猩々緋の天使
息を吐く。
小さな緊張はグレーのコックピット内部に溶かされた。やることはいつもとそう変わりやしない。
『A05-S隊、二号機、五号機、出撃を許可します』
白に統一された機体が、順繰りにハッチへと動かされていくのが見える。確か、あちらは四機居たはず。此方の出陣はその後になる。
左手側に表示させたのは周辺地図だ。隙間時間に今回の任務を再度確認する。
既に放棄された惑星軌道エレベーター上を敵残党が占拠し既に一週間。膠着状態となった戦況を打破するために複数の部隊が追加戦力として現宙域に送られた。
なるたけ設備を破壊しないように殲滅とは難しいことを言う。最も壊していいならとうに何とでもしただろうとも理解できる。
だからわざわざ私が呼ばれたのだろう、と。
『六号機、十号機、出撃を許可します』
白い機体が居なくなったところで、僅かに自分の機体が揺れた。
きっと目立つだろう。何せ私の機体は他より三周り以上は大きい。しかも連合軍の白ではなく、昔々には猩々緋と呼ばれたらし強い赤色をしている。殊勲によって色の変更を許可されたから、一番目立つと思ったこの色にした。
一番目立って綺麗なのは、気持ちが入る。
『おい九号。聞こえるか』
この声は確か、今回の司令官だ。僅かに私を侮るような声色がある。
先の大戦時は別宙域に赴任していたらしいから仕方ないが。『あれ』を知っている者は絶対にそうしてこない。私は他と違って大人しくないから。
「何か」
『不死身の閃紅《せんこう》という二つ名に恥じぬ力を見せてもらいたいものだ』
「畏まりました」
返事は規定の文言以外は許可されていない。知っていてそんなことを言うなんて余程、いや、その程度だから別宙域に当時は居たのだろう。
しかし懐かしい。もう四年、いや、五年も前にか。
『A01-J隊、九号機、出撃を許可します』
視界が移ろう。カタパルトの接続と諸々を此方から許可をする。どうせ拒否権があるわけもなし、こんな行程最初から無くせばいいのに。
宇宙用ヘルメットも起動して、動作系統の確認。……よし、私の愛機はいつだって、私にはとても素直だ。他の人達は怪物かじゃじゃ馬って言うけども。
五年前。敵軍との戦いにおける最前線に送られた一つが私が所属する隊だった。最初は九人だったメンバーも激戦に次ぐ激戦で削られ、最終的には私だけが生き残った。
戦果を上げに上げ、幾度の危機を乗り越え、最終的には敵軍本陣への先鋒となり突貫し、かつ生存した私につけられた二つ名が、『不死身の閃紅』。
考えた人は恥ずかしくないのかなあこれ。私は好きだけど。
「いくよ、アンジール」
小声で機体に語りかけ、それから、全身に重力がかかる。
高速で射出され、宇宙空間へと飛んでいく。
背面を見れば連合軍の空母が複数隻。どんどん自軍を吐き出しているようだけど、殊勲による色変更を許可された『色持ち』はどうやら私だけのようだ。
ケチくさいことで。
「まあ、本来強化人間の扱いなんてそんなものか」
死んでるか廃棄されたか。私は珍しい部類。
初速から更にブースターを点火。真正面からの突貫。
絡め手? 有利不利? そういう難しいことは苦手だ。当たらなければいいし最終的に勝てば良い。
そう、私は最初の隊長から教わった。最後まで生きてた人から言われた。故に勝ち残った。
数多のロックオンの警告音に、迷わず前へと突撃していく。横からくるミサイルの弱点は正面の敵軍そのもの。
アンジール。自分でそう名付けた機体は戦闘宙域に真っ赤な翼を広げただろう。
「鎧袖一触。噂以上だな……不死身の閃紅とは」
「色持ちは伊達ではありませんな。強化人間であれば尚更明確なデータによって厳重に管理された上での評価だ」
「開発中期ナンバーによる欠陥品部隊だったのではなかったか。調整ミスで自由意志が多く残った弾き者ばかりの部隊だったはずだが」
「だから使い捨てたが、なまじ生存した上圧倒的な戦果を上げて、本部も動かざるを得なかったそうだ」
「にしても……悍ましい赤色を放つな」
「目立つように、だそうだぞ。欠陥品のことはよくわからんが」
向かってくる敵機に両手のショットガンを向ける。
右手、左手。
無骨な音を立てて弾丸を発射し、敵の装甲をごっそりと削り取って破壊する。
私の機体のコンセプトは高出力高スピード紙装甲がモットーだ。エンジンは最新の縮退炉だし、余剰エネルギーでバリアも張ってるけど、実弾やら爆風やら波長やらとなるとめちゃくちゃに弱い。まあ今どき、装甲と関節部くらいなら自己修復機能でどうにでもなるけど。
エンジンとシステム系統が生きてれば私の勝ち。そこまで壊されたら終わり。ショットガンの弾薬だけは注意かな。まあいざってときは自己修復機能を悪用して複製するけど。勿論バレたら違法で処分行き。
私の赤を見てどんどん敵機が寄って来るけど、宇宙空間で真っ直ぐ来ると知ってるなら逆に動きが分かりやすいんだよね。そう言うとなんでかドン引きされたものだけど。
「そこと」
ショットガンを向けて放つ。
「そこからね」
正面へと右肩に搭載したビームを広角放射して。
「見えてるよ」
右肩からはより遠くを貫くランチャーで狙撃。
あちこちで発生する爆発は背に、アンジールは突撃する。
あちらからの攻撃は、残骸を蹴ったりして変則的な動きをすることで回避すればいい。
今回敵にはMF(モビルフォートレス)が居らず量産型のAD(アームズドール)ということで、武装は使い慣れた汎用殲滅型にしている。近づかれる前に破壊、近寄ってもショットガンで一撃必殺があって、サイズ差のせいでシンプルなキックも強し。仕込みブレードもあり。オールラウンダーと言える。
ここまでしといてアレだけど、私は戦うのが好きなわけじゃない。戦いなんて、殺しなんてしたいわけがない。
けど戦わなければ死ぬ。処分される。連合軍だろうが強化人間に人権はない。使い物にならない道具の末路なんて腐る程聞いてきた。
私は生きる。死んだ部隊のみんなの分まで生きるんだ。
……できれば面倒無く。
「ちょっとぶっぱしすぎたかな」
気がつけば正面の敵軍は殲滅できたけど、こちらのエネルギーも一時的に出力が落ちているから回復が必要だ。一旦戦場を移動して時間を開ける。
アンジールは速い。
戦いの隙間を縫うように、時折一番省エネなショットガンを使いながら、次の地点へと進む。
私は本来搭載するべき装甲を搭載していない。
当然、装甲をつければ生存力は上がるが質量も上がって加速力が落ちる。他人からすると「Gが耐えられない」とか「操作が追いつかない」らしいけど。
私はスピードが欲しかった。すごい縮退炉とすごい自己修復機能を搭載して他より圧倒的に大きいんだから、尚更装甲なんて邪魔なだけ。必要なバリア以上は回避回避。
大質量のエネルギーは背面ブースターと武装に注ぎ込んだ。結果が元とは重心すら異なるとんだワンオフ機。
私から言わせれば、装甲だとか防御とか盾とか考えるほうが面倒。実際その場合のシミュレートはあまりに雑魚だった。
まあ、うん、個性だ。個性を排除した強化人間のくせにと思うが仕方ない。私はそう生まれてしまった。
ちなみに背面ブースターは特注で、とっても速いが全開にするとまるで翼のように広がってやたら目立つ。しかも私は赤に色変更をしているから、宇宙空間だと余計に悪目立ちする。
めちゃくちゃ気に入っている。
この赤がある限り、私は生きている。そう思える。
しかし、突然アラート音が鳴り響いた。
「これは……?」
巨大なエネルギー反応が敵軍に見受けられる。軌道エレベーターの格納庫あたりのようだが。
急行しろと言われれば従う。私もどうにも気になった。嫌な感覚がある。
脳髄に過る不安を抑えて飛ばせば、そこには敵の部隊が展開している。
それはどうでもいい。
彼らは何かを使おうとしているようにも見えた。
即座に映像を送信する。
「殲滅で宜しいでしょうか」
尋ねたがすぐに返事がない。通信は繋がっているのに無視……いや、慌てている?
別のアラートが鳴る。これは、全軍への。
『連合軍総員、すぐに宙域から退避』
先を私が聞くことはなかった。
急に正面の区域に真っ黒な空間が生まれた。
反射的にブースターに全動力を回すも、分かっている。全てのエネルギーを吸い込むブラックホールに、勝てる訳が無い。
視界が、真っ暗になって。
何かのアラートが出て。
吸い込まれた。
息を吐く。
瞼をゆっくりと開ける。
グレー色のコックピットは静かだ。
「……アンジール?」
呼びかければ、電源が点る。私の声にAIが反応して、スリープモードを解除したみたい。
『通常モード起動』
早速機能をチェックする。
多分連中がやったのは縮退炉暴走だろう。つまり、その場に小型の人工ブラックホールを作って暴走させた。
どうせ死ぬならばと諸共吹き飛ばそうとしたのだろう。そんなことを惑星軌道上でやったのなら、損害はとんでもないことになる。元々放棄された惑星だからマシではあるけど、人道上許されることではないとして連合政府は頭抱えるはず。
まあそこは頭のいい普通の人が考えること。私は頭が良くない強化人間。アンジールを動かす以外の才能は無い。
しかしなんで生きているんだろうか。セルフバイタルチェックも問題なしと出ている。
「エネルギーが底をついてるのは珍しい……にしても、メインエンジンとシステムも修復可能範囲、なんてことあるんだ……」
縮退炉暴走による事故や事件の話は知っているけどだいたい死んでる。死体も何も残らない、はずなのに。
特にアンジールは装甲が脆い。実際かなりの部分がぼろぼろで、背面ブースターも武装も全てが大破状態で飛ぶことすら出来ない。
それでも無限に稼働する縮退炉と各種システムが無事な限り、ナノマシンが周辺の物質を少しずつ分解し再構成する。本艦に帰投したほうが圧倒的に修復は速いけど。
「ん? あれ? つまり周辺に物質があるってこと?」
当然ながら自己修復が稼働するには宇宙空間に一人ぼっちでは無理だ。小惑星でもなんでもいいから接近する必要がある。
だがそれが稼働しているということは、周辺にモノがあるということになる。
「カメラとレーダー……は破損してる。まだ死んでないってことは敵もいなさそうだし、優先度を上げてっと」
武装は最後、コア部分の修復と最低限の装甲、それからブースターさえ直れば移動ができる。高速移動で突破すれば助かる。
設定をしてから宇宙服を確認する。破損なし酸素ボンベよし。
センサーが死んでて見えないなら私が直接見ればいい。
「ハッチ開くかなぁ、よし、あい、た……」
コックピットの背面が開いて、振り返って、唖然とした。これが『唖然』なんだなっていうくらいの人生最大級の驚き。
宇宙空間だと思っていた。
なのに、今いる場所は明らかにどこかの惑星の上。それも、生命活動ができる惑星だ。
「草原ってやつ……?」
全身に重力を感じながら呆然と見回す。
一面の緑にすぐ近隣に見えるたくさんの木、つまり森だか林だかってやつ。遠くには冠雪した山々が見える。
アンジールが居るのは草原のど真ん中にある大きなクレーターの中に見える。だから自己修復機能が動いたんだ、と辛うじて認識して。
「……優先度変更、装甲とブースター後回し、センサー類最速で修復!」
一旦コックピットに戻って指示を出す。
焦れったい。
早く。
『……センサー稼働』
よし来た!
「周辺環境チェック」
『表示します』
重力は強すぎず弱すぎず。空気の組成も毒素は見当たらない。病原菌とかなら強化人間は無敵だけど、さすがに酸素がないと生存ができない。
……うん、どれも問題がない。ウィルスも既知のもののみ。なら宇宙服は不要だ。
もう一度ハッチから外に出てヘルメットを取った。
息を吸う。
思ったよりも冷たい。けど、きっとこれは自然というものなんだ。普通の強化人間が、いや、連合軍幹部だろうが一生かけたってそうそう見ることも感じることもない貴重なもの。
知識にしかないものだ。
自然が残る場所は基本的に立入禁止惑星のみ。あとは全部人工的な管理がなされている。
もしも私が居るとバレたら間違いなく処分される。それでも、貴重なものを見れた感動で私はいっぱいだった。そもそもあの縮退炉暴走で死ぬと思ったんだから速いか遅いかの違いに過ぎない。
どの星なのか。どうしてここに居るのかは分からない。分かるとは思えない。
だったらめいいっぱい楽しんでやろうと思った。
「これが自然か!」
ふと遠くに動く影が見える。あれは、鳥か。
「動物も居る!」
コックピットの背にあるバックパックを取る。中には遭難時用のサバイバル用品に食料、あと小型ながら殺傷力抜群のレーザー銃がある。
アンジールにはここでのんびり修復してもらうとして、私は周辺の探索をする。冒険ってやつだ。
だって仕方ないもん、アンジールはまだ動かせる状態じゃないから仕方ないもん。
地面に飛び降りる。5メートルくらいなら強化人間なら余裕の高さ。
「土だ」
知らない匂いに囲まれる。ちょっと受け取る情報が多すぎるのは強化人間良くないところポイントかもしれない。
「”アンジール”も準備よしっと」
腕はアンジールの外部端末をつけている。搭載されているAIが遠隔で情報整理だったりを手伝ってくれるのだ。修復状況なども分かるし、いざとなったら呼び出せる。愛機は大事。
ふと、破損したアンジールの真っ赤な装甲に映る自分を見る。
短い白髪。黒のパイロットスーツに、柔軟性とパワーのある女性体。
猩々緋だから分かりづらいけど、きっと私の水色の目は、見上げる空のように輝いているんだろう。というか青空の実物は初めてだし雲なんてもっと珍しい。あれが自然生成されてるってすごいことだよ。
「せいぜい捕まるまでは、やりたいことしよっと!」
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