***/S主♀(2021.6.27)

 今後、この世界では使われることのないだろうコールドスリープ室。仲間達の凍ったそれぞれのポッドに手を当てて、別れを告げる。確かに、グノーシアになると人間を消したいという欲望からは逃れられなくなる。夜の世界で、体の境界に触れてぱちんと弾けさせたとき感じるのは、まぎれもなくおおきな達成感だった。
 ごめんなさい、と言うのはお門違いだ。ループするからってその罪をなかったことにはできないのだ、と、ひとりコールドスリープ室に佇むと思う。SQの最後の特記事項をようやく埋められると思ったんだけどな。決まってしまったものは仕方ない。近付いてきたときのSQ、眼福だったな──
 背後で扉の開く音がして、振り返る。見慣れた赤い髪。端正な顔に、戸惑ったような、寂しいような表情を浮かべて。
「SQ、ちゃん?」
「……。ピンポン、SQちゃんDEATH」
 コールドスリープをさせる際には、必ず乗員ひとりが立ち合い、完了確認をすることになっている。もしもグノーシアがコールドスリープせず船内に潜伏した場合、被害が拡大するからだ。まさかSQが見送りに来てくれるとは思わなかったが、この世界のSQとは今夜限りになるだろう。
「SQちゃんが裏切ったこと、怒ってる?」
「……、どうして? 消されるのが怖いのは、当然だよ」
 最小限の明かりしか付けていない室内では、俯いたSQの感情が読めない。嫌われたかと思って、怖くなっちゃった。投票の後、そう笑ったSQはやっぱり可愛くて、この世界から去るのが惜しかった。グノーシアやバグであることを明かして、自分からコールドスリープしたり、宇宙に消えていった者たちもいたのだから、そうすれば良かったのかもしれない。彼女を守りたいならば。
「最初から思ってたんだケド、グノーシアらしくないZE? 最初だって、自分からグノーシアって言ってたようなものだし。SQちゃんが聞くの? ってカンジかもだけど」
 隠し事をしている。そして、自分はグノーシアだ。SQと協力関係になる前にそう話した。グノーシアらしくないと言われてしまえばそうだけれど、それでもSQに隠し事をしたくないと思ってしまった。思ってしまったのだ。
「SQちゃんには隠し事したくなかったから。今でも、隠してることはあるけど、……、SQちゃんのこと、好きだから」
 自分でも、この気持ちのことが分からないと思う。三桁以上の回数、はじめましてを過ごしておいて、相手はなにも覚えてないと分かっておいて、凍らせたことも消滅させたこともあるくせに。ここはきっとなにか、別のことが起こるのだろうと感じた瞬間、らしさなんてものは手放してしまった。あなたとともにいたかった。
 か細い声で名前を呼ばれる。なあに、と答えるより先に駆け寄ってきたSQが、きゅうと手を握ってくる、その指先が、微かに震えている。
「ウソじゃない?」
「うそじゃないよ。好きだよ、SQちゃんのこと」
「……、ほんと?」
「ほんと」
 離れていく体温が悲しい。SQちゃん、間違えちゃったかな。ぽつりと呟くのを聞く。
「そんなことない! そんなの、違う、違うよ……」
 目の前が滲んで、SQの輪郭がぼやけるのが嫌だ。最期なんだから、ちゃんと見ておきたいのに。ふたりきりになろうよと誘いをかけて冗談と誤魔化されたとき、悔しかった。さいごの夜になるまで、ふたりきりで過ごしたいと考えていたのが自分だけだったから。演技力の高いこのひとに、すっかり騙されてしまっていたから。
「……泣かせちゃった。ねね、じゃあ、このままふたりで逃げちゃう?」
 首を振って、いいよと伝える。あなたはこの世界で生きてゆくのだ。きっと、じきに忘れられるのだから。ほたほたと流れ落ちていく暖かい滴を、自分のものではない手が拭っていく。
「ひとつだけ、お願いしてもいい? ぎゅってして、ほし……」
 言い終わる前に強い力で背中を引き寄せられた。痛いくらい抱き締められて、どうか、まだループしてくれるなと願う。願う。どうか、どうか。
 空間転移十分前です。
 LeViの無機質な声でアナウンスが入って、やっと時間を思い出した。大急ぎで準備を整えて、あとは眠るだけになる。
「眠ったら、それで死んじゃうってコト?」
「そうだね」
「……今、嘘ついた?」
「……そう、だね」
「うそうそ、鎌掛けただけだぜよ。いいよ、嘘でも。好きなのは嘘じゃないんでしょ?」
 泣きすぎた頭が重い。こくこくと頷く。好きだよSQちゃん。
「またね」
 SQが、泣きそうな顔で笑った。
 
 
 ──***がコールドスリープしました──
 
 
 
 
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