とある人物の手記 マスターと藤丸立香
他の世界線の私と同じ境遇に至った少年少女と、出会うことがあった。
そこには大体似たような姿形の人々が男女でそれぞれ大勢いて。けれど時折私のように違う姿形の人もいたから、そっと小さく息を吐いた。
声をかけられ振り向く。そこには似たような姿形をした女性の方の一人がいた。
「私は藤丸立香。貴方は?」
「……四月一日鈴、です」
「名前教えてくれてありがと。よろしく」
にこやかに手を差し出してくる彼女に合わせて、私も握る。そうすれば握り返されて、またホッと息を吐いた。
そこから彼女と話を始める。
どうやらここには彼女と似たような姿形の少女達と、同じ名前で黒い髪をした似たような姿形の少年達が沢山いる。それも、境遇すら似たものばかりだ。
その中で私のように若干違う姿形をした少年少女もいるみたいだが、境遇はほぼ似たようなもののようだ。彼女は会う人々に話しかけているらしく、私もそのうちの一人だったようだ。
穏やかにこの空間の説明をした後、彼女は口にする。曰く「貴方の世界を教えて」と。
その言葉に、私は自然と口にした。自身の世界に起きた出来事。マシュさんのこと、私のカルデアにいる人々のこと。……私のこと。
最後まで話し終えれば、彼女は穏やかに笑っていた。
「貴方は、そのような境遇だったんだね」
その後、彼女も話してくれた。
彼女がカルデアに来るまでのこと。同じように21世紀の日本で生きていたこと。
「皆、カルデアに来るまでは結構違うの。人によっては姿は似てるし、名前も同じだし、カルデアに来てからだって同じような道筋なのに。まるで私達それぞれは違う人間だとでも言うように、カルデアに来るまでの道筋は結構違くて」
人によっては穏やかな道筋だったし、人によっては厳しい道筋なんだよ? と、彼女は小さく笑った。
「そんな子達の道筋を知っているのが、その世界にいる人々だけなのは嫌だなって思って。だから私は聞いているの。この不思議な場所で出会った子達の生き方を、忘れないように」
寂しそうに上を向いた彼女につられて私も上を向く。天井があるはずなのに、星空が見えていて。カルデアに来る前に読んだ魔法使いの映画に出てくるような天井だった。
「……ごめんね、突然。まあだから、気にしないで欲しいかなって思って」
上を向けていた視線をこちらに向ける。彼女の瞳の中には、綺麗で不思議な色合いがのっていて。少しだけ息を飲んだ。
「……大丈夫です。……話すことはなかったので、貴方に話せて良かったです」
「なら良かった」
穏やかに笑った彼女は、すぐににっこりとした微笑みに表情を変える。
「そろそろ終わりみたいだね」
「?」
首を傾げながら彼女を見れば、「見える?」と問いかけられる。
「貴方、消えかかってるんだよ」
そう言われてふと手を見れば、確かに。薄く透けかかっていた。
「この世界に来た子達が離れる時、大体皆透けていくの。多分元に戻るんだろうなって」
「……貴方は」
そう、声をあげれば。彼女は穏やかにこちらを見つめる。その姿に、普段であれば発さないはずの私の口は、言葉を漏らしていた。
「行かないんですか?」
耳に私の声が届いたであろう彼女は、寂しそうに笑った。
「行けないの。私はもう終わっちゃったから」
気づきかけた脳は、彼女が立てた人差し指をこちらの口に向けたことで動きを止めた。
「触れちゃってごめんね。でもどうか、気づかないで。本来は知り得ないことなんだから」
彼女はずっと、笑っていた。
「そろそろ終わりみたいだから。じゃあね」
当てていた人差し指を元に戻し、そのままこちらに手を振った。
「バイバイ」
私は何も、言えなかった。
そのまま薄くなっていく視界に、ずっと胸に固定された手は振れないまま。
私は、この世界を離れた。
***
視界に入った見慣れた天井に、思わず詰めていた息を吐く。
耳に届いたのは、慌てたような皆さんの声。
どうやら私は倒れていたようだ。
メディカルチェックを行われている中、そっと唇に指を当てる。
そうして思い出した感触の中で、確かにひんやりとしていたことを思い出して。
潤んだ目元を、唇に触れた手で拭った。
何かを考える余裕など、今の私にはない。
それでも、彼女のことを、あの世界のことを忘れてはならないと。その想いだけは頭の中に浮かんでいた。
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