いつの日か、あなたとわたしと一匹と

きららちゃんお誕生日2023です。当日きららちゃんとデートしつつ、欲しいプレゼントを選んでもらおうとするあこちゃん。


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 よく晴れた午後、石畳を二人でゆっくりと歩いていく。足元は春らしいパステルカラーのローファーで、それぞれ色違いのお揃いを履いている。そのうちの桜色の方の一足がタタンとスキップするみたいに跳ねた。
「でほんとにいいお天気だよね~。どこまでも飛んで行きたくなっちゃう!」
「ちょっときらら、目立つ行動は控えてくださいな。せっかくこうして変装していますのに」
 淡いイエローのもう一足が桜色を追いかけて窘め、ごめんなさ~いなんていう返事と同時にまたゆっくりとしたペースで歩き出す。辺りを行き交う人の流れも同じくらいゆったりしていて、二人の姿はその中に自然に馴染んでいった。
 ここはきらきら市の高台の方にある通りで、大規模なビルや商業施設は少なく、個人経営のおしゃれな雑貨屋さんや古着屋さん、コスメショップやカフェなどが並んでいるファッショニスタにも人気のスポットだった。訪れる人はみんな素敵なものを探しており、そのせいか足取りがゆっくりになるのだ。とはいえ、ちょうどそこにあるクッキーショップの前を通りかかるのはこれで二度目。早乙女あこは傍らの花園きららをちらりと見やって、彼女の丸くて大きな瞳に何が映っているのかを探ろうとする。しかしきららときたら、いきなり目線が上向きになり、空の青を映したかと思うと、飛んできたモンシロチョウを追うのだった。
「ちょうちょ~~!ほんとに春だねえ。桜が散っちゃわないうちにお花見も行かなくちゃ」
「ええ、本当に。海沿いの公園も今週末には見ごろを迎えるようですし……って違いますわ!」
「え?」
 きららは首を傾げてようやくあこの姿を映す。
「え? じゃないですわよ。まだ決まりませんの? なんでもいいって言ってますのに」
「そんなこと言われても、全部めっちゃ素敵なものばっかりなんだもん。きららだって決められなくて困ってるんだよっ」
 メェ~ッとひと啼きしてから、むぅと頬を膨らませたきらら。しかし改めて通りに並ぶお店に向き直って、あこに言われたように真剣に考えるモードになってくれるのだった。
 今日は3月30日、きららのお誕生日当日だった。オフを取った二人がここに来ているのはきららへのプレゼントを買うためだ。あと数日すればあこは高等部に進み、きららもNVAで後輩を指導する立場になっていく。そんな新学期を前にしたきららのお誕生日には少し大人っぽいプレゼントもいいのではないかと思い、いつも二人でよく行く、市の中心部にある商業施設のティーン向けショップではなく、オトナのお姉さんたちもお気に入りだというこの通りにやって来た。ここで何か一つきららの気に入りのものを選んでもらい、それをプレゼントにするのである。
 少し行ったところの雑貨屋さんできららは立ち止まり、アロマキャンドルを眺めてから、う~んと唸って、また歩き出す。その隣に香水ショップにあったフラミンゴの形のフレグランスボトルを手に取ってじっと見たかと思えばまた唸り、やがて棚に戻すのだった。
 見ていれば確かにきららが目にとめるものはどれも可愛くて素敵で、あこは改めて彼女の審美眼の鋭さを思う。こんな風に素敵なものと向き合っている時のきららは真剣そのもので、だからこそいつもよりも更にキラキラして見える。絶対口に出しては言ってやらないが、あこは彼女のこういうときの顔が好きだ。普段お仕事をしている時にも時々見せるその表情には毎回ドキッとさせられてしまう。
 だから今この時間はあこにとっては、きららの素敵な一面を見ていられる幸せな時間であって、正直ずっとこのまま、穏やかで幸せなときを過ごしていられたらいいのに、なんてこれも絶対口に出しては言ってやらないが、そんなことを思う。
 しかし、だ。今日、本当にこの時間がずっと続いてしまえば、きららへのプレゼントがいつになっても決まらないことになってしまう。せっかくのお誕生日に、あこの方が幸せになるだけなんておかしい話で、プレゼントは絶対に決めてもらわなければ困るのだった。
 きららはその次のマカロン屋さんのショウケースをじっくり眺めて、また唸っている。もういっそあこが決めてしまった方が早いのか、やはり選んでもらった方がいいのか。脳内コンピューターをカタカタといつもよりもはやい速度で動かしてみる。
「あこちゃん、そういえば向こうの通り、なんだろ」
「え……?」
 もう少しでピンポンと答えが出せるかもしれないと思った時、きららが斜め向かいの小道を指差した。
「こんなところにも道がありましたのね」
「うん、さっき来たときは気づかなかったけど。行ってみよっか」
 きららの瞳がまたきららんと輝く。なんだかこの先に本当に彼女が求めているものがあるような気がして、あこは強く頷いて一緒に小道の方へと踏み出した。
 狭い路地を抜けると、ストリートアートの展示スペースがあり、こじんまりとしているもののカラフルで個性的なお店が並んでいた。外国のものらしい木工細工の販売店や、鮮やかな綿織物のショップ、スパイスカレーとバナナジュースの屋台などがある。きららは先程よりも更に興味津々でいちだんとキラキラになっていた。
 果たして今日中にプレゼントは決まるのだろうか。そんな心配がぶり返してきた時、きららがあっと声を上げた。
「猫~~!」
 振り返れば、猫のイラストの看板と猫専門ブリーダー直営店という文字が目に入った。あこが何かを言う間もなく、きららはその店の中に入っていく。
「いらっしゃいませ」
 穏やかそうな初老の店主が二人を出迎える。どこからともなくニャ~という鳴き声がしたかと思うと、彼の背中にくっついていた三毛猫が肩から顔を出した。
「かわいいですわ~!!」
「ほんとだ! かわいい~~っ!!」
「この子はモモと言いまして、ここにずっといついていて離れないので、販売は難しいかもしれないんですが、奥には子猫もたくさんいますよ」
 店主が指示した低い木製の柵の向こうは飼育スペースになっており、何匹もの猫が、入口からは想像がつかないくらい広くなっているその場所をゆったりと使って過ごしている。手前の掲示スペースにはねこの写真と名前の一覧と、優良ブリーダーの認証マークが貼ってあった。
「見ていかれるだけでも大丈夫ですよ」
 店主の言葉に甘えて、二人とも奥の飼育スペースの方に向かった。
「わ~っ、あこちゃん、この子、すっごくかわいい!!」
 きららが指差したのは柵のすぐそばにいた子猫だった。
「アビシニアンですわね。大きな耳がとっても可愛いですわ」
 きららは興奮を抑えきれないようにぶんぶんと首を縦に振る。
「あこちゃんは猫が好きでしょ? だからきららも猫の動画とか結構見るようになったんだけど、見るたびに好きになっちゃって」
「にゃっ!?」
 きららの唇からさりげなく発せられた一連の言葉に、あこは頬を赤く染めた。好きなひとの好きなものを好きになる、だなんて。自分もすばるきゅんが好きって言ってたスポーツドリンク、確かにとってもおいしくてわたくしもすっごく好きですわ~! と一人で盛り上がっていた時期はあったが、付き合っている女の子が自分に向けて言ってくると、こんなに照れくさくなるのかと思う。しかしこの照れを悟られてしまえばまたそのことでからかわれてしまうかもしれず、だからペチペチと頬を叩いてきららの視線の先にいる猫たちに意識を集中させた。
 そうしてひとしきり猫を眺めてたっぷり癒されたところで、あこはハッとして我に返った。
「いけませんわ! きらら、プレゼントを決めませんと」
「ほんとだ! 猫ちゃんが可愛すぎて忘れちゃってた!」
「それで、何にしますの? また向こうの通りに戻って考えてもいいですけれど」
「きららね、猫がいい~」
「……はぁ?」
「だ・か・ら、猫~!猫飼いたいのーっ」
 きららは上機嫌で、手を猫のように丸めてポーズを決めながら言う。あまりのことにきょんとしたあこだが、みるみるうちに猫のように毛を逆立ててシャーツ! と怒りを露わにした。
「あなた簡単に言いますけれど、猫を飼うのは大変なんですのよ? 食べ物とかトイレとかも揃えないといけませんし、ワクチン接種や避妊手術とか、そういったことも飼い主の責任ですわ。大体NVAってペットOKなんですの? 少なくとも四ツ星の寮はだめですわよ? エルザさんの猫ちゃんは執事さんがお世話しているようですけれど、あなたの猫までお世話だなんてさすがにちょっと図々しすぎと思いますし」
 早口で捲くし立てたあこに、きららはごめんごめんと全力であやまった。
「ぅう~、きららそんなの全然考えれてなかったよ。そうだよね。可愛いってだけで無責任なのはメェ~ッだよね。ごめんなさいでした」
「分かってくれたらそれでいいんですけれど」
「うん。でもいつか卒業して学園を出て、ちゃんと責任とれるオトナになったら、その時は飼っていい?」
「それはオトナになった時のあなたが決めることですし、自由にしたらいいんじゃありませんの?」
「うん、でもきららとあこちゃん将来一緒に住むじゃん。だから一緒に飼う感じになるでしょ」
「にゃ、にゃにゃにゃ!? なんですのそれは!! いつ決まりましたのよ!?」
 あこはのけぞって手足をわなわなさせる。きららは全然動じずに目をぱちくりさせて言った。
「きららとずっと一緒なの、あこちゃんはイヤ?」
「そんなことは言っていませんけれど!」
「じゃあ約束ね」
「し、仕方ありませんわね……」
 あこの肯定の意志を確認して、きららは弾けたように笑った。柵の向こうからは相変わらず可愛らしい子猫の声が聞こえている。いつかあの中にいるような子猫を、自分たち二人の家に迎えて暮らす。なんて素敵な未来だろうか。胸の奥に喜びがあふれてきて、勝手に顔はにやけてしまう。
 そして今夜のことを考えた。今日あこはきららのNVAの部屋に泊まらせてもらうことになっている。夜に部屋宛にケーキが届くように手配しているので、二人で食べてゆっくり過ごすのだ。その時に、今言ったことをもう少し具体的に考えて話してもみたいし、ずっと一緒にいることについて、あこが今感じていることを今夜くらいはちょっぴり素直にロマンチックに、言葉にして伝えてやってもいいのかもしれない。なにせ彼女のお誕生日なのだから――……。
 そこまで考えてまたハッとする。
「それで、プレゼントは何がいいんですの? 別のお店を見に行くにしても、閉店が早いところもありましたから、さすがにそろそろ急ぎませんと」
「あ、それなんだけど、これにしようって思って」
 彼女の手にあったのは、店内の猫グッズ販売スペースにあった猫じゃらし型のおもちゃだった。
「そんなもの買ってどうするんですのよ!?」
「オトナになったら猫飼うっていうきららとあこちゃんの約束のしるしにね、将来猫がきたら使うっていうことで、どう?」
「そんなの、あなたのためのプレゼントなんですから、もっとあなただけのためのものでもいいですのに……!」
 約束のしるしだなんて。畳みかけるように嬉しいことを言ってくれるので、やはりあこの方が幸せになってしまって困る。
「きららはこれにしたいの! ね?」
 結局、言われるままにあこがお金を出して猫じゃらしはきららの手に渡り、プレゼント贈呈はすぐに完了した。
 店を出て、カラフルで素敵な通りをまた二人で歩いていく。春の始めの柔らかい日差しはオレンジを少し混ぜて、ゆるやかに夕方に向かっていた。
「猫じゃらしだけじゃなくてほかのものをもう一つ買ってもいいんですのよ?」
「一つって決めてたんだから、これでいいし全然大丈夫。それに」
「それに?」
「きららたちの猫ちゃんをお迎えするまで、きららの猫ちゃんはあこちゃんなんだから、これであこちゃんと遊ぶんだよ~っ!」
「は?」
 さっきまでのちょっときゅんとなるような甘い空気はなんだったのかと思えるくらいあっけらかんと言ってきたので、あこは思いっきり顔をゆがめた。しかしきららが猫じゃらしをこちらの目の前に垂らし、ふわふわと振ってきて、自然にそれに飛びついてしまう。
「にゃにゃにゃ~ん! はっ! いけませんわ、つい!」
「ほら~やっぱりあこちゃんは猫のあこにゃんなんじゃん。ほれほれ~~」
「にゃ~~ん! ……って違いますわ! ふざけるのはおやめ!」
「もうっ、あこちゃん、今日はきららが主役の日なんだよ? 怒っちゃメェ~ッ!」
 にゃんにゃんメェメェ言いながら二人でおしゃれな通りを軽やかに駆けていく。
 そうしながら、あこは胸の中で思い描いていた。オトナになって彼女が何回目かの誕生日を迎えるその日には、その隣に自分と可愛い子猫の姿がちゃんとあればいいなと。

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