布団
「等身大パネルとかマネキンとか、生活に関係なさそうなもんは絶っ対に家の中に持ち込まんといてください。」
「………お、おう。」
新居に移るに当たって、ひとつだけ言わせてください、て言うからなんやと思ったわ。
おチビが寝たの確認してから真面目な顔になって、正座までするから、なんやこの先の同居の心構えみたいなもんとか、もっと言うたら、同じ部屋で寝ててもイチャイチャしたらアカンとか、そういう方面の話になんのかな、て思ってたわけや。
肩透かしも肩透かし。
まあ何があるのか分からんのが人生とは言ったとこで、そもそも、この年で落語家の等身大パネルとか、どこに需要があんねん。落ち目になったタイミングでオレが引き取ってくる以外に……。まあええか。今度烏山にどっか置いとけるとこないか聞いたろ。天狗芸能の自社ビルなら適当な資料室とか物置とかあるやろ。
したら、これで今日の肩の荷がすっかり下りたてことで。
「おい、他になんか言うことないんか?」と言うと、四草がぴくりと眉を上げた。
「他て?」
「お前ならもっとうるさく言うと思ってたわ。リフォーム工事したてやから掃除の分担ちゃんとやれとか。」
「……。」
あ、あかん……そこまで分かってていつまで経ってもやらへんのが兄さんですからね、と言わんばかりの冷たい視線で見られてしもた。氷点下やで。
そらまあ、確かにオレはそのへんルーズていうか、まあこの年になっても隣のシノブくんにおんぶにだっこですけど?
お前なあ、そういう目で見るくらいならそこんとこハッキリ口に出してもええんやで!?
「そこ分かってんのなら、おいおいでええのと違いますか? 他は、借家の支払いが折半になったくらいで、生活費はこれまで通りでとにかく切り詰められるとこは切り詰めるとか、子どもの分の出費は僕の方の財布から出すとか、今更改めて言うことでもないでしょう。」
「……そうやなあ。」
生活費切り詰めて、喜代美ちゃんと甘いもん食べたりする回数減らして、おチビと外食すんのも減らして……、てそら住んでるとこが日暮亭から遠くなってまうんやから、自動的に回数減ってまうかもしれへんなあ。
い、いややなあ……。
うーん、引っ越しちゅうプチ門出の前に、やる前から後ろ向きになんのはあかんて分かってんねやけどな。
こういう時はアレや。アレアレ。
お前もうちょっとこっち、て言うのも面倒いし、ちゃぶ台ちょっと除かして、ごそごそと四草の胡坐の膝に頭を乗せてみた。
「なあおい、やっぱ引っ越しすんのやめるか……?」
はあ、と言わんばかりに目を剥いた。
「何を今さら……子どものガッコの手続きかてあんのですよ。」
「確かにそうですけどぉ。」
「人のうちに身一つで来て、しばらく泊めてくれていう状態よりは百倍マシでしょう。」
……そらまあそうやな。
「あの頃はオレも若かったからなあ。」
今でいうとこのフットワークが軽いっちゅうヤツや。「まあ、ただ息してるだけで出て行く金のこと考えたら迷てる暇なんかなかったわ。その辺は、内弟子終わった後の極貧生活のおかげっちゅうか。」
「今は確かにあの頃に比べたら多少の余裕はありますけどね。」
……って嫌みか。あの頃のお前の通帳の預金残高、オレも一通り見てるっちゅうねん。
「まあ三日で引っ越ししてたらこんなこと考える暇もなかったですけど、不動産屋が風呂場と水回りはリフォームの工事してくれるて言うてましたもんね。」
「そういえば、あのおっさん、インターネットは自分でやれて言うてたけど、お前どないする?」
「……必要になったら、日暮亭の事務所行って借りたらええのと違いますか? 若狭もいますし。」
「まあそうやな。電話あったらそれでええか。」
「でっかいベッドで毎日寝れんのか~。引っ越し面倒やけどそこはええなあ。」
「まあ寝られんかった時用に布団も持ってきましょう。」
「煎餅布団やで? 引っ越しで古いの捨てて、新しいの買うたったらええやん。おちびも背ぇ伸びてるし。」
「買うたらまた金出てきますよ、て言うたばっかやないですか……。」
「江戸時代と違うて綿入れ直しとか今時せえへんし。綿布団重いやんか。」
「いつも布団よりもっと重いもん乗せてるやないですか。」
「……布団より重いもん?」
「今は僕の膝の上にも載ってますけどね。」と言って四草はオレの髪を撫でた。
オレのこと、骨やから軽いて言うてたばっかやん……。
「おチビ聞いてるで。」
「もう寝てると思いますけど。」
気になるなら隣に行きますか、と言われて、したらそないしよか、と言って膝の上から起き上がった。
そのうち、こいつの膝も、今の煎餅布団みたいにオレの頭で擦り切れてしまうかもしれへんな。
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