特等/颯真+新(2023.3.10)

 よく晴れた日だった。
 病室の四角い窓から切り取った青い空には雲ひとつなく、降り注ぐ光はあまりにあかるい。
「特等席だ、と思うんだよ」
 頻繁にイベントに出させてくれていたライブハウスの店長は、そう言ってはにかんだ。いつもならもっと挑戦的な表情で、出演者を品定めするようなところすらあったというのに。そんな人が大事そうに、颯真だけに零した言葉は、苛烈なあの街のステージには似つかわしくなかった。
「特等席?」
「そうだ。そりゃあ客席だってもちろん、特等席になるように尽力してるけどさ。でも、ステージの袖から見る景色だって悪くないぞ」
 イベントは裏方スタッフなしじゃ成り立たないんだ。
 問いかけた颯真に、ひとつひとつことばを選んで語られる。事故に遭ってから幾許かの時間が流れ、よくある励ましは耳にタコでもできそうな頃合いだったから、意図は読めずとも新鮮な話題に耳を傾けた。
 イベントの際、音響や照明スタッフと直接話すことはあまりなかったけれど、曲の流れ出すタイミング、照明の色なんかを事前に指定できることがあった。初めのうちはもちろん、対して認知度の高くない颯真たちにはできなかったが、何度もイベントに出演するにつれ、意図を汲んでともにステージを作ってくれている、と感じたことは少なくない。
「袖から見るステージってのはな、すごく眩しいんだ。袖が暗いからだろうな。ライトが当たってると暑いだろ?」
 目を細めるさまは、すこし懐かしそうだった。ステージの上は熱い。容赦なく照らしてくる照明に、押し寄せる熱狂、それから自身の持つライブへの熱意のせいで汗が噴き出るのだ。相棒の頬を伝って雫が落ちていくのを何度も見た。何度も何度も。
「そうやって必死になって歌う奴らがさ、ステージに出る前に緊張してんのとか、終わった後にやってやったって顔してんのとかさ。俺はそういうのが好きで、あのライブハウスをずっとやってる」
「それ、オレたちも……」
「そうだ。お前たちも最初は全然だったよなあ、ガチガチに固まってるのが端から見てもよくわかって」
「もう、やめてくださいよ」
 止めようとしても、楽しげにあっはっはと笑われた。出番の前に発破をかけてくれたときも、歌い終わってから悪くなかったと告げてくれたときも、手に取るように思い出せた。
「別に裏だけじゃない、受付に座ってるやつだって同じだ。そのイベントで歌う奴らのこと楽しみにして、これからどんなもん見られんだろうなって期待してる客を一番最初に見られる。それに、このイベントで最高にぶち上がったって表情で帰ってくのもな」
 たとえば、新が歌うイベントとかでもさ。
「……それが、特等席?」
「ああ」
 やっと話が繋がって腑に落ちる。颯真が今の体でもあの街にいられるように、と考えてくれたのだろう。通い慣れたライブハウスの受付を思い浮かべるのは容易い。だけれど、そこで車椅子に座っている自分はうまく想像できなかった。
「オレは、……」
 言い淀んだ颯真に、男は分かっているとでも言うように頷いた。
「ま、ここですぐ乗ってくるようなやつなら、そもそもあの通りで歌い始めてないだろうしな」
 気が向いたらいつでも声掛けてくれよ、と最後に告げて、見舞客は病室を出ていった。
「……とくとう、せき」
 特別な場所。一番良い景色が見られる席。
 そのことばが当てはまるところなんて、颯真にとってはひとつしか無い。ひとつしかなかったのだ。
 ひとりきりになった真っ白な部屋の中で、あのスポットライトと、いつも隣にいた相棒の体温を思い出していた。

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