R15 コウ名無 S

ゆっくりと銃を構えて引き金を引く。確実に、無感情に。
 コウイチロウという男はS、スナイパーと呼ばれている。そういう役職であるがそれ以上を語ったことはないし、語ることも今後も無いだろう。孤独を感じているわけでもなく、よく天才やこういった職の人間にありがちな倫理の崩壊もなく、コウイチロウはただの人間の一人であった。ただ物静かで酒が好きで、友人に吸血鬼がいる、ごく普通のハンターである。だが明るい質の人間では無いから友人が多いわけでもない。多分手に職を持っている人間というのはそういうものだと思うから、寂しいとか焦りとか、そういったものを考えたことはない。
 黒いスーツはいい。銃と言う物は通常近距離で撃つ物では無いから、硝煙反応こそ残るが、血が多少付いたところでかき消してくれる。それは自分の傷でも同じことだった。
「……怪我をしているな」
 無言で銀髪の友人が(いや、友人というには深く知り過ぎている、恋人というにはふざけ過ぎている「友人」が)、酒を飲みながら小さく呟く。コウイチロウは痛覚がそれほど敏感ではない。むしろ鈍過ぎて心配されるレベルの痛覚のなさであり、何度もこの特性には救われていた。
「ああ……はい」
 名無しの吸血鬼は眉を顰める。あまり知り合っている人物が血を流しているのを快く思わないのだろう。幸いにも怪我はそれほど深くない、とコウイチロウは思っているので、彼はそのまま酒を口に運んで頷いた。しかし実際のところ、廃墟の探索でふくらはぎを深く切っており手当が必要なくらいには深い怪我をしている。吸血鬼というのは血に鼻がきくものだから、呆れてものも言えなくなってしまった。
「私の城に寄れ。手当させる」
 すぐに勘定をバーのカウンターに置いて名無しは出て行こうとしていたが、コウイチロウがそれを引き止める。
「お互いグラスを空けてからでいいでしょう。……時間はあるんですから」
 時間。吸血鬼のそれと人間のそれでは全く違うもの。眉をもう一度顰めて名無しは座ると、ゆっくり呼吸して酒を飲んだ。まるでコウイチロウが引き金を引くときのように。コウイチロウの時間は無限のそれではない。下手をすればこの男はとんでもない致命傷で死ぬだろう。その時も意識を保ち、痛みを持たないまま死んでいくのだろうか。そう考えると名無しは憂鬱な気持ちになる。
 城に行く時は性行為をするのが暗黙のルールであったが今日はそれどころではない。出血が酷くならないように無理矢理担いで名無しは城に戻ると、ライルにコウイチロウを任せて部屋に戻っていった。
「よく痛くないっすね」
 少し考えてライルは傷を消毒すると、医療用の針と糸を取り出した。
「ええまあ」
「こりゃクソ主も怒るわけだ。歪な傷ってことはどっか古い建物にでも?」
 守秘義務を察しライルは慌てて発言を取り消す。
「怒る?」
 コウイチロウの問いにライルは肩を軽くすくめた。
「そりゃそうでしょ、こんなん引きずって酒場で平気な顔して、なんだ、親しい人間が酒飲んでたら、フツーぶっ倒れるかキレるだろうさ」
  言葉を選びながら呟く。頭が切れるタイプの人間、ライルはそういう二人の肉体関係については無関心を貫くことに決めている。何故ならそこに足を突っ込んだら終わりの始まりであり、従者としての仕事ができないからだ。余計なことは言わない、詮索しない、突っ込まない。これがライルの信条である。
「なるほど」
 治療を終えたコウイチロウは礼を述べると、ゆっくり寝室の扉をノックした。
「はいるな。今日は帰って寝ろ」
 名無しの言葉に少し小首を傾げて肩をすくめる。自分はいいが、名無しのことが心配だった。快楽に身を委ね、毎夜体を重ね、そうやって夜を過ごす存在。それを拒否するということは相当の意思であるに違いないからだ。
「私を見くびるな。自制くらいできる。何年生きていると思っている?」
 大分収まっているようだが相当怒っているらしい。コウイチロウは小さくため息をついて城を出ることにした。
 夜空に満月が煌々と輝いている。いい夜だ。今日は酒を飲むのに適した夜だろう。そう考えながら無機質な自分の部屋に転がっている小さい酒瓶を思い出しながら歩き出した。

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