スターズ

 だってアイドルでしょ? 思いましたよ。あーはいはいいつものやつね、イケメン乙って。

 多いんですよ、最近。話題づくりだか新規ファン層の開拓だか知らないけど、やたらとアイドルを起用したがる。ESでしたっけ? なんかどえらい財閥のお坊ちゃんが関わってるんですよねえ。
 まあもちろん最初はね? 好意的じゃない人もいましたよ、あたし含めてね。見た目派手だし、チャラついたイメージがね、あったもんですから。いろんな意見を持ったお客さまがいらっしゃるように、我々も色々思うところがあるわけですよ。
 でも天城くん──燐音も、HiMERUも、めちゃくちゃ真剣でした。伊達にオーディション勝ち抜いてきてないなって、すぐ考えを改めましたよ。

 大変ですよね、寝る間も惜しんで芝居ばっかりしてきたあたしたちと、いきなり同じ舞台に立てなんて。経験値の差はそう簡単には埋められません。しかも歴史とスケールと人気、三拍子揃ったグランドミュージカルですから、目の肥えたお客さまも大勢いらっしゃる。すっごく期待されているんです、この作品は。必死だったと思いますよ。
 この世界、わりと閉塞的というか。未だにアイドルを良くも悪くも異物として扱っちゃうとこあるから、肩身狭い思いもしたんじゃないかな。まあ、燐音は全然大丈夫そうっていうか、人懐っこい子だから、すぐカンパニーに溶け込んででかい顔してましたけどね。あはは。HiMERUは、物腰は柔らかいけど意見はしっかり言ってくれるし、何より度胸がある。演出のI先生からの信頼も厚かったですよ。

 で、なんでしたっけ。ああそう、なんかあのふたり、たまたま同じオーディション受けてたらしいですね。フフ、気が合う。あんな水と油みたいなビジュアルしといて、おっかしいですよね。結果ふたりとも受かって良かったねって思います。もしどっちか落ちてたらギスギスしてたんじゃない? あのふたり同じグループでしょ? 意外と燐音が大人だから大丈夫なのかな。
 アイドルってあたしは氷鷹誠矢くん世代だから今の若い子たちのことはよく知らないんだけど、『Crazy:B』って人気ありますよね。一緒に稽古して一番に思ったのが、燐音とHiMERUがセンター張ってるグループって何、やばくない? ってこと。なんて言うのかな、華がありすぎる。
 ……うん、舞台を掌握する力がね。ふたりとも異次元なんですよ。どうしても視線を集めちゃう。なんかキラキラしたの出てるし。なんですか、あれ? アイドルってみんなああなんですか?

 そうですね、アイドルのステージではそういう振る舞いを求められるんだろうから、彼らがアイドルとして本当に優れてるってことはよくわかります。ただ、これはカンパニー全体で作り上げるミュージカルですから。出すぎてもだめ、引っ込みすぎてもだめ。そこらへんの塩梅は燐音が上手ですね。驚きました。
 彼らがダブルキャストで演じてる役──うん、今作ではプリンシパルキャストはダブルだったりトリプルだったりなんですけどね。彼らの青年皇太子の役は、本役で出演する時間はものすごく短いんです、実は。なので別のシーンで、衣装替えて民衆に紛れてたりするんですね。……そうそう、このシーンで旗持ってるのが燐音。いや、ほんとに気配ない。マジで! ウィッグ被ってるから頭赤くない、それはそうなんですけどそれだけじゃなくて、芸能人のオーラみたいなもの? 完全に消してた。オーラって出したり仕舞ったりできるもんなんですかね? あたし知らなかったです。
 その点HiMERUはいつでもHiMERUなんで、全然紛れられてなくてちょくちょく指摘されてました。「HiMERUの歩き方やめな!」って。フフ。あの子面白いですよね、芸風が。……いえ、だめってわけじゃないんですよ。きっとあの子の中には確固たる『HiMERU』像があるんだなって、そう感じます。絶対に守らなきゃいけない何か尊いもの。そういう軸が一本通ってる役者は、ひと皮剥ければ強いですよ。替えがきかないので。

 ああ、意外? ダブルキャストが? ですよね〜、発表の時ざわつきましたもん。アイドルとしての方向性も、たぶん全然違うんでしょ? でも違っていいんです。大事なのは作品の中でその役が果たすべき役割、そこの本質さえ間違えなければ、あとは俳優ごとの解釈に委ねてよいというのがI先生のやり方です。リピーターのお客さまも多いですしね、色んなアプローチがあった方が面白いでしょ?
 そう言えば。最初の読み合わせの時なんですけど、あれ? 仲悪いのかな? って何度か思ったんですよ。HiMERUが燐音に対してめっちゃ塩で。公演期間長いし、ダブルの相方とギスるとキツいよ〜って、正直心配でした。でも稽古が始まっちゃえば全然杞憂で。あのふたりって、スカしてるように見えてすっごい真面目で……あ〜、こんなこと言ったらまずいですかね、イメージ的に? 大丈夫? なら良かった。
 そう、仕事熱心だし、ハングリー精神もガッツもあって、自分に厳しい。も〜めっちゃ有望株じゃないですか! へへ、ファンになっちゃったもんあたし。たぶんお互いに負けたくないって気持ちも強くあるんでしょうね。よくふたりで遅くまで残って、I先生を質問攻めにしてました。先生めっちゃ嬉しそうだった。
 ダブルキャストって、相方が稽古してる間は必然的に手が空くんです。先生はひとりしかいないので順番に見てもらうんですね。それでね、ある日稽古場で待機中に、演出つけてもらってる燐音を凝視しながらHiMERUが言ったんです。「Wさん、HiMERUは天城とは違います」って。「天城とは違うルドルフを演ります」って言うから、期待してるよって返しました。何か感じたんでしょうね、燐音の芝居から。翌日からのHiMERUは見違えるようでしたよ。ちゃんと彼にしかできない、彼の幽玄とも言える美しさと芯から滲みでる高潔さを存分に活かしたルドルフになってました。凄かった。
 燐音の、命を燃やし尽くすみたいな鮮烈なエネルギーと眩しさも勿論素晴らしいです。あの役はそうでなくちゃいけない。あいつは演じ終わると毎回しっかり死んでる。そんで次の公演で生まれ直すんです。不死鳥のように! どっちが良いとかは言えないですね。どっちも良い。
 あのふたりはビジュもキャラも正反対だし演じ方も当然違う。仕事との向き合い方なら似た者同士かなって感じることも多いけど、役としての出力の仕方はね、ほんと、別物ですよ。もはや作品自体が違って見えるかも! どっちも観たいって必ず思っていただけるはず。何度でも観に来てくださいね。

 ええ、はい。彼らの演じる役は、若手のブレイクのきっかけになることも多い、いわば登竜門みたいな役柄です。登場シーンは短くても、とても重要な役。難しいですよ〜。ともすればまったく印象に残らない、「まあ歌えてたね」「踊れてたね」で終わっちゃう。でもあの反骨心とプロ意識の擬人化みたいな子たちが、八十点で満足するわけないです。ちょっとこれ……見てください、この、HiMERUからのメッセージなんですけど。ああ大丈夫です、見せるって言ってあるんで。ええ、あたし、歌唱指導をお任せいただいてまして。えへへ、恐縮です。

『Wさん、お疲れ様です。HiMERUです。苦手なフレーズがありまして、ご都合の良い時に指導をお願いしたいのですが。』
『お疲れ様です、HiMERUです。先程の稽古ではすんなり歌えました。Wさんのお陰でコツを掴めたようです。』
『おはようございます。HiMERUです。また、本番前に十分だけお付き合いいただけますか? HiMERUは楽屋にいますので。』

 ……これ! あいつ毎回律儀に『HiMERUです』って送ってくるんですよ。わかってるっての! これめちゃくちゃ可愛くないですか? ……すみません、今のはインタビュー関係なかったです。忘れてください。
 えーとなんでしたっけ。そう、いつも燐音がいない時にね、こっそり特訓しに来てました。ちょっと笑っちゃいますよね、そんなに対抗心燃やす? あはは、たぶん燐音は気づいてましたけどね。見ないふりしてくれてました。
 いつかの本番終わりに、燐音にね。「今日あそこのソロめっちゃ良かった、歌い方HiMERUに寄せた?」って言ったんです。そしたらムッとしてました。めちゃくちゃ笑いましたね。君も意識してんのかーいって。意識しすぎて釣られちゃってんの、可愛い。仲良しか。めっちゃ仲良しですね、実際。
 ……はい、あたしもそう思います。とってもいい関係ですよね。実力が拮抗した相棒が常に横にいるって、どんな気持ちなんだろう。あたしだったら緊張して疲れちゃうかなって思うんですけど、あの子たちふたりとも、すごくリラックスしてるので。信頼し合ってるんだろうなあ。本当、これからが楽しみですね。

 稽古場での微笑ましいエピソードですか? ありますあります。
 I先生がね、稽古中にHiMERUのこと、燐音の真似して『メルメル』って呼んだんです。そしたら燐音が……なんて言ったと思います? 「『メルメル』は俺っち専用だから先生は呼んじゃだめです!」って……直後にHiMERUの肘鉄食らってましたけど。自分のつけたあだ名は自分専用にしときたいなんて、燐音のくせにいじらしいとこありますよね。可愛らしい独占欲を見せつけられちゃいましたよ、うん。



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 インタビューを終えたあたしは、楽屋へ向かう廊下の途中でばったり燐音と出くわした。
「お、Wの姉御。オハヨーございます。今日インタビューの日っすよね? お疲れ様でェす☆」
「ありがと〜。今日はソワレよろしくぅ」
「うっす! よろしくお願いしまァす」
 共にソワレに立つ予定の戦友と拳をぶつけ合う。今まさに公演中のマチネにはHiMERUが立っているはずだ。今回このふたりの共演が見られないのは残念だけれど、これから間違いなく演劇界で活躍してくれる子たちだから、いつか並んで舞台に立つ姿が見られる日を楽しみにしていようと思う。
「燐音とHiMERUのこといっぱい喋ってきたよ」
「え〜。ちゃんと良いとこアピールしてくれました?」
「いや、悪口」
「ひでェ。こんなにいい子で頑張ってンのに」
「あはは、嘘うそ。めちゃくちゃ褒めてきたってば、ほんとに」
 ほんとかよ、と苦笑する背の高い燐音の、肩を掴んで屈ませる。周りに誰もいないのを確認して、あたしは小声で囁いた。
「あんたらが内緒で付き合ってるってのは黙っといてあげたから。楽屋でイチャつくのは程々にしなね」
 にこり。舞台女優歴ウン十年のあたしの、完璧な微笑み。怯えたように一歩後ずさった燐音は口元を引き攣らせた。
「知ってたンすか……?」
「見たもん」
「いつ⁉」
「いつだろ、三回くらい見たよ」
「〜〜〜〜っ⁉」
 顔を覆って膝から崩れ落ちてしまった燐音の赤いつむじを見下ろす。照れてんのかな。ま、そういうこともあるよね。終演後は興奮してて周り見てる余裕なんてないだろうし。
「誰にも言わないってば。借りを返したかったら今日も全力で演じること」
「……わかってますってェ……」
 そりゃあプロだもん、言われなくたってやってくれるよね。じゃあついでに、もうひとつ要求させてもらおうかな。
「ねえ。あたし、『Crazy:B』の天城燐音とHiMERUも応援したいんだ。今度のツアー見に行かせてよ」
 ふたりの輝き、特等席から見届けさせてもらうから。いい席頼むね。
 バシバシと背中を叩いて伝えれば、燐音はぱっと表情を明るくして。
「おうよ! 絶対ェ姉御のこと見つけて指さすから!」
 大胆不敵でちょっと危険な香りのする、魅惑的なアイドルの顔で笑った。



 ──さあ、幕が上がる。今宵も絢爛豪華な非現実を始めよう。
 未来の大スターたちの頼もしい背中に、あたしは今日も呼びかける。

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