はし巻き


「来月の第四日曜、盆踊り大会がありますけど、兄さん行きますか?」
盆踊り大会て単語がこの格好付けの男の口から出て来ることになるとは思わなかった。
珍しいていうか、こいつの十八番である算段の平兵衛は真夏の盆踊り大会の話で、落語の稽古以外の場所では口にすんのも縁起が悪いんとちゃうか、と思ってたんやけど、まあ四草やからな……。
「なんや、お前から誘てくるなんて珍しいやん。夜席の仕事が入ってへん日てことか……行こ行こ! お前もこないだ買うた浴衣着て、おチビ一緒に連れてけばええやん。」
デートやないけどデートやな、ええでええで!
いつもいつも、オレからアイス食うで~、とか花火しよな~、とか流し素麵するで~、とかそないに言うばっかりでも新味がないもんな。
「いや、僕、その日は、裏方を手伝わなあかんので。」
「はあ?」
いや、手伝いて、お前。
オレもう頭ん中で、おチビと揃いに見えるひょっとこのいつもの浴衣とちゃうヤツも着て行きたいなあ、て思てたんやぞ。
「例のPTAの会合で、はし巻き屋やることになったので。」
「やらされるていうか……それ押し付けられたんと違うか?」
PTAの会長の職かて、上におって決まった議題にハイハイいうて判子押すだけて言うからなったんや、て言うてたくせに、めんどいベルマーク集めとかやらされるの止めて、集金して普通に備品買う流れにしたり、ガッコで集まんのも嫌、家に人呼ぶんも嫌で公民館の手続きしに行かされたりなんでもやらされて、オヤジにあのカラス押し付けられた時と同じで、結局なんでも仕事おっつけられててんてこ舞いしとるし。
こいつ、こんな顔に生まれ付いてきた割りに、このところ貧乏くじ引かされてる、ていうか、オレが言うのもなんやけどそういう星の下に生まれて来たんちゃうか、てちょっと思ってしもたもんな……。
「まあそうですね。下準備はカット野菜とか出来あいの買うてくるから、後は鉄板の上でひっくり返して焼いてくだけ、て言われたけど、それでもまあ好き好んで真夏にバーベキューみたいなもんやりたいヤツおらんのと違うか、ていう話で。夕方少し涼しなる、て言っても気持ちだけですからね。」
「そらまあ、お前がその椅子蹴る、言うたら誰ぞ代わりにやるヤツ見つけて来んとあかんやろ。」
「こういうとき弟子いてたら楽でいいんですけど、」
「ってオイ……お前自分がやりたないからって弟子におっつけてどないすんねん。」
「師匠は、時々自分が稽古やりたないときは草原兄さんにやらせてたやないですか。」
ズバッと言われて「それもそやな。」と頷いてしまう。
……こいつほんま、オレが言うのもどうかと思うけど、オヤジの悪いとこばっかり似とるやんけ。
落語に向いてへんて言う資格なんかはオレにはないけど、師匠になるの向いてへんていうか。まあオヤジみたいな自己中でも師匠が出来てたんやから、やったらやったでなんとかなる気もするけどな。
「僕もそんな顔広くないですし、おっつけられる相手がいませんよ。そもそもそういうのやりたそうな人間、て並べたとこで草々兄さんの顔くらいしか思いつきませんからね。」
絶対に嫌です、とタメを作って言った。
「草々のヤツも、オチコが小学校上がったら、そないな行事に顔出しすることになんのと違うか?」
「あの辺て、そもそも近場に天神さんがありますから、ちゃんとしたテキヤが来る規模の祭りですし、この辺の小学校区みたいなみたいなちまちました行事とかあんまりなかったと思いますよ。一応秋にバザーのお知らせとかはありましたけど。」
「そうやったか……?」
「僕の記憶にあるの、バザーだけですね。なんや供出出来そうなモン、箪笥の抽斗に眠ってないですか、て町内会の人が来たとき、棚から使ってへんもらい物のバスタオル出して来て、ておかみさんに言われて戸棚の中探したら、名入りのお盆とかスプーンとフォークとか結婚式の引出物みたいなもんが仰山入ってて、もう全部出してしもたらええやないですか、て言ったりして。」
「ああ~、オレも覚えとるわ、それ。二階にあったヤツやろ。」
内弟子修行終わる前におかんから手招きされて「あんたがここ出てくときも、なんか必要なもんあったらここから取ってってええよ。大分草々が持ってってしもたけど、」て言われて、ここはずっとオレのうちやったけど、落語家になってもうたら、もうオレのうちとはちゃうんやな、て気づいた。
ここはただの稽古場で、師匠の家なんや。そう思ったら、なんや凄いこれまでのオレの子ども時代が否定されたみたいで嫌やったし、なんで落語家になる前にそうなるて言うてくれんかったんや、てオヤジにもおかんにも腹立ってしゃあなくて。
「……徒然亭草若一門会てプリントしたタオル作って宣伝しよか、とか言ってましたから。」
はあ?
お前、人がこないしてしんみりしとるときにそらないで。
「おかんがそない言うたんか?」と聞いたら、四草は眉を上げて「あの師匠がそこまで気が回るわけないでしょう。」と言った。
「そらま、そやな。」
「兄さん、手伝いやりたいですか? まだ手が足りんてとこはありますけど。」
「やりたいわけないやろ。お前がはし巻き作ってる勇姿をおチビに見せたらなあかんし、そうなったら誰かがおチビの手ぇ引いていかなあかんからな~。」
「来んでもええですけど。」と不服そうな顔をした男に、絶対行くで、と言うと、四草の顔が近づいて来た。
ちゅう、と音がするキスをされて、かき氷の手が足りてへんので、シロップを掛けに来てください、と耳元で言う。
その手が気が付いたらオレのパンツの中に入って来た。
……お前、さっきのでもう打ち止めと違うんか、て目ぇして四草の方を恨めしそうに見たら、はし巻きみたいにひっくり返す練習さしてください、て。
なんやねんもう。
オレは食いもんとちゃうで、と口を尖らせると、はし巻きみたいにくっついてくるのは好きやないですか、と言ってもう一度男の唇がやってきた。
パジャマのボタンが外される音を聞いていると、さっき四草の割り箸よりは太いのが入ってたとこがきゅうきゅうと反応しだす。
かき氷みたいにゆっくり溶かしてくれるんなら考えんでもないけど、と思いながら目を閉じると、一遍だけ、と言って近づいてきた口と口がくっついて、熱い舌が入って来た。
噛みついてやろうかと思ったけど、今はこいつに食べられとこ。

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