新製品
冷凍庫の中から冷たい風が吹いてくるし、四草の視線もめちゃめちゃ冷たいな。
新作のアイスでいっぱいになっとるあの冷凍庫見たらしゃあないか、て思うけど「なんでこないに無駄遣いしてくるんですか。」とムカつく顔で言われたから、新聞読んでた手ぇ止めて椅子から立って、構って欲しいならそないしたるわ、て返事の代わりにデコピンしたった。
「まあこの年でお稽古休みたないし、おチビの前ではええカッコしたいし?」
落語は下手やけど、口笛とデコピンは底抜けに巧い草若ちゃんやで~。
「それで冷凍庫にアイス詰めるにしても、これやりすぎでしょう?」
やりすぎとかそんなん知らんわい。
この家に草々はおらへんけど、あいつと同んなじくらい精神年齢低い男がいてるやん?
草若て書いてたプリン勝手に食べられてまうし?
「子育てなんか、やりすぎくらいが丁度いいねんて。」
「草若兄さんのやりすぎはほんまにやりすぎですから。」
そういうたかて、ここも日暮亭とか天狗座から遠なってしもたし、このところはオレもそれなりに仕事が続いたしで、あの子のこと、前ほどあちこち連れてってやれてへんからなあ、て言おうかしたら、四草が恨めしそうにデコピンした額を触ってる。
お前そのままの顔で『お菊の皿』とかやったらええんとちゃうか、て思ったけど、やっぱ言うの止めとこ。
兄さんもあないして明日はお稽古休むわ~て言いたいでしょう、とかアホなこと言われたら藪蛇やしなあ。
そらまあ、これだけ暑いですし?
稽古休む~ていっぺんでも口にしたら、ほんまにようせんようになってまうんやけどな?
それをせんのが大人っちゅうか……まあ今更こいつに言うても釈迦に説法ていうか、ほんましゃあないけどな。
「この間も手土産なんて無駄なもん買うて。」
て、人が殊勝に反省してるときにお前なあ~。
「こっちが気ぃ使って手土産持って来たったるのに、お前こそ『こんなん買う金あったらゴムの替え買って来たったらええやないですか。』てどないやねん。」
情緒もなんもないこと言いよって。
そもそも、結局オレが買うて来た羽二重餅、しっかり食うてたやん。
「本心を言うたまでです。」と言って四草は冷蔵庫から麦茶を出してひとりで飲んでる。オレにもくれ、と言ってみると、コップ持って来てくださいてなんやねん。
ほんま涼しい顔して……。
仏壇に住んだらええのに、てお前に言われたこともまだ忘れてへんぞオレは。
執念深い草若ちゃんです~♪
あと、今でもオレのおらんときの日暮亭の高座やと毎度毎度オヤジの写真のことじっと見つめてから算段の平兵衛掛けてるていうんやから、浮気や浮気!
「あと、ゴムでのうてコンドームです。」
「へえへえ。……ていつおチビ戻って来るか分からへんのに、何言うてんねんボケ!」
思わず手が出てしもた。
「どうせ手土産買うなら若狭にでも持ってったらええでしょう。」
「次からそないするわ。」言うて、ほんまに喜代美ちゃんとこに先に土産持ってったら、また拗ねるくせに分かってんねんで。
て思ったけど、「兄さんこれとか好きでしょう。」て言われてスプーンと一緒にメロン味の新作持って来られたら、まあええか、機嫌直したろ、て気にはなるわな。
ほんまに美味しそうやな~。
おチビと一緒に家ん中で食べるんなら、気取った店の、一個四百円のとかでのうて、このくらいで十分や。
「こういうの、買うて味見してみたなるパッケージで売ってんのやからしゃあないがな。お前もたまには気になる新製品に飛びついてみたらどうや?」
その眉間の皺も取れるんちゃうか、と言う前に四草が「僕はいつもの味で構いませんけど」て顔を近づけて来た。
ドアホ、麦茶の味しかせえへんとこに今味見してどないすんねん。
オイコラ、四草。
オレ、まだメロン味食うてへんのやで。
そらまあ、オレかて、底抜けに新しい草若ちゃんですけど?
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