2023/11/21 15.メルシー ミルフォワ
「いい天気ですね」
「あぁ、そうだな」
リリーが笑顔で振り返るのに、俺もなんとか笑みを浮かべることができた。
ツェアフェルト家の花園にあるガゼボに入る。いや、ここの所書類仕事に追われていて自室と執務室、それに訓練しかしてなかったらフレンセンにたまには陽の光を浴びて来てくださいと部屋を追い出されたわけだ。
訓練は日中してるから陽の光を浴びてないわけでは――なんていうのはいいわけだな。要するに婚約者と仕事以外の会話をしろと気を回されたのだろう。そこは反省。
花園はちょうど秋薔薇の季節だったらしい。小ぶりだが色の濃い、鮮やかな花が咲いているのが見えた。
花園薔薇に負けず華やかな香りの紅茶のお供は最近屋敷で出始めた甘くない『しょっぱいケーキ』と赤ワインで煮たリンゴを混ぜ込んだものだった。上に埋め込んで焼かれたナッツが香ばしいな。
しょっぱいケーキのほうはニンジンとジャガイモとソーセージか。四角く切られているそれが切り分けた断面から模様のように見える。傍にいるのがリリーで、少しだけ気を抜いていたのだろう。
「金太郎飴みたいなのができるかな」
「キンタリョー、アメ、ですか?」
「あ、いや」
思わず呟いた声を拾い上げられて口ごもる。が、彼女には俺の記憶のことを多少伝えていたこともあって、そのまま話を進めることにした。
とはいってもこの世界にはまだ飴はない。そもそも砂糖や蜂蜜が高価だしな。
「こういう、断面で絵を表現する手法なんだ」
「絵ですか?」
「あぁ、花とか顔とか」
顔と言ってもデフォルメされたものだけどな。と言えばリリーは想像がついたらしい。なるほど、とうなずいている。
すごいものだと風景とかを表現していたが、それは海苔巻きとかそういうものだったか?
「それは、果物とかなんですか?」
「どうかな、それもあっただろうけど。生地に色を付けたものとかでもできたはずだ」
どう色を付けているかは俺は知らんのでそんな曖昧な答えしか返せないが。少なくとも|カオカオ《この世界のチョコレート》と二色はできるだろうし、この甘くないのなら、ニンジンの飾り切りとかで表現できそうじゃないか?
「飾り切り……」
おっとそっちもか。そうはいっても俺も詳しくはない。せいぜい正月のお節もどき(コンビニ)に入っているニンジンとかしか知らんぞ。絵に描いてやりたくても、俺の絵だとたかが知れているしなぁ。そもそもこの世界、梅や桜はない。もちろん意匠化された花は他にもあるが……。
と思ったら静かに別の使用人がリリーに魔羊皮紙とペンを差し出した。いつの間に合図を出したんだ? とはいえ、リリーは俺に話を聞きながらイラストを描き、俺も横からあれこれ修正を入れて……。
「サラダとかに入れたら華やかになりそうですね!」
「あ、あぁ、そうなのか?」
気が付いたら動画で見た覚えのあるだけの飾り切りの話になっていた。リリーが嬉しそうなのでいいか。いや、これ休憩としていいのか?
なんて思いながら二時間ほど休憩をして執務室に入った。微妙な顔をしている俺にフレンセンが怪訝そうな顔をしていたが何も言えない。
数日後。その日もフレンセンにたたき出され、もとい、休憩を促されて花園に向かった。今日も秋薔薇は綺麗だなぁ。そうこうしていたら、笑顔のリリーがやってきた。その後ろにいるのはうちの菓子担当の料理人だったはず。
どうしたんだ? と、思いつつテーブルの上に乗せられたそれを見て思わず目を見開いた。
「これは」
「ヴェルナー様がおっしゃっていたキンタリョーアメのケーキが出来ました」
いや、確かにそう言う手法だとは言ったが、多分正式名称は別にある、はず。いや俺も知らんのだが。いや、問題はテーブルの上のものだ。
一つは先日食べたニンジンとジャガイモとウィンナーもので、もう一つはチョコレートと普通のもので市松模様になっているものだ。
問題はニンジンとウィンナーが星形に飾り切りされており、ジャガイモも円くカットされていて月を模した夜空のように見えることだろう。生地が黒くはないが些細なことだ。俺の曖昧な説明でここまで作り上げた料理人の熱意がすごい。
市松模様の方はそれぞれ別に焼き上げたものを模様になるようにして薄く塗ったジャムでくっつけてある模様。さらに飾り切りされた生のフルーツで皿の上に飾り付けられると華やかさが増す。いっそ生クリームで飾り付けたらと思ったが今日は黙っておこう。
「すごいな」
「ありがとうございます」
思わず感嘆の声がするりとあふれる。料理人も笑顔で頭を下げた。
「ハルティング嬢の説明書きがわかりやすかったのもあります」
「それもあるだろうな」
「そんな」
少なくとも俺の説明だけじゃ想像がつかなかっただろう。目で見てイメージしやすいというのは地図や俯瞰図に限らずなんにでも有効だ。文章でどれだけ書き連ねてもイラスト一つにかなわない時がある。
恐縮するリリーにひとまず座るように促し、料理人は改めてねぎらいの言葉を。母上にも報告しないと。母上の美意識によってきっともっと洗練されるんだろうな。
「改めてありがとう、リリー」
「よ、喜んでもらえてよかったです」
照れたように微笑むリリーが可愛い。正直な話、口に入ったら一緒だろ。と言う気持ちがないわけではないが、リリーが俺の話を聞いて作ってくれたという事実が何より嬉しかった。俺の中にある、誰とも共有できない記憶と言う孤独が、少し癒された気分だ。
聞けば俺の話を聞いてアリーさんに話していろいろためし、これならばと厨房に話を持っていったらしい。厨房も俺がいろいろ変なことを言い出すのはいつものことなので――まことに遺憾だが――ならばとやってみたとか。
今は野菜や果物で色が付けられないか試しているそうだ。一度粉末状にしてから混ぜると綺麗な色が付くとか。すごいな、そこまでもうわかってるのか。あと別チームが生クリームにベリーで色を付けたりとかもやっているらしい。料理人の情熱がすごい。
「ヴェルナー様のおかげですよ」
「俺が? 何もしてないが」
リリーに言われても俺は本当に何もしていない。でも、料理人たちの奮闘のおかげでうまいものが食べられるので文句もないけどな。
後日、見事に茶会の席でテーブルの上で花を咲かせた菓子担当チーフの力作に、出席した婦人方の話題をかっさらうことになるのだが、俺は知る由もない話である。
「どうしても花が少なくなる冬の楽しみが出来たわ」
「そうですね」
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前回の甘くないケーキもですが、ヴェルナーが変わってる()ので、ちょっと突飛なこと言っても即座に却下されない空気があるんじゃないかなぁ。って。
あと、創意工夫してるときはやっぱり楽しいと思います。そのうちサブレ生地で花とか咲かせるようになるよ。
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