The same fragrance

アイカツスターズ きらあこss。かみなさん(@kamyna7)が、きららちゃんのシャンプーを使っちゃったあこちゃんとそれに気づいたきららちゃんのイラストを描かれており、とても可愛かったのでssを書きました。


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 浴室に入ると、ふんわりとした湯気が目の前に漂っている。あこは思いっきり息を吸い込んだ。温かい水気が身体の中を満たしていく。
 湿度の高い場所は喉にいい。普段、歌番組や新曲の収録、ラジオ出演など、頻繁に声を使っているので、湿度のことはつい気になってしまう。お風呂は好きだ。身体を清潔にして、しっかり温まって、喉のケアもできる大切な場所だから。
 シャワーの栓を捻ると、数秒でちょうどいい温度になり、あこの柔肌を濡らしていった。肩も指先も、お腹も足も、それにオレンジブラウンの髪もじっとりと水分を含んでいく。
 気がつけば鼻歌を歌っていた。この間のステージで後輩たちが歌っていた曲は、フレーズが特徴的で可愛くて、ついつい歌ってみたくなる。
 全身にお湯が行き渡ったところで一度シャワーを止めて、顔にかかった雫を拭いつつ、手探りでシャンプーを探し当てて、とろりとした液体を手のひらに取った。それを泡立てて髪を洗っていく。ふわふわの泡で頭部が包まれて気持ちがいい。あこは髪を洗う手をどんどん進めていく。長い髪だから、細部まで洗い残しがないように気を付けなくては――……。
「あら……?」
 そこではたと気がついた。辺りには甘くてとろけるような香りが広がっている。それはもちろん、今この手で触れている白い泡から漂っているのであって、あこは、にゃっ!? と悲鳴のような声をあげてしまった。
 この浴室にはシャンプーとリンスのセットが二つ置かれている。あこの分と、数か月前から一緒に住んでいるユニットパートナー兼恋人のきららのものだ。あこは今日もいつものように、自分の使っているシャンプーの方を手に取ったつもりでいた。しかし、この香りはどう考えてもきららのものではないか。
「やってしまいましたわ……」
 手探りではなく、無精しないでちゃんと確かめてから使うんだった、と項垂れる。別にお互いのシャンプーを使うことを禁じているわけではないので、どうなることもないのだけれど、なんとなく気が引けるというか、個人の持ち物に勝手に手をつけてしまったことには、かなり申し訳なさがあった。お気に入りのシャンプーが勝手に使われて減ってしまっていたら、あこだって嫌だから。
 とはいえ、今更どうにかなるわけでもなく、とにかくこのまま髪を洗うしかないのだった。
 毛先までしっかりと洗い終えて、よく流す。それからリンスを手に取る。それも、パステルパープルの可愛いボトルに入った方、つまりきららのリンスだ。リンスまできららのを使うなんて、とも思ったが、あこときららのシャンプー・リンスの銘柄はブランドも違えば香りの方向性も違う。ここはシャンプーと同じ香りのリンスを使った方が良いように思われた。きららには後でちゃんと謝ろう。そう思いながら髪にリンスを滑らせていく。
「でも、前から思ってましたけど、いい香りですわね」
 甘いのにしつこくなくて、いつまでも嗅いでいたいような優しい香り。
 ふと思い出す。先日、ベッドで身体を重ね合わせた時に、きららの下ろした髪に顔を埋めて、この香りでいっぱいになった時のことを。
「わ、わ、わたくし、何を考えて……!!」
 真っ赤になって、あこはブンブンと首をふって、シャワーでリンスを勢いよく流した。しかし甘い香りは消えるわけではなく、更に立ち上るように香ってくる。
 まるで、きららに包まれているよう。そんな自分の思考に蓋をするみたいに、ぎゅっと目をつぶってシャワーで香り共々、排水溝まで追いやるように流してやった。

「……はぁ。リラックスタイムのはずのお風呂でしたのに、なんだかあまり落ち着けませんでしたわ……」
 まだ濡れた髪をタオルで拭きながら鏡の前まできて、ドライヤーのスイッチを入れた。耳元はモーター音と熱風の吹き付けてくる音でいっぱいになる。
 まだきららは帰ってきていなかった。今日はNVAのメンバーでお仕事があって、遅くなるというのは聞いていた。
 ドライヤーの音の狭間で微かに電子音が聞こえて、どうやらキラキラフォンにメッセージがきたらしい。きららだろうか。もう帰ってくるのか、それとも更に遅くなるという連絡だろうか。どちらの可能性もある。
 ここ数日、お互いの仕事のスケジュールはずっとちぐはぐで、すれ違いが多かったから、正直なところ早く会いたかった。だから今すぐメッセージを確認したかったのだが、その衝動をどうにか堪える。髪を生乾きのままのにしておくわけにはいかない。しっかり乾かしてケアしなければ。
 そうしてようやく髪も乾いたところで、キラキラフォンを手に取った瞬間、部屋の扉が開いた。
「あこちゃん! ただいま~!!」
 きららがにこにこしながら入ってくる。
 視界の端の、キラキラフォンの画面上に、もうちょっとで帰るよ! もうすぐ! というメッセージの通知が来ているのが分かった。本当にすぐに帰ってきたのかと、苦笑しながらも喜んでいる自分に気がついてくすぐったくなってくる。
「はぁ。もうつかれた! めっちゃ楽しかったんだけど、さすがに限界~」
 言いながら、きららは服をポンポン脱いでいき、まばたきする間にあことお揃いの部屋着に着替えてしまった。すぐにオン・オフを切り替えられるところはちょっと見習いたいなと思う。
「結構遅くまでかかったんですのね。わたくし、もうお風呂は頂きましたから、あなた入ってきたらどうですの?」
 何気なく言ってみれば、きららは小首を傾げた。
「どうしましたの?」
 あこの言葉に対する反応にしては不自然で、怪訝に思っていたら、きららはこちらにすり寄ってきて、ぐっと顔を近づけて、すんすんと鼻を鳴らした。
「あこちゃん、今日きららのシャンプー使ったでしょ~?」
 ドキッと心臓が大きく跳ねた。こんなにすぐにバレてしまうなんて。
「あー、えっと……」
 間違えてしまったのには悪意なんてなくて、仕方ないことだったのに、何となく後ろめたくなって言葉を濁してしまう。
 それはきっとこの香りから、彼女に触れて、触れられた時のことを思い出してしまった、そんな先程の自分への後ろめたさだ。
「ねーねー、あこちゃん何でー? ねぇー?」
 きららには使ってしまったことをちゃんと謝ろうと思っていたはずなのに、こんな風にニヤニヤしながら、ぴとっと身体をくっつけて煽るように言われては、素直になれそうもなくて、あこはむぅと唇を尖らせる。
「ふふっ、おんなじ匂いだね」
「……」
 そうなのだ、自分からもきららからも同じ香りがしていて、それがたまらなく嬉しい。なんて、絶対に言ってやらないと思うあこなのだった。

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