吊り橋効果なんてない
※そよ風程度のオカルト要素あり
「『Crazy:B』が生放送の心霊特番にゲスト出演することが決まった」と天城から報告を受けたメンバーの反応は三者三様だった。
椎名が「生放送じゃあ、途中でお腹が空いてもお菓子つまめないっすね〜」と口に食べ物を詰めたままぼやいた。桜河が「ほな、リアクションの練習せなな」と好奇心に目を輝かせた。HiMERUが「高視聴率が期待できる人気番組ですね。いいでしょう、こなして見せましょう」と胸を張った。「そんじゃあ、」と天城が歌うように宣った。
「手始めに皆でホラー映画鑑賞会でもして、本番つまんねェことになっちまわねェように耐性つけとこうぜ」
理屈はわかる。自分達に期待されていることもわかる。生放送で撮れ高が足りないなどということになってはいけない。しかし、だ。
それで何故、HiMERUの部屋なのか。
面々はHiMERU宅のリビングでひとつしかないソファにぎゅっと身を寄せて50V型の液晶画面と向き合っていた。冷房の効いた室内とは言え真夏。男四人。むさ苦しいことこの上ないけれど、愚痴を零しながらもHiMERUは――要は内心少しだけほっとしていた。『HiMERU』はどうだか知らないが、要はオカルトが嫌いだ(怖いのではない、断じて)。ひとりでも勉強のために何らかの映画を観ることはしただろうが、嫌いなことと孤独に闘うよりは共に闘う仲間がいる方が幾らか心強い。
現在鑑賞しているのは所謂ジャパニーズホラーの金字塔だとか言われるもので、髪の長い女がテレビから這い出てくるシーンがあまりにも有名な、あれだ。画面の中から聞こえた悲鳴にぎょっとして身体を縮こませたら隣の天城に勘づかれたらしい。
HiMERUは大きな声に驚いただけ。怖がってなどいない。
そんな思いを目にぐっと込めて天城を睨めばわかっているんだかわかってないんだか、ハンッと鼻で笑って肩に腕を回してきた。うざい。やがてエンドロールが流れ始めるとメンバー達はあーだこーだと感想を言い合い始めた。ソファの足元に胡座をかいていた桜河が「意外とビビりやんなあ、HiMERUはん。収録が楽しみやわ」などと言って無邪気に笑うので、後ろから軽くどついてやった。
「それじゃ、お邪魔しました!」
「HiMERUはん、おおきに〜。ほな明日な」
椎名が桜河を玲明の寮まで送ると言うので任せることにして、要は玄関でふたりを見送った。どういうわけかこちら側で「おやすみィ〜」と手を振る天城と並んで。ぱたりと扉が閉まった瞬間ぐるんと首を回して奴を見る。
「――何故、当然のように泊まろうとしているのですか」
「だァってよ、メルメル、ひとりになりたくねェだろ? 燐音くんにはお見通しなんだよなァ〜」
――確かに今夜は、ひとりでは眠れそうになかった。今もそこらの隙間やら外の木を揺らす風の音やらがいやに気になった。そして、らしくもなく天城の発言に安心している自分がいた。なんだこれは。これだからオカルトは嫌いなのだ。
「……ッ、天城はソファで寝てください、寝室に近づいたらぶん殴ります」
「へーへー、ありがとよ」
顔を逸らして投げつけるようにそう告げれば、天城は歯を見せてやたらと嬉しそうに笑った。
ひどく喉が乾いて目を覚ました。枕元のスマートフォンを手に取り時刻を確認すると夜中の三時だった、丑三つ時というやつだ。背筋がひやりとするのを気のせいだとやり過ごして、眠る前よりも心なしか喧しさが増しているかのような風のざわめきを耳に入れないよう、さっさと水を取りに行こうと緩慢に起き上がった。つい、と寝巻きの裾を引かれる感覚に「あまぎ、鬱陶しいですよ……離してください」とむにゃむにゃと文句を言ってから、冷蔵庫へと向かった。
五百ミリのペットボトルを丸々一本飲み干して、ベッドへ戻る途中リビングを横切る。何気なくソファへ目をやれば天城が高いびきをかいて寝こけていた。アホ面、と嘲笑って、目線を前へ戻しかけて、ふと疑問が湧いた。
つい先程、自分の寝巻きを引っ張ったのは誰なのかと。
この男はどう見ても深い眠りに沈んでいる、もしこれが狸寝入りならば惜しみない拍手を贈ってやる。寝室の扉が開けば自分は確実に覚醒するだろう。ベッドへの侵入を許すなど以ての外。ならば、いや、嘘だろ、そんなこと、あるわけない。
「ン〜? どしたァ、メルメル」
「な、なん、なんでもありませ、」
「……オバケでも見たかァ」
「うるさい、寝ろ」
「あンだよ人のこと起こしといて……まァいいけどさ。俺っちが抱き締めて寝てやっからよ」
飛び込んだ男の腕の中はあたたかくて、自分のと同じシャンプーの香りがして、どっと押し寄せる安堵感に要はほうと息を吐いた。心臓が軋むくらいに煩く鳴っている。吹き出す嫌な汗が止まらない。天城はまた眠りに落ちたようで、すぐに喋らなくなった。それで良い。なんなら覚えていなくていい。添い寝なんて今回限りだ。当たり前だ。
要は天城の胸板に頬を擦り寄せ、その体温に甘えるようにして瞼を閉じた。抱き締められてもなおどくどくと煩い鼓動は知らぬ振りを決め込んだ。このまま朝を迎えるなど屈辱だが、今だけは許してやる。有難くHiMERUの抱き枕に身をやつすがいい。
そうして要が眠りについた頃、ぱちりと目を開けた天城が胸に抱えた勿忘草色の髪を梳きながらぽつりと零した「俺っちの勝ち」という呟きは誰にも拾われることはなく。これ以降の天城との関係が『単なるユニットメンバー』から新たな局面に突入するのだということも、要は知る由もなかった。
(ワンライお題『はじまり/リング』)
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