飲み会 その2
寝床より安うて美味いとこはそうそうないで、と分かってても時々は別のもん食べたなることはあるわけで。いつもの顔で行くか、と思ったら、小浜の高座に行ってはる草若師匠に、荷物を押っ付けられた形になってしもたていうか……。
テーブルに肘をついて目を瞑って舟を漕いでる四草師匠の姿に失敗を悟ったけど後の祭りていうか。
「ああ~、やってしもた。」
「これお前が飲ませ過ぎたんちゃうん。」
「いや、それは全員同罪やろ。」
「まあ潰そうと思てそうした訳とはちゃうのは皆分かってるていうか。年下に遠慮しはらへんもんな、四草師匠。」
「……そこやで。」
うちの師匠の時は、飲み過ぎんようにセーブしてな、ておかみさんに厳命されてるからペースはゆったりなんやけど、この人を酔わせて次に何を聞き出せるか、とみんなで思ってしまったのも大きいと思う。
うちの師匠とおかみさんてえらいスピード結婚やとは聞いてたけど、交際ゼロ日で結婚決めたていうのはまあ初耳やったしな。
十歳以上年の離れたおかみさんがずっと師匠にぞっこんやったからて、流石にそれはないんとちゃうか、ていうか。
後、式の日の後で喧嘩して、結局婚姻届出すまでに4か月かかってたらしいて言うのもほんま、なんやあの二人らしいていうか……結婚してから十年以上子ども出来へんかった理由が、師匠が落語の練習で忙しかったからて言うてる夫婦やからな……その辺を妙に納得してまうていうか。
夫婦ていうより明らかに恋人同士の好きやて思うもんな、おかみさんのラブラブ光線ていうか……。あかん、オレも寝床のおかみさんの変な言い方が染み付いてもうた……。
「……そういえば、この人の子どもさんて、まだ小さいやろ、」
「そら、お前が入門したばかりの年の話とちゃうか。オレこないだ見たけど割と大きなってたで。」
「オチコちゃんより五つくらい年が上やておかみさんから聞いてるけど。今日も先におかみさんとこに押し付……一緒に食べてんのとちゃう?」
お前そこまで言って言い直すなや、て思ったけど、まあ確かにバーターでオチコちゃんの面倒見るにしても、面倒見てんのって大概、草若師匠の方やもんな。ちなみにうちのお子様担当はおかみさんと小草々兄さんというとこで。
「なんや、入門した頃は、草若師匠の方が客おらへんときやとずっと神経質そうな顔してはるし、最初はこういうの逆かと思ってたけど、」
「わかる~!」あと稽古が嫌になったときは嫌になったでええけど、毎日続けた方がええで、て言われたら、子どもと一緒になって海ではしゃいでるような人に言われたらめちゃめちゃ沁みるていうか。
「草若師匠の方がこういう時なんや妙に盛り上げ役になってくれるていうか。」
確かに、草若師匠は話してみると、割と気さくなとこのある人やった。
気さくなとこも、本来の神経質なとことか誤魔化すのに作った顔かもわからんし、うちのオヤジみたいに外ではええ顔しか見せんかも知れへんけどな。
まあオチコちゃんも四草師匠のとこの子も懐いてるし、弟子もおらへんのに面倒見はええし、悪い人ではないんやろうと思う。
うちの師匠が四代目草若を継ぐ話も出てた、って時代もあったらしくて、師匠に対してコンプレックスがずっと強かった人にしては俺らに当たりが柔らかいていうか。
素直に嫉妬してるとこポンポン言うたら、今日は言い過ぎたわ~、てちゃんと後で反省してはるし。愚痴聞かせて悪かったな、て謝りながらほとんど毎回奢ってくれるもんやから、オレらもおんぶにだっこになってるていうか。
まあ、それが巡り巡って今日の災厄に繋がってしもたわけやけどな。
草若兄さんの財布を空っケツにしたそうやないか、どんだけ飲ませたんや、と言って若手の貧乏落語家に忍び寄って来る魔の手……。
「それにしても、どんだけ見た目がええとはいえ、四草師匠、もうこれめちゃめちゃおっさんやで。なんであないにバレンタインにチョコレート貰えるんやろ……。」
段ボールでいっぱいのチョコレートを見せつけられて、小さい頃にテレビで見た夢のチョコレート工場を思い出すていうか、コンベアーベルトに載せられたチョコレートて、あれほとんど悪夢みたいなもんやで。
「うちの師匠なんかも、見た目気にしてるけど、ヒゲとかそういう方面やもんなあ……。」
口の周りのヒゲとか……見てて気持ちええとは違うけど。本人気にしてへんていうか。
「師匠な~、あのヒゲない方がピシッと見えてええのに。」
「俺もそう思う~!」
賛成、とその場で手が上がる。
「おかみさん、師匠なら何でもええからなあ。」
「それな。」
「あれ、結局ヒゲ剃ったら剃ったで新鮮で格好ええ、てなるやろな。」
「いや、そこまで単純……まあうちのおかみさんやからな。」
「賭けるか……?」と四草師匠の真似をして言うと、「お前、それ似てへんで、」と言って他のふたりが笑った。
もう一杯だけジュース飲んでる間に、タクシー呼んでまうか。うん、そないしよ。
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