パジャマ



「……いい年して、また何を買うてきてるんですか。」
ベッドの上に広げたパジャマを見て、目を瞠った。
百貨店の四階か五階辺りにあるようなファンシーな下着売り場に並んでるような雰囲気の、さくらんぼのイラストのパジャマ。しかも、近しい人間に押し付けられたというわけでもなく、ただ自分で好んで着る話となると……。
ズボンの方は灰色だが、これが四十男の着る部屋着かと思う。
「子どもと揃いのパジャマですか? ……イチゴと違てこっちは年がら年中旬てわけとは違うし、流石にさくらんぼはないでしょう。」
「いや、おチビと揃いとはちゃうで、まあ褒めてくれはしたけど……。」
このまま押し倒してベッドで白状させるまでもない。
こちらがじろっと睨むと、相手は途端に目を逸らして口笛を吹き始めた。
「草々兄さんに電話して、若狭が今日新しいパジャマ買うて着たかどうか、僕から聞いてみてええですか?」と探りを入れると、「あかん!」と秒速で返事が返って来た。
「……あいつと揃いのを買うて来たんですね?」
「いや、きよみちゃんはちゃうねん。可愛いけど、こんなん買ってたら破産します、て言うて、普通の店のを買うてたし。」
浮気性の兄弟子のしょうもない弁明をそこまで聞いて、肩ががくりと下がるのが分かった。
それならなんで、こんなもん買うて来たんですか……。
ただの付き合い……で誤魔化せはしない。浮かれて一回りも年が違う妹弟子と揃いの寝間着を買って来たというのは腹立たしいが、こちらにひん剥かれることを前提とした買い物と思えば、僕かて納得はしないではないが。
聞いたところで、はかばかしい答えが返っては来ないだろう。
買いたかっただけや、と言われて終わりなら、わざわざ尋ねる必要もないし、ため息を吐くのもあほらしい。
「兄さん、昔の浴衣とかは、この手の色味のが多かったですよね。」
「オヤジやら爺さんの仕立て直しが多かったからな。お前かて、ウチの箪笥から身丈に合うヤツを選んで、おかんに仕立て直ししてもろてたやろ。」
「まあそうですね。」
こちらから話を逸らすと、途端に饒舌になる。
「オレが似合わん柄やったからなあ。お前は何でも似合うて、あの頃のおかみさん、妙に褒めてたで。」
僕が内弟子に入った頃は、どちらかと言えば地味な浴衣を着ていた記憶があるが、タレントとして売り出されるようになってからはずっと、孔雀のように目立つ、どぎつい色を身に着けていた。見慣れない間は悪趣味だと思っていたが、いつの間にか、それが普通になっていた。
芸能人としては落ちぶれてしまってからも、それは変わらなかった。
僕の部屋を出て行って行方をくらませた一時期は、金がないのもあってか、黒と白のベーシックな色味を身に着けていたが、あっという間に元の着道楽に戻ってしまった。
それでも、部屋着は、落ち着いた色味のものも買うようになってもいたのだ。
――柄がさくらんぼだとしても。
師匠の形見があるんやから、あのどてらとパジャマでいたらどうですかと常日頃から言うてはいるが、兄弟子はまだそんな年とちゃうわ、と抵抗しているので、季節の合間に手入れをするときの、洗剤代だけが徐々に積み重なっていく状態だった。
「これ、いくらですか?」
「そんなん覚えてへん。」
時期的にセールで買うて来たというのなら分かるが、生地は春秋の合服なら正札の可能性もある。
新しい寝間着は、手触りが妙にふかふかしていた。
「きつねうどんで何杯分ですかね、これ。」
「それは言うたらアカンやろ。」
まあ正札の品ということか……。
新しいパジャマを草若兄さんの身体に当ててみた。
まあ、着れへんこともないか。年甲斐もない寝間着を着たところで、子どもっぽいところは元から隠し切れんほどあるし、今更やな。
どのみち、タグが切ってあるなら返品は難しい。
「ええやん別に、今のパジャマもそろそろゴムとかゆるなって来てるし。」
「緩い方がええやないですか。」
脱がせやすいし、腰にゴムの跡が付いてしまうほどキツくない方がええでしょう、と小声で伝えると、相手は真っ赤になった。
ドアホ、と叫んで怒られれば退くし、怒られなければ、多少は押しても大丈夫だ。
「寝間着の試着、ここでしてくれますか?」と聞いてみると「どうせお前が脱がせた方が早いんとちゃうか。」オレはなんもせえへんぞ、と憎まれ口が返って来る。
こんな風に、脱がせて欲しいて言われることもそう多くない。
僕はどっちでもええですけど、と言いながら薄い身体に手を伸ばすと、相手が目を閉じた。
脱がせる前にキスくらいせえ、て素直に言うたらどうですか。
口に出しては言えない言葉をすっかり肚の中に収めて、年下の男の我儘に付き合うことにした。

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