ルーシル6


 ある満月の夜、シルヴァンは月明かりと仄かに揺らめく燭台の灯を頼りに日誌を綴っていた。滑らかにペンを滑らせる。
 何故ルーはあんなことをしたのだろう。
 ふと余計なことを考えて日誌を書く手が止まる。
 この数日間、ふとしたときにルーに対しての「何故」という思いをずっと抱いていた。それと同時にあの恍惚をもう一度味わいたいとも思ってしまっていた。
 目を閉じるとルーの顔が思い浮かぶ。
 罪な奴だ。俺の心を…処刑人の心を狂わせたのだから。
 

 同時刻。ルーは自宅で晩酌を嗜んでいた。テーブルの上にはいつものワインと燭台、そして小さな十字架が置かれていた。
 ほんの些細な懺悔のつもりであった。自分の淫らな心と身体を赦してくれと、神に祈っている。それは表向きだけで心の奥底では背徳に快感すら覚えていた。
 できることなら再びシルヴァンと共に夜を過ごしたい。
 欲してはいけないものを欲している。その禁断の欲望がルーの頭の中をかき乱した。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 
 二日後の夜のこと。ルーはシルヴァンに呼び出されていた。詳細は何も聞かされていない。ただ「橋の上に来い」とだけ言われていた。
 ルーが待ち合わせ場所に着いた頃にはすでにシルヴァンの姿があった。月光に照らされた川の流れを見つめている。
 「シルヴァン」
 名前を呼ぶとこちらを向いた。来たか、と言わんばかりに頷いたが声は発しなかった。そしてルーの方に背を向け立ち去ろうとする。
 「どこへ行くんだ」
 「……何も言うな。黙ってついて来な」
 冷淡な声色は夜の空に溶け込んだ。ルーは言われた通り後ろを着いていく。
 一言も会話することも立ち止まることなく歩き続けて十数分程経過した頃、とある邸宅の前にやってきた。ただ訳もわからないまま歩かされ路地裏に連れ込まれるかと思いきや、シルヴァンの家にたどり着いたためひとまずは安心した。
 ドアを開けて中に入る。薄暗闇のなかをシルヴァンは手際よくジランドール(枝付き燭台)の蝋燭に火を灯した。周りが幽かに明るくなった。そして燭台を持ち上げ、「こっちだ」と言って階段を登る。ルーは闇の奥へ進んだ。
 通された部屋は寝室だった。小さな丸テーブルの上に燭台が置かれた音をルーは聴き逃さなかった。それが何かの合図のようにも思えた。
 シルヴァンはルーの方を向いてじりじりとにじり寄った。
 「!」
 ルーは本能的に恐怖を感じ後退りする。背中が壁にぶつかった。もう逃げられない。
 シルヴァンはルーを追い詰めた後、耳元でささやいた。
 「何故あんなことをした?」
 ルーの返答を待たずに彼の身体を横に引きそのままベッドの上に押し倒した。
 「お前のせいで俺は…処刑人としての心のが狂わされたんだ」
 シルヴァンの確かな眼差しを見てルーは罪悪感がこみ上げてきた。
 ああ、やっぱり辞めておけばよかった! 「酔った勢い」で襲うなど赦されることではない。神が赦してもシルヴァンが赦さない。
 「シルヴァン、それは……」
 そう言いかけた時、ルーの口を塞ぐようにしてシルヴァンが唇を重ねた。
 「!」
 あまりにも突然過ぎて身体を捩る。腕を押さえつけられているため逃げられず脚で空を蹴った。
 「んっ……!」
 声を漏らすとシルヴァンが唇を離した。
 「この間の……仕返し。なんて言ったらどうする?」
 ルーの顔を見ながら不敵に笑った。蝋燭の光が幽かにシルヴァンの顔を照らしている。
 「シルヴァン……お前……」
 自分自身はシルヴァンを穢してしまったという罪悪感や背徳感があった。それなのにまさか相手も一線を超えるような真似をしてくるとは思わなかった。おれの『罪』を受け入れてくれたのだろうか。そう錯覚してしまう。
 「今ここで教えてくれ、ルー。お前はどんな意図があってあの日俺にキスしたんだ? 本当は、酔った勢いなんかじゃないんだろう?」
 シルヴァンはもはや俺の心を見透かしている。そう思った。それならばもう白状してもいい。
 ルーはシルヴァンの顔に触れながら囁いた。
 「お前の身体の奥底が知りたくなっただけだ」
 言ってすぐにシルヴァンの身体を横に倒し仰向けに寝転ばせて腕を押さえつけた。そして覆いかぶさるような体勢をとる。長髪がシルヴァンの顔をくすぐった。
 「……そういうことかよ、ルー」
 もう我慢できない……シルヴァンの顔を見ていると一線を越えてしまいたくなる。
 彼だけは穢すまいと己に誓ったはずなのに。
 気付いた時にはシルヴァンが着ているシャツのボタンを外し、キュロットの中に手を入れて弄り始める。

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