2023/11/21 ゆめ

 ある日、目を覚ますと花が咲くようになった。らしい。何を言っているかわからないが、俺にもよくわからん。
 判明したのは夕方だ。いつも通りに自室で目を覚まして、いつも通りに朝の支度をして部屋で朝食をとり、王城に登城して仕事をして、マゼルが王都に戻ってきたという一報を受けて屋敷に戻ったところだった。

「マゼルは」
「お部屋でお待ちでございます」

 出迎えたノルベルトの言葉に困惑した様子を見て取り、もしやマゼルたちに何かあったのかと足早にいつもマゼルにあてがっている部屋へと向かう。

「マゼ、ル」
「ヴェルナー!」

 ノックするのももどかしく思っていると、ドアをたたく前にドアが開けられた。その時だ。
 ぽんっぽぽぽぽん! とばかりに小さな破裂音がしたかと思うと、白い花が俺の頭の上に降り注いだのである。

「へ?」
「兄貴ー?」
「マゼルお前、すごい音がしたぞ」

 聞き覚えのない破裂音にとっさに身をかがめた俺は、その声に恐る恐る顔を上げると何とも言えない――あえていうならしょぼくれたような、恥ずかし気なマゼルの顔があった。あと、白い花がハラハラと上から舞い落ちてくる。

「……花?」
「ひとまず、説明しましょう」

 どうぞ中へ。と、エリッヒの落ち着いた声に促されて中に入ると、そこには穏やかなそれでいて楽し気な笑みを浮かべたラウラと、その隣にウーヴェが座っていた。どうやら喫緊の何かがあったわけではないらしい。

「呪いとか、ではないんですか?」
「えぇ、むしろ祝福に近いでしょう」

 ひとまずテーブルについたヴェルナーがそう尋ねると、ラウラは穏やかな表情のまま頷いてそう返した。そこにフェリ用のか茶菓子が差し入れられて一時的に話が中断する。今日の茶菓子はリンゴの薄切りが乗せられた――正確にいえば底に入れて焼いたものをひっくり返した――パウンドケーキのようだ。一緒に底に入れたカラメルがパリパリになっていて香ばしく美味しいのをヴェルナーも知っている。
 その間にもヴェルナーの隣に座ったマゼルからはポンポンと白い花がひっきりなしにはじけるように現れては落ちていく。一つすくってみると、星のような形をしている。ほのかにどこかで嗅いだことがあるような香りがした。

「ジャスミンの花だと思います」
「あぁ、なるほど」

 さすが、ラウラは知っていたらしい。華やかで甘い花の香りはジャスミンのそれか、と、ヴェルナーも納得したようにうなずいた。
 話を聞くと、旅の途中で困っていた老婆をマゼルが助けたらしい。それだけならさすが勇者。と、ヴェルナーも感心するだけだったのだが、そのお礼にと老婆がマゼルに恋が叶うおまじないをしてくれたのだという。

「恋が」
「う、うん」

 マゼルがきょどきょどと視線を逸らす。フェリが菓子を頬張りながらニヤニヤとした笑みを浮かべているのが視界に入る。取り上げてやろうかとジト目になるとフェリは慌てて視線を逸らす。
 それはそれとしてヴェルナーもだんだん居心地が悪くなってきた。ここにいる面々にはすでにマゼルとの関係もばれているし、隠すようなことではないとは思うのだが、それはそれとして話は別と言うか。

「幸せを感じると花が咲くそうです」
「最初はどういうことかわからなくて、お前さんが何か知らないかと思って会いに行こうってなったら」
「ポポポ、ポン! って感じで花がさ」
「見事でした」
「は、はぁ」

 ルゲンツ、フェリ、エリッヒが畳みかけるように言う。だんだんと自分の顔が赤くなっているだろうことが、熱くなっていく頬で自覚していく。フェリのいい方が、どっかの公益社団法人が関係してそうな擬音だななんて現実逃避気味に思った。
 マゼルに掛かっているのは恋をかなえるおまじないで、それは幸せを感じると花が咲いて、俺に会いに行くからと花が咲いて、俺の顔を見た花が咲いたってことは――それは――。

 自分の視線がどんどん下がっていく気がする。頬が燃えるように熱い。

「ヴェルナー――――」

 マゼルの手が俺の頬に触れて、花が、降り注ぐ。あぁ、今俺にそのまじないがかかっていたら、部屋が埋まるほどの花がはじけているんだろうな。と、どうでもいいことを思いながらそっと目を閉じた。


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ルゲンツ「あいつら、一瞬で俺たちの存在を忘れたな」
ウーヴェ「若いのう」
エリッヒ「さて、お暇しましょう」
フェリ「りょ」
ラウラ「お二人とも幸せそうで何よりですわ」

勇者PTはそっと(フェリは菓子皿をもって)部屋を後にしたという。
おまじないは3日で消えました。

ジャスミンの花言葉「一緒にいたい」

 

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