大さじ3のセクシー少々のリスキー

「どうしたら危険な男になれるのでしょうか」
「ハイ?」

 メルメルがお綺麗なツラにいつもの淡々としたトーンでクソバカみたいな発言をしたもんだから、俺っちは目ん玉をひん剥いてアホみたいな声を出してしまった。不可抗力だ。
「なんだァ? 急に」
「仕事でどうしても必要なのですよ、『危険なHiMERU』が」
 聞けば、メルメルは某有名海外ブランドが手がける新作フレグランスのイメージキャラクターに選ばれたのだとか。それに関しては大層喜ばしい。だが意味がわからねェ。
「ンでなんで危険?」
 正直に疑問を呈すると、彼は苦々しげに説明してくれた。
「──新作のコンセプトは『危険な男の醸し出す知性と色気』、なのですよ。ブランドイメージもHiMERUにぴったりですし、上手くいかないはずがありません。今日のCM撮影はとんとん拍子で進み評判も上々……の、つもりだった、のに……」
「駄目だって?」
「駄目とは言われていないのです。ただ何度撮り直しても“たいへんセクシーではあるが危険な男ではない”と言われてしまうだけで」
 それを駄目出しと言うのだ。俺っちは『愛★スタ』の撮影で辛酸をなめたあの日を思い出し、少々胃を痛めた。

 いきなり俺っちの部屋を訪ねてきたメルメルは、もてなせとばかりにどっかりと深く、ソファに座った。今夜は日和ちゃんもかなっちも仕事に出ている。
「HiMERUの知人の中で、おそらく世間一般的に『危険な男』とされる人種に最も近いのは天城、あなただろうと考えました。何せ『スリリングギャンブラー(笑)』なのですから」
「うおおいなんだてめェ(笑)は余計っしょ」
「──非常に不本意ですが」
 長い脚が優雅に組み替えられる。片手を顎に添えた男は、美しくかつこの上なく不遜な微笑を浮かべてみせた。
「ご指導願おうかと思いまして、ね?」
 それが他人にものを頼む態度かなァHiMERUくんよ。
 口を尖らせて黙り込んだ俺っちに、何故か奴は笑みを深めた。おおかた“HiMERUにできなかったことが天城にできるわけないのです”とでも思っているのだろう。これは『お願い』を装った『挑戦状』と受け取った。いいぜ、受けて立ってやらァ。

「……メルメル」

 ソファの背もたれに手をついてぐっと距離を縮めると、メルメルがはっと息を呑んだ。あんた、空気が変わったことに気づいてるか?
「ぁ、天城……?」
 片手で腰を抱いて逃げられないようにしてしまえば、奴は俺っちを焚き付けてしまったことに思い至ったらしい。内心でめちゃくちゃ焦っているのがわかる。
「その、HiMERUは実践してほしいとはひと言も──」
「あァ? 実践がいちばん手っ取り早いっつうンだよ。ダンスだって演技だって、理屈でも記憶でもなく身体に染み込ませるもんっしょ?」
「な、成程……」
 適当にそれっぽいことを言ったら信じちまいやがったので、最低だがこのまま続けることにする(いつか詐欺とかに引っかかンねェかなこいつ)。真面目すぎるのも考えもんだ。
 ソファに転がしたメルメルを跨いだら、目元を隠す髪を指先でそっとどける。あらわになった瞳は未だ動揺を色濃く映していた。ああ、綺麗だ。
「……。なァメルメル、『危険な男』の条件ってなんだと思う?」
 するり。こめかみから顎にかけてをわざといやらしい手つきで撫で下ろす──俺っちは本当はずっと、こうしてこの男に触りたかった。咄嗟に閉じた瞼を繊細に縁どる睫毛が、誘惑するかのように震えた。
「ッ、それがわかれば苦労しないのですが……?」
「あるンだぜ? これ以上ねェってほどにシンプルな答えが」
 にや。快活に笑った、次の瞬間、俺っちはメルメルの両手首を素早く捕らえていた。突然のことに驚いた奴が暴れだす前に、下半身を腿で挟んで体重をかけ、固定してしまう。捕まえた手首を頭上にまとめて押さえ付ければ『勝負あり』、獲物を追い詰めたも同然だ。
「……怖ェか?」
 組み敷いたメルメルは金色の目を幽霊でも見たみたいに見開き、何かを言おうとくちびるをわななかせたけれど、何も言わなかった。気高く美しい生きものを屈服させる悦び。俺っちは気分よく先生役を継続してやる。
「思うに──“気を抜けば喰われる”っつう本能的な恐怖、そいつを喚起させられるかどうか。これが条件ってやつだ」
 わかりやすくていいだろう? ……ところで。

「なァ、マジであんたのこと喰っていい?」
「ば……かじゃ、ないですか」

 一切の抵抗をやめた彼の瞼が、明確な意思を持って閉じられる。ともすれば相棒としての信頼関係に亀裂が入りかねない、危険な賭け。果たして勝ったのは俺っちだった。
 というわけで、据え膳は有難くいただくとする──が、いちばん美味しいところはもうすこし後にとっておきたい。血色のよいくちびるは親指でなぞるだけに留めて、悪戯っぽく囁く。
 
「欲しかったらちゃんと自分で強請れよ?」

 顔を出した金色が羞恥に潤む様を見届けたら、手始めに真っ白い喉元に噛みついた。





(燐ひめ利き小説企画お題『リスキー』)

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