東の旅


「徒然亭一門会~東の旅はBIWAKOから~………なんやこれ?」
「こないだ烏山さんが持って来た企画です。兄さん、小浜の仕事でいてはらへんかったでしょう。」
四草の目がほとんど疑惑のぎ、のところまで来てる冷たい視線は、本来なら日帰りで行ける小浜の仕事に、もう二、三日いてるわ、と言ってふらっと長逗留してもうたところから来てたらしい。
そうかて、しゃあないやん。
オレの方は来月まで次の仕事が決まってない上に、無料宿泊所とは言わんけど、気軽に泊まれるお宿があるねんから。
しかも、あすこにおると、喜代美ちゃんのお母ちゃんが、稽古中のド下手なオレの落語でもめちゃめちゃ楽しそうに聞いてくれるんやで?
柔らかハートの草若ちゃんには稽古せえの合唱より、素直な褒めが必要なんや、それをお前は分かってへん。……て、オヤジの説教する時の言葉借りたかて、まあ言いにくいわなあ。毎日やってることと言えば、携帯は荷物ン中に放り出して、ぼーっと海見て、海釣りしてる人に声掛けてみたり、喜代美ちゃんのお母ちゃんに三方五湖まで連れてってもらったり、喜代美ちゃんの小さい頃の思い出聞きながらかわらけ投げしてたり、夜は酒盛りしてたら、毎日あっという間やで。
こっちにおったかて……とは言いたないけど、どうせお前、うちの子どもとオチコに聞かせとけばええでしょう、とかしょうもない正論言い出すやろ。
あのふたりかて、半分はまあ喜代美ちゃんの作りかけの創作聞いて育ってると言えばそうやねんけど、後の半分はほとんどオヤジと草々の落語聞いて育ってるようなもんなのに、なんでオレの半端な落語聞かせて拍手の押し売りせなあかんねん。……とか言ったらそれも修行です、とか真顔で言い出しそうやからな。
まあ真っ赤なポルシェの代わりは売ってしもた後やけど、家出プレイバックPart2やで。
こないだ新しいにしたSUVでご近所疾走したるぞ?
しょうもないこと考えながらチラシ見ると、『琵琶湖周遊クルーズ船で、屋形船気分。いつもと違う場所で楽しく落語会!』……て。
「落語してたら飲めへんやんか。」
「元の企画が、いつものディナーショーの方面から来た神戸のディナークルーズやったんですけどね、いい日程は、大体通常業務で埋まってて、平日でも荒天で中止になりやすい時期しか取られへんていうから、ぽしゃったんです。僕の方かて、子どもの面倒とかありますし。夕方で終わってしまう企画にして、後は夜にはその辺のホテルとタイアップして適当に泊まれることにしたらええんとちゃうか、てことになりまして。」
落語会とディナークルーズの合体企画て、なんでそれ両立しようと思った……?
お前もう一生モテモテ王国の住人ていうか、なんでオ……この思考はあかん、やめとこ。
「……色男はちゃいますねえ。」とぽりぽりと顎を搔いてたら、四草が「部屋取っときますか?」と言うてきた。
「は、はあ?」
いきなり何言うてんねん!
「子どもの世話あるて、お前今自分で言うてたやろが。」
「ディナークルーズの企画は一旦取り消しになってから琵琶湖の話が持ち上がった、て言うたら、この日程なら、草原兄さんも草若兄さんも若狭も出たいて言うて一門会になった訳で。あの二人も自分とこの子ぉ連れて来たるて言うから、僕らが落語してる間も誰かしら面倒見て貰えるでしょう。仕事引けたら、タイアップのホテルとは離れたとこに別の宿取ればええのと違いますか。」
「……それ早よ言わんかい。」
「僕が全部説明する前に、勝手に兄さん誤解したんやないですか。後は草若兄さんがその日に仕事の予定入れてへんかどうかなんですけど。」と四草が言うので、日取りを見たら来年の五月の話やった。
草々と草原兄さんの二人会でいっつもデカいホールで仕事入ってる次の週の土曜日やん、これ。
底抜けにいい日程やけど、もしかしてこれ、天狗のゴリ押しかいな……。
草々はその後は秋までは、弟子連れていつもの独演会行脚になるけど、仕事は平日と半々やからな。まあオレは、そこまで落語の仕事はないですけど。焼き鯖のぬいぐるみ背負ってぼちぼちやりますか、てとこや。
「琵琶湖は、鮒寿しが旨いらしいですよ。安曇川も近いし、天気さえ良ければドライブ日和になるんと違いますか。」
「……まあ、調整するわ。」
「そんなら、決まりですね。何掛けるか、今からでも考えといてください。」
なんや、まんまと口車に乗った気ぃがせんでもないけど。まあ、ええか。

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