2023/11/16 12.ロゼロワイヤル
ヴェルナーの兄貴の家のお菓子は美味しい。マゼルの兄貴やラウラと一緒に旅をしていると、時々貴族の御屋敷なんかに招待されることはあるけど、正直、いまいちっていうか、最初は甘くて美味しい! って思ったんだけど、そうじゃないっていうか、なぁ。あと量が少ない。兄貴のところなら気にしなくていいのになぁ。なんて思ってた。
いや、兄貴のことろの菓子はあんま甘くないからその分いっぱい食えるっつーか。いや、おいらもそれが可笑しいっていうのはわかってんだけど、兄貴は何も言わないし、むしろおいらが食べてるとそれをニコニコしてみてるし。まぁたまぁにおいらがやらかすと「菓子抜き」とか言い出すけどさぁ。
「で、――――が」
「それは―――――じゃなかったか?」
「そうそう、で、――――だから」
「それでしたら――――」
今日は大きめのダンジョンを攻略を終えたので、いったん王都に戻っての報告。ルゲンツは冒険者ギルド、エリッヒは神殿に、ウーヴェのじいちゃんは王宮に顔を出すってことで、兄貴の家に来たのはマゼルの兄貴とラウラとおいらの三人だけだった。
今ここにいるのは、兄貴とリリーの姉ちゃんを加えての五人だ。リリーの姉ちゃんがおいらたちに紅茶を入れてくれて、それからおいらの前には山盛りのケーキ。
兄貴たちは旅の話や王都での話をしている。時に兄貴はマゼルの兄貴の話を聞くのが楽しみで仕方がないらしい。黒い瞳がキラキラと光を放っているようだ。
おいらはそれに相槌をいれたり、まぜっかえしたりしながらケーキを頬張る。さっくりしっとりとしたケーキの間に甘いジャムとクリームがたっぷりと挟まってる。ジャムは赤いベリーのほか、オレンジと、ちょっと酸味のある紫の……。
「兄貴、これ何のジャム?」
「ん? あぁ、それはグレープだ。ワインに使うものがいくつか生で届いたんで作らせたんだが、どうだ?」
「美味いよ」
おいらが答えると、そうか。と、目を細める。フェリが気に入ったって伝えないとな。と言うけど、おいらが気に入っても喜ばないんじゃないかなぁ。いや、それで兄貴が喜ぶのならいいのかな?
今までも多少なりとも貴族って生き物を知っていたつもりだし、王都の外で会う限りはあまり変わらない――か、むしろ酷かったりするときすらあるけど! それでも兄貴がかなり変わっているのはわかるようになった。まぁラウラも王族としては変わってるんだろうな。って思うけど、神殿育ちっていうので多少理由はわかる。
けど兄貴は? マゼルの兄貴に聞く限りは、兄貴は出会ったころから、こう、だったそうだしなぁ。
「どうした? もう腹いっぱいか?」
「うぅん? なんでもない」
そう言って、紅茶のカップを手に取る。砂糖を入れた甘い紅茶。どれだけ砂糖を入れても怒られないのもここだけだ。いや、実際に怒られたことはないけど、視線がね。おいら斥候だから周囲の視線にはビンカンなんだよな~。
最初の頃はこれもどかどか入れたけど、最近はそこまででもない。と言うか、入れなくても兄貴の家の紅茶は美味しいことに気が付いたっていうか。でも、貧民出身のガキがお茶の味の違いとかわかってどうすんだって話だよなぁ。
「ん?」
「どうした?」
「いや、おいらのお茶と、兄貴たちのお茶。香りが違う?」
「あぁ、気が付いたか」
兄貴が感心したように目を見開いた後、リリーの姉ちゃんへと視線を向けて、目を細めるように笑う。どうやらやったのはリリーの姉ちゃんみたいだ。
「フェリは砂糖を入れるから、それに合わせて茶葉を変えたそうだ」
「へぇ! 兄貴たちのは?」
「今日は王女殿下が同席されるので、華やかなベリーの香りがするものを選びました」
「えぇ、素晴らしい香りですわ」
「嗅いでみるか?」
「う、うん」
すごいな、誰がいるかとかで茶葉を変えるんだ? 兄貴のカップを差し出されて匂いをかぐ。ベリーの匂いと、さわやかなフルーツの香りが紅茶の香りに混ざって花束みたいだ。
「わぁ、すごいね!」
「いろいろ勉強してるんだね。リリー」
「もちろん」
おいらの声に、マゼルの兄貴の感心したような声。ちょっと得意そうなリリーの姉ちゃんの声が重なる。
「でも香りの違いに気が付くのはすごいぞ、さすがだな」
「へへ、まぁね!」
食べ物が腐ってるかどうかを嗅ぎ分けるのに慣れてるから。とは、さすがに口にしなかったけど、こうもまっすぐに褒められるとちょっとこそばゆい。さらにマゼルの兄貴がおいらの活躍を話すものだから、いたたまれないってこういうことなんだろうな。
おいらは新たなケーキを取り分けて、口いっぱいに頬張った。
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今回出たのはヴィクトリアケーキと言うものだそうです。
他のおうちのケーキは砂糖でぶん殴ってくるようなものだと思っていただければ。
どっちが贅沢かは、確実にそちらの方が贅沢です。勇者と王女に供するものだからね!
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