ひなたの未来(ホラノフ / 隣人)

「俺には未来が見えるんだ」
 夕間暮の湖を眺めていたシェーンはそう言ってイリヤを振り返る。湖面の照り返しを背に受けるシェーンにイリヤは眩しそうに片目を眇めた。彼のほほに無邪気に散らばるそばかすが橙色に光り、つややかな潤いを帯びているように見える。
 ——好きだ……——
 イリヤはいますぐ楽しげに笑うシェーンの腰を抱き寄せて思うさまキスしてやりたい欲求をおさえながら、平生の調子で問い返す。
「へえ。どんな?」
 シェーンは羽織った薄手のカーディガンの袖を遊ばせながらはにかんで、イリヤのほうへ歩み寄ると彼の肩口に横顔を埋めた。イリヤがやさしくシェーンの黒髪を梳いてやると、こそばゆいのかふふっと鼻を鳴らす。
 想いが通じ合ったあとのシェーンはなんの衒いもなくイリヤに甘えてくるようになった。意地っ張りな彼もかわいいが、素直に甘えられるのも大変にかわいい。イリヤは髪の毛の隙間から覗く額にくちびるを落とし、シェーンからの言葉を急かさずにただ待った。シェーンには何事か話しながら思考を整理する癖があることをイリヤが知ったのは、このコテージに来て彼と長い時間を過ごしてからだった。もう十年近くもつかず離れずでそばにいたのに知らなかっただなんて、ずいぶんと遠回りをしてきたものだ。
「ここできみと一緒に過ごしてわかったことがある」
 そっとほほに掌をそえてまじまじと顔を見つめてくるシェーンに、イリヤは首を傾げてみせる。その毒気のない純粋な表情がいたいけでかわいくて、シェーンはおもむろにおもてを近づけて互いの鼻先を触れ合わせる。
「きみは意外なほど思いやりがあって、おおらかで、やさしくて」
 意外なほど、とはひとこと余計だ。
 イリヤは反論してやりたかったが無性に照れてしまってうまく口に出せない。普段はうまく回る舌がシェーンの前では形無しだった。
「……あと、すこしだけ朝が弱い」
 そう言われてイリヤは不満げにくちびるをつんと尖らせる。目尻に皺を寄せたシェーンはそのくちびるをあやすようにちゅっと啄んだ。
 あたたかなベッドで抱き合って眠っているときにいとおしそうにすがりついてくるイリヤの無防備な寝顔を盗み見るのは、早起きのシェーンにとって至福のときだった。
 前の晩の名残りで腰から下が重だるく、執拗に捏ねられ続けた腹の奥がじんじんと甘くうずいて、いまだにイリヤの存在を感じられる。
 これまでは時間を惜しんでとにかく早く繋がるような性急なセックスしかしてこなかったが、数日前にコテージに来てからというもの、イリヤはとても熱心に、ときには音を上げてしまいそうになるほどしつこく、やさしく時間をかけてシェーンの肉体をとろかしてくれた。
 昨夜もゆっくりと焦ったく腰を使いながら前立腺から結腸までを執拗に擦られ、シェーンはなかば泣かされて何度も絶頂したのだった。
 いまも気怠さは残っているが、それ以上の多幸感に包まれながらシェーンはぼんやりと微笑んでイリヤに身体を寄せる。さらさらとした彼の素肌はシェーンよりも体温が低いのかひんやりしていて気持ちがいい。自由に跳ねた金茶色の巻き毛がほほをふわふわとくすぐってくるのも好きだった。分厚い胸を上下させるイリヤのおだやかな寝息を聞きながら、太陽の匂いのするそのうなじの生え際に顔を伏せて、いま一度目を瞑ってうとうとと惰眠をむさぼる。彼が起き出すまでの数十分、シェーンはとてもしあわせで、これ以上ないほど満たされていた。
 こんな朝がずっと続くといいのに。夜を越えてともに過ごすうちに、そう心から望むようになった。
「ねえイリヤ、俺にはきみと暮らす未来が見えるよ」
「……俺と?」
「うん」
 シェーンは首肯しながらなにか荒唐無稽な話をされているかのように驚くイリヤの輪郭を指の背でするりと撫でる。日暮れ近い湖畔の風をあびてすこし冷えてきた眉毛の端っこや顎先にキスをしてやると、その瞳にはみるみるうちに涙の膜が張っていく。薄水色の虹彩の中央にある光輪が美しくて、シェーンは至近から見つめた。
 しばらくただ親密に見つめ合ったのち、眉根を寄せたイリヤはすんっと鼻を啜ってシェーンを抱きしめる。それから首筋にくちびるを触れさせて小さく呟く。
「……なあ、シェーン。俺は犬を飼いたい。ずっと夢だったんだ。賢くて、愛にあふれたやつがいい」
「ふふ、それは要相談だな」
 いつの話になるかはわからない。
 ふたりとも競技を引退したあとになるのか、スコット・ハンターのように現役中にカムアウトすることになるのか、いずれにしてもいまはまだ現実味がない。それでもシェーンはイリヤと一緒に、ときにはハンバーガーのレシピで言い争ったりしながら、ものおだやかな朝をずっと繰り返していきたい。
 彼らはあたたかな陽光のなかで、近いような遠いような、いつかおとずれるまぶしい未来を夢見ているのだ。


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