春のわかれみち/類+神高新二年ズ(2023.9.28)

「あ、変人ツーの方」
 誰かが小声で呟く。何人もの生徒が視線を彷徨わせ、類を認識した途端にさっと顔を逸らした。
 おや。些細な違和感が通っていく。
 掲示板の前には人だかりができていたから、そのさざめきは女生徒のはしゃぐ声でかき消され、さほど伝播することなく聞こえなくなった。普段よりも幾分か、向けられる興味に熱があるように思ったのだけれど、一瞬交わった目だけから事態を読み取るのは困難だ。親しい相手ならともかく。
 平均よりずいぶん高い身長のおかげで、背伸びせずとも今日の目当てはよく見えた。朝七時三十分からの掲示は、八時四十分から始まる始業式に対して遅すぎるように思うのだが、そのあたりは先生たちの采配だから類が口を挟める範疇ではない。八時過ぎ、少々の余裕を持って登校する人々の集団は、その少々の余裕を頼りに雑談を始める者と、さっさと新しいクラスに向かう者に分かれ始めた。
「なあ、3Cこれやばいだろ」
「うわ、マジだ。先生思い切ったな……」
 ふむ。3Cということは、自分の学年のことだ。ちょうど3年A組から探して、B組を見終わったところ。D組は夜間の生徒のみだから、ここまで探して自身の名前も友人の名前もないとすれば。そわり、浮き立つ心を抑えながら下へと目を滑らせていく。
「あーっ、ボク、冬弥くんと同じクラスだって! 弟くーん、変わってあげようか〜?」
 11番の数字の横に見慣れた三文字を、すぐ下に14番の数字の横に聞き慣れた三文字を発見する頃、昔馴染みの声が耳に飛び込んできた。
「別にクラス同じじゃなくても……、つーかその呼び方やめろ」
「それ、めちゃくちゃ良い案じゃない? 私も瑞希と同じクラスがよかったー。彰人じゃなくて」
「確かに、彰人と同じクラスというのも楽しそうだ」
 類より左手前に、顔見知りの後輩たちが何人かで集まっている。あとで寧々のクラスも聞いておこうかな、と脳みそに留めておく。それにしても、あの四人もどうやら面白いクラス分けになってみたいだけれど。
「だが、暁山とももっと話してみたかったから、同じクラスになれて嬉しい。一年間、よろしく頼む」
「……、うん。ボクの方こそよろしくね、冬弥くん」
「いや、頼むのは瑞希の方でしょ。また出席日数足りなくならないようにね?」
「お前も人のこと言えないだろ」
「は!? それなら彰人も同じでしょ!」
「瑞希。それに、東雲くん、青柳くん、白石くんも。おはよう」
 騒々しい四人組は、挨拶にこちらを振り返った。口々におはようございます、と返してくる面々はずいぶん楽しそうな笑顔で、良い一年になるのだろうな、と思う。
「おはよ、類! ボク、冬弥くんと同じクラスなんだ〜! 類はクラス分け、どうだった?」
「フフ……聞きたいかい?」
「ぅげっ」
 にっこりと笑うと、彰人が露骨に顔を顰めた。冬弥がそっと脇腹を小突いて注意する仲の良さも健在だ。
「彰人、先輩に向かって『うげっ』などと言うのは……」
「うーん、私もいや〜な予感がするんだけど……」
「ま、まさか、司先輩と同じクラス、とか……?」
「よく分かったね。実は僕と司くんは同じ、3年C組なんだ」
 おそるおそる、といった様子で尋ねてくる瑞希に答えると、冬弥と瑞希はぱっと表情を華やげた。対照的に、彰人と杏はそれぞれ、あきれたりあわてたりと忙しない。
「ああ、だから3Cがやばいって言われてんのか……」
「ちょ、ちょっと先輩、あんまり風紀委員の仕事増やさないでくださいね!?」
「おや、僕はみんなを笑顔にしたいだけなんだけどね?」
「あれ、類……っと、えっと……」
 掲示板のある中庭は、ほとんどグループで固まって話す人ばかりになり、クラス分けを見るために来る人も少なくなってきた。そんな中、まだちらほらと自身のクラスを見に来る生徒もいる。内の一人、類の幼馴染みでありショーの仲間でもある寧々が、類と話している同級生たちに気付いてはにかんだ。
「草薙さん、おはよう! 私たち、今年は同じクラスだから、一年間よろしくね!」
 杏が、類のななめうしろに立った寧々に駆け寄って、手をぎゅっと握った。もじもじしながらも、寧々はそれを握り返している。
「え、あ、そ、そうなんだ……。こちらこそ、よろしく」
「草薙と離れてしまったのは残念だが……、彰人と白石とも、仲良くしてくれたら嬉しい」
「え、東雲くんも同じクラスなの……!?」
「そーれーかーらー、類も司先輩と同じクラスなんだって! ホントびっくりしちゃうよ〜」
「びっくりどころか、どうかしてるだろ……」
「心外だねぇ」
「おいそこ〜、もう始業式始まるからな! 自分のクラス行け〜」
 廊下の窓から顔を出した先生がこちらに向かって叫んでくる。やべ、とこぼしながら生徒たちは散り散りになっていく。類たちももれなくそうで、彰人が「そろそろ行くか」と校舎に足を向けた。
「二年生は二階であってるっけ?」
「そーそー、みんなで一緒に行こ!」
「あ、うん」
「では神代先輩、また」
「うん、またね」
 三年生のクラスは別の棟にある。クラスで待っているだろう友人の方へ、類は歩を進めることにした。

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