その梢に芽吹く夢

アイカツフレンズ 春風わかばちゃんを見つめる小早川こずえちゃんのお話。アニメ66話で、こずえちゃんがわかばちゃんの前に現れるまでに、どのようにして新しい道を見つけたのかを書いてみました。


-----------------------------------------------
 足のケガがようやく完治した。すっかり包帯の取れた足をぶらぶらと振ってみる。もう全然痛くないし、普通に歩くことだってできる。リハビリとして何度か親と一緒に家の近所を散歩したり、コンビニに行ったりはした。
 今日はというと親も出かけていて、家には私一人だ。ずっと家にいるなんて退屈だ。こういう時、ケガをしていなかった時なら街に出てお買い物にでも行っていただろう。
 買い物なんて、最後に行ったのはいつだったっけ。もうずっとそういう時間を取れていなかったなとぼんやり振り返る。
 思いきってこれから服でも買いに行こうか。どうせなら新しい靴なんかも。夏だし贔屓のブランドから新作のミュールやサンダルが出ていることだろう。せっかく足も治ったことだし、少し遠くまで出掛けてみよう。
 早速部屋着からワンピースに着替えて家を出た。難なく歩いて電車に乗って、数駅先のターミナル駅で降りる。駅前の大通りまで出てくると、聞きなれた曲が耳に入ってきた。
 大きなモニターの中、「Blieve it」を高らかに歌っているのは天翔ひびきさんだ。ひびきさんはかつて大人気だったアイビリーブの一人で、最近スペカツを終えて日本でアイカツをしている。その、燃えるように力強く美しい歌声に、私は胸の奥がぎゅうっと苦しくなるのを自覚した。
 昔、私はアイビリーブのようなアイドルになりたかった。最初こそ、アイドルごっこって感じだったけど、歌もダンスもたくさん練習して、実は本気で目指していたのだ。ついこの間までは。
 自然と目線が下の方に落ちていった。左足が視界に入る。
 あの日、オーディションの最終審査まで残ったのに、私は足のケガのせいで出場することが出来なかった。「ケガのせい」。それはある意味その通りで、それだけでもなかった。
 練習中の不注意でケガをしたのは本当。でも、どうしてそんなことになったのか。あの日のことが蘇ってくる。
 オーディションの前日、私はとても焦っていた。二次選考の時点で有力なライバルがたくさんいるのが分かって気持ちはどんどん張りつめていた。もちろん練習はたくさんしたけど、練習すればするほど余計に不安が増すような気もした。私は本当に上手くなったのだろうか。というかみんなだって同じくらい練習しているに違いないし、このままじゃオーディションには受かりっこないのではないか。そんなネガティブな気持ちがいっぱいにふくらんでしまっていた。
 周りのライバル、つまりまだデビューもしていないアイドルの卵たちと比べてもそうなのだから、既に活躍しているアイドルからすると、私なんて見るに堪えないくらい拙いのではないか。
 確か最終審査ではあの明日香ミライさんが審査員の一人になっていたのではなかったか。今のままじゃだめだ。とても見てもらえない、そうにきまってる。
 一人で追い詰められた私は無茶な練習を続けて、それでケガをしてしまった。アイドルは身体が資本なのに注意を怠った。やはり私はだめだった。そんな基本的なことで、文字通りつまずいたのだから。
 つまりケガの原因は、フィジカル的にもメンタル的にも実力がなかったからで、オーディション出られなかったのも、実力不足が招いた結果なのだった。
 努力すれば夢は叶うなんて、そんな言葉はよく耳にするけど、やっぱり「才能」ってものはあると思う。どうしても。私にはそれがなかった。向いていなかったのだ。
 それでアイドルを目指すのはおしまいにした。
 なのにまだ身体はちゃんと覚えていて、うっかりするとこの「Blieve it」に合わせてダンスを踊りたくなってしまう。振り付けが脳裏に浮かんだ。私が踊るのはひびきさんの振り付けの方。そして、アリシアさんの振り付けはあの子が。ずうっと一緒にアイカツをしてきたあの子が――…… 
  だめだ、だめだ。ぶんぶんと頭を振って暗く重い思考を意識の外へと追いやった。もう過去のことはすっぱりと忘れると決めたのに、すぐこれだ。あーあ、と苦笑する。大きく深呼吸をして気持ちを切り替えて、私は再び歩き出した。

 お気に入りのお店を2軒ほど覗いたあと、街中をブラブラと歩いていると、少し行ったところに人だかりが出来ていた。どうやらアイドルのトークイベントが行われているらしい。今日のゲストはピュアパレットだそうだ。ダイアモンドフレンズカップであのラブミーティアを負かした現王者。
 あいねちゃんもみおちゃんも、確か私よりも少し年下だったはずだ。デビュー当時はふたりともぎこちないというか、あいねちゃんなんてアイドルになりたてで微笑ましいなぁなんて思うくらいだったのに、今や堂々とステージを盛り上げている。
 そうだよね。こうやって、たとえ私が夢を諦めて立ち止まっても、才能のある子達はどんどん出てくるし、先に進んでいく。私はもう、それを「見る」だけの側になってしまったんだと、改めて思い知らされた。
 その時、見知ったダークブラウンの髪が見えた。スタッフ腕章を付けて、ピュアパレットのアシスタントをしているのは、わかばだった。
 思わず大きい声をあげてしまいそうになって、慌てて両手で口を押さえる。
 そうか、わかばだってミラクルオーディションに合格してから少し経って、どんどんアイカツを進めているはずだ。まだ正式にお披露目はされていないけれど、デビューに向けて準備をしているはず。あのわかばでさえ、私より先を進んでいるんだ。
 ずっと、私の後を追いかけてばかりだった年下の幼馴染。私のアイカツはいつもあの子と共にあった。私の方が年上だから、歌もダンスも、どうしても最初は私の方が先に覚えたし、出来るようになった。それが今はどうだ。あの子は私なんて軽々と追い越していってもう私が立つことすらできないステージの上にいる。
 わかばが、私が受けるはずだったオーディションに勝手に行っていたという話は、母親づてに聞いた。その時は呆れて笑ってしまった。もし正体がバレずに合格できていたとして、そのあと私が合格者のレッスンや、デビューに向けたトレーニングに付いて行けていたとは思えない。だけど私のためにって、その一心でオーディションに行ってくれたわかば。本当にどうしようもなく優しくて、ちょっと抜けてる子。その後、面と向かって話せる機会はなかったけれど、私はわかばの気持ちを受け取って、そのおかげもあったのかな。ほとんど部屋にこもりっきりだった日々を終わらせることができた。
 まもなくわかばがミラクルオーディションに挑戦したと聞いた。小さな町だから噂はすぐに耳に入ってくる。わかばの合格が決まった直後、ステージのアーカイブ動画の配信が始まった。しばらく私は見ようと思わなかった。自分が諦めようとしている道。それに向かっていくたくさんのアイドルの卵たちの姿を見てしまったら、「揺らいで」しまうかもしれないから。
 だけど、どうしても気になって再生ボタンを押した。思った通り、画面に映し出されたのはきらめくステージ、それに魅力的な子たちが力いっぱいにパフォーマンスしている姿だった。
 その中でもわかばは輝いていた。
 上手だとは思っていたけど、あの子、こんなに歌もダンスもできたっけ?もしかして、私といると実力が発揮できていなかった?私のレベルが低かったから? 
 それになにより、なんて楽しそうなんだろう。
 中盤のダンスは完全にあいねちゃんの振り付けそのままだった。あの子、あいねちゃんが大好きだから。でも本当に好きなのが伝わってくるダンスだった。
 最近の私は、こんなに楽しそうに歌えてたかな?プレッシャーに押しつぶされそうになって、全然そんなこと考えられていなかった。自分が憧れた歌を、ダンスを、こんな風に最高に楽しんでやり切ることが出来たなら、それってアイドルのステージとして一番魅力的なんじゃないか。
 結局のところ、私はテクニック以外の大事なことに気付けなかったし、そういう意味でもやはり才能がなかったのだ。「揺らぐ」ことはなかった。私にはできないって、完全に諦めることができた。

 ぽたりと頬が濡れた。思い出したらまた泣いてしまっていた。
 涙は次々に溢れてきて、困る。
 諦めはしたけれど、悔しさも寂しさもすぐに消えてくれるわけじゃない。そんなに簡単なことじゃなかった。
 それにしても、こんな街中で、楽し気なトークショーがおこなわれている場所だっていうのに、惨めだな。誰かに見られて変に思われないうちにぬぐおうと、手早く鞄からハンカチを出して目元を抑えつけた。
 そうしていたので、こちらの方に近付いてくる人影に気付くのが遅れた。その人の肩と私の肩がぶつかる。
「きゃっ!?」
「わっ!?」
 同時に声をあげた。そこにいたのはサングラスをしながらビデオカメラを構えた女の子。
 たっぷりとした長い金髪が陽の光にキラキラと輝いている。陶磁器のように白く滑らかな肌、桃色の唇、なにより全身からオーラみたいなものが漂っている、気がする。
「どうもすみません。撮影に夢中で気が付きませんでした」
 こちらに丁寧に謝罪を述べた声に聞き覚えがあった。これまで何度も何度も聞いた歌や、ラジオで耳にしていた声だ。
 私は恐る恐るその人のサングラスの奥の瞳を伺う。変装していていつもとかなり雰囲気は違うけれど、これまで様々なアイドルを研究して磨き上げられていた私のアイドルセンサーはその気配をしっかりと感じ取っていた。
「あの、もしかして、神城カレンさん、ですか……?」
 そう尋ねる私に、目の前のその人は唇の前で人差し指を立てて、しーっと言うと、悪戯っぽく笑った。
 本物だった。本物のカレンさん。まさかこんなところで、こんな雲の上の人と会ってしまうなんて、夢かと思って頬をつねった。痛かった。
「……あの、カレンさんともあろう方が、どうしてこんな街中にお一人で?」
 私は辺りを見回しながら、ひそひそ声でカレンさんに聞く。カレンさんはというと、随分余裕のある様子で、にこやかに答えた。
「ふふふ。今日はちょっと任されているお仕事があるので」
 言いながら、改めて手に持っていたビデオカメラを構えて見せて、ウインクを一つ。それからカメラの先をトクショーのステージの方に向けた。
「あのトークショーを撮ってるんですか?」
「ええ、正確には今あのステージの上にいる方の映像が必要なんです。ちょっとまだ公には出来ない内容なので、これ以上は話せませんが……だから、今日私にここで会ったことはくれぐれもご内密に」
 やっぱり眩しい笑顔をこちらに向けて、しかし従わざるを得ないような、絶対的なオーラを放ちながらそう言うと、私の側を離れて撮影を再開した。
 いつものように街に出てきただけだったのに、カレンさんに会って、少しでもお話ししてしまうだなんて、すごい体験をしてしまった。
 少しの間、呆けていた私だったけれど、ぼんやりカレンさんの姿を見ているうちに、あることに気が付いた。
 普通に考えれば、被写体はピュアパレットだと考えるのが自然だ。でもトークショー自体の撮影は既にステージの近くで回っている生中継のカメラで事足りるのではないか。だから別の名目で使われる映像だとして、どういった内容のものだろう?ラブミーティアがプロデュースする新しい番組に使うとか?などとも考えたけれど、それにしたって不自然な点があった。カレンさんのカメラの向け方が変なのだ。ピュアパレットがいるのとは、少し違う場所を映しているような感じがある。その方向を目で追っていて、ハッとした。
 わかばだった。今カメラが向けられている方向にいるのは、アシスタントとして少し下がった位置にいるわかばだけだ。まさか。
 私はいてもたってもいられなくなって、さりげなくカレンさんの後ろに回り、ビデオカメラの液晶に映っている人物を確かめた。
「やっぱり、わかば……」
 思った通りだった。次の小道具を準備し始めているその姿がはっきりとカメラでとらえられていた。ステージに上がるだけじゃなくて、こんな撮影まで、それもあのカレンさんにしてもらえているなんて。
 すると、私の漏らした声に気付いて、カレンさんがこちらを振り返った。
「もしかしてあなた、あの子のことを知ってるんですか?」
「あ、ごめんなさい、私、勝手に覗き見て……わかばは、私の幼馴染なんです。いつも一緒にアイカツをしていて」
「そうだったんですね。それなら今日はわかばちゃんを見に来られたんですか?」
「いえ、そういうわけでは、ないんですけど……わかばがオーディションに合格しちゃってからは、全然話もしてないので。私、アイカツやめちゃいましたし……」
「そうですか……」
 カレンさんはそのまま何も言わずにいてくれた。
 しばらく液晶に映し出されるわかばの姿を、私もカレンさんも、何も言わずに見ていた。
 そうしていたら、わかばがコケた。どうやら撮影機材か何かのコードにつまずいてしまったらしい。ピュアパレットの二人が駆け寄って抱き起こしている。
「もう、あれじゃどっちがアシスタントだか分かんないじゃない」
 思わずそう口に出してしまって、あっと思った。カレンさんが目をぱちくりさせながら私の方を振り返る。憧れのアイドルの前で、いつものように幼馴染に対して軽口を叩いてしまったのが何だか恥ずかしい。
「ふふふ。でもわかばちゃんの素敵なところは、あの笑顔ですよね」
「ええ。いつでも笑顔になれるのがわかばのいいところです。失敗しても、めげても、それでもアイカツが楽しいって気持ちを忘れないで、一生懸命頑張れる、そんな子なんです」
 そう言った私に、カレンさんがビデオカメラを差し出した。
「あなたが撮ってみて下さい」
「え?」
「ずっと一緒にいて、アイカツをしていたあなたなら、きっと私よりもわかばちゃんを魅力的に撮ることが出来るんじゃないかしら」
 カレンさんは私の目をしっかり見据えながらそう言った。サングラス越しだけど、その奥の瞳は真剣そのものだ。私は言われるがままに、差し出されたカメラを受け取って、自分の手でわかばにレンズを向けた。
 わかばは、笑っている。その笑顔はとびきりキラキラ輝いて見える。少し撮影位置とカメラの高さを変えて、ズームアップもしてみた。ああ、これなら、わかばの表情がより生き生きと伝わってくる。いい表情してるな。
 ――そういえば、これまでもずっとこうだった。
 私達はお互いに歌やダンスをしているところのビデオを撮り合って、一緒にアイカツを磨いてきた。私の持つカメラの先にはいつもわかばがいた。
 そうだ。私が一番わかばのことを知っている。わかばのダンスや歌のクセも苦手な部分も、あの子がどんなに楽しそうにアイカツをするかも、全部。
 トークショーを見ていたお客さん達が笑顔のわかばにつられて笑っている。
 ねえ、みなさん、わかばはね、もっともっと素敵なところがあるんですよ。
 それをもっと、みんなにも伝えられたらいいのに――……
「なにか、見つけましたか」
 静かにカレンさんが言った。まるで私の心を見透かすように。
 それと同時に柔らかな風が吹いてきて、私の頬を撫でた。少し前に流していた涙は、もうすっかり乾いていた。
「はい、見つけました。私の、あたらしい夢」

 アイカツをすることを、私は自分でやめたし、もうこの先あそこに戻ろうとは思わない。それでも、それだけがアイカツじゃない。
 ステージに立つ側ではなくなった。けれど、「見る」だけの側にしかなれないと決まっているわけではないはずだ。
 たくさんのアイドルの魅力をたくさんの人に届けて笑顔になってもらえたら。「見せる」側になれたら。
 胸の奥からふつふつとエネルギーがわいてくる。
 どんなに厳しい冬だとしても、それが過ぎれば新芽は芽吹いていくものだから。今日この時が私のあらたな始まりだ。私にしかできないことを全力でやってみよう。
 私はもう一度、わかばの方にカメラを向けた。

powered by 小説執筆ツール「notes」

15 回読まれています