、擽ってェけど」
 指が纏っていたルウを堪能すること数秒。やがてHiMERUの口腔からそれが出ていった。思わず「んぁ」と名残惜しげな声が漏れる。
「うん、ふふ、上出来」
 そう声を弾ませる燐音は、HiMERUから引き抜いたばかりの指を自身の口元に運んでいた。まだ少し残っているカレーを綺麗に舐め取るつもりなのだろうけれど。あ、と思ったHiMERUは慌てて制止にかかった。
「ちょ、ちょっと待、」
「ん?」
 そこはさっきHiMERUが舐めていた場所では? とは、言えなかった。視線をこちらへ向けた燐音が、見せつけるようにべろりとその指に舌を這わせながら、にやあといやらしく笑ったのだ。
「――なに、」
「間接キス、ごっそさん♡」
「〜〜〜〜#☆*■♂@ッ⁉」
 この野郎。何が間接キスだ。こんなの普通にキスするよりもよっぽど恥ずかしいじゃないか。
 HiMERUはどすどすと足音も荒く洗面所に向かった。手を洗って、うがいをして、着替えて、もう部屋にこもって寝てしまいたい。美味しそうな香りと食欲に負けた自分がみっともなくて堪らなかった。穴があったら入りたい。
 くすっと小さく笑った燐音はその背に声を掛けた。
「メルメルゥ、カレー要らねェの?」
「……。――ッ、…………、いる!」
 照れ隠しのような、半分やけくそのような大声に、今度こそ燐音は声を上げて笑ってしまったのだった。





(ワンライお題『○○の秋/間接キス』)

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