惚気
師匠が、俺の破門を解いた後の一門会で、皆の前で言うたやないですか。
――あんたが自分の思うてるように変われたかはわからん。けど、あんたがおらんかったら、オレは3年前の飲んだくれのオッサンのままや。
そないなこと言うてたか、て兄さん。
言うてましたって。
あいつのことが、若狭が羨ましいと思ったことは、その一遍きりです。
高座の前に、落語家になれんでもええ、あんな大勢の前で話すのなんか無理や、てあいつが我儘言うてたからかもしれへんけど、師匠、えらい優しい声やったやないですか。
いつもの俺なら、師匠、甘やかしたらこいつのためになりません、とか、そういう余計な口出ししてたと思うんですけど、そういう気持ちもどっか行ってしまって、一切なかったんです。
おかみさんがいたあの頃の師匠に戻すのは、やっぱりこいつなんや。
俺が子どもの頃から知ってる師匠はこういう人やった、と思って、羨ましいになったりしたんです。
三年ぶりの一門会やったのに、そのことも頭から飛んでってしまうくらい、安心したり。
あの頃の師匠は、俺には、いや、俺らにはもう、あんな風に声掛けてもらえることなんかありえへんかったやないですか。子どもやないんやから。
けど、あいつはまだ二十歳になったばかりで、師匠の前では子どもでいられる。
そやから、ずっと俺だけとの暮らしやったら、師匠を立ち直らせることは出来へんかったんや。
そない思うたんです。
……え、惚気入るかと思ってたら、なんで師匠の話になるんや、て言われても。
俺とあいつのことは、やっぱり師匠なしにはいかんでしょう。
あんな風に俺が破門にならへんかったら、……つまり師匠が俺を破門にせんかったら、あの先、若狭と一緒になってたかも分からへん。
それでも、あの先も一緒におったら、あいつが四十になったくらいの頃に一緒になってたかもしれませんけど。
え、惚気聞きたいて言うたの、草原兄さんが先やないですか。
兄さん、もうちょっとでええから、付き合うてください。
ほんま俺、このままやったらうちに帰りづらいんです。
うちの子どもに、徒然草小草若の名ァを継ぐ女になって、二代目底抜けで稼ぐぅとか言われてしもて……。若狭にも、もうどないな顔したらええのか。
ええからその顔で戻れて、そんな殺生な。
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