豆大福



「おい、草若、お前こないだの『お菊の皿』、あれなんやねん! サゲ違てしもてるやないか…!」
「うっさいぞ、草々~、オチコちゃんびっくりしてるやろが。」
ほーら、泣いてまうで、と持ち上げると、喜代美ちゃん似の可愛い子は高い高いをしてもらえるのかと思って、にこにこしている。


草々の弟子は、今日は日暮亭の手伝いの日で、喜代美ちゃんの仕事は代理で小草々が入ってる。大学出て、ずっとどんなもんかと思ってたけど、まあ落語以外のとこでも役に立つことあるねんな。
しっかし、この子がこ~んなにモチモチの腕してんのも、今だけやろうなあ。
「草原兄さんとこの草太も、これくらいの時があったなあ。」と言うと、草々が眉を上げて「そうやったな。」と言った。
オレと草々とで『おめでとうございます~!』て草原兄さんと緑姉さんの新居にお祝い持ってった時には、草太もまだこんくらいの赤ん坊やったし、兄さんが年始の挨拶に師匠のとこによちよち歩きの草太連れて遊びに来てた時には、四草のヤツ、年季明けてへんかったから、このくらいの大きさの草太のこと抱っこさせられてたけど、カラスみたいに食べさせた離乳食吐かれて往生してたなあ。あれほんまおもろかったわ。
正月には、おかんが準備したお年玉をオヤジが羽織袴着てお年玉やって渡して、オレも、気持ちだけやで、て100円玉入れたポチ袋やってた。
それが、気ぃ付いた時には草原兄さん似の今の大きさや。詐欺とちゃうか、て思ってたら、腕の中の子どもが、私を構ってとばかりにげっぷした。
う~ん、これが子どもを育てるちゅう醍醐味やんな……。
「オチコちゃん、すりおろしの林檎でお腹いっぱいやんなあ。いっぱい食べて偉いで~。」
美味しかったみたいやなあ、と言いながら身体を揺らすと、きゃっきゃと笑っている。
「おい草々、お前バトンタッチせえ。今はええけど、次は高い高いして欲しいんやて泣き出すで、これ。」
「草若、お前~、子どもを盾にして、卑怯やぞ。」と草々が声のトーンを落とした。
「可愛い弟弟子に向かって、何が卑怯やねん。」
ほれ、と小声になった草々に子どもの身体を差し出すと、可愛い弟弟子てなんやねん、て顔をした草々が子どもの脇に手を入れた。
そらオレかてどうかと思うけど、お前も昼間っからちっとは子どもあやすのに手を貸したったらどうやねん、という気持ちもないではないていうか、なあ、という気持ちで喜代美ちゃんを見たら、ちょうどお湯が沸いたとこで、オレお茶入れる手伝いしてくるわ、と言って手を離した。
「おい、話の続き!」
「しつこいやっちゃなあ、茶ぁ飲みながら話したったらええやんか! あ、喜代美ちゃ~ん♡」
手伝うで、と腕まくりをしたのはええけど、もうなんや手伝えることなさそうやな、これ。後はもう茶を入れてちゃぶ台のとこに持ってくだけになってるし。まあ何もすることないわけと違うけど。
「いつもの布巾で、先にちゃぶ台拭いとくな。」
「そないしてくれたら助かります。」と言って喜代美ちゃんがにこっと笑った。
うちにあった長方形の座卓は、長いこと徒然亭の二階に仕舞いこまれてたけど、草々と喜代美ちゃんが二階から引っ越すに当たって持ち出された。
「このテーブルも、長いこと使ってるなあ。」と座卓を拭いてると、喜代美ちゃんが「お弟子さんが小草々くんだけのときは、ちょっと大きいなあと思ってたんですけど、今はほんまに助かってます。」と言ってお盆を持って来た。
「そら良かったわ。」
丈夫で頑丈で、壊すには惜しいし、オレもオヤジとおかんの思い出がある品はよう捨てられん。再利用してもらってありがたいくらいや。
「そういえば、さっきの話て、どういうことですか? 『お菊の皿』て、あの番町皿屋敷のことですよね、あのサゲって、変えようがなくないですか?」と喜代美ちゃんがいうやいなや、「ハア?」という草々のどでかい声が響いた。
その声を聞いたオチコちゃんが、ふええ、と泣く寸前になってるのを見て、草々の手からひったくった。ちっさい子を肩に載せて背中をぽんぽんと叩くと鼻をグズグズさせただけで泣き止んでいった。
クソ、草々にオチコちゃん預けてる間に、あの豆大福、先に食べたろて思ってたのになあ。
「おお~、うるさいお父ちゃんですねえ。 草々、お前なあ~、デカい声出すにしてもTPOてもんがあるやろが。」
「いや、そもそも……若狭、お前がそれを言うか?」
話逸らすなコラ、て思ったけど、今のはまあ……うーん……。
「オレも盛大に間違うたけど、喜代美ちゃんの初高座よりはマシやったと思うで。」
「そやなあ……。」
「コラ草々、お前も簡単に納得すな。ちゃんと喜代美ちゃんのこと庇ったらんかい。」と言うと、そもそもお前は何が言いたいんや、という目でこっちを見て来た。
「まあまあ、昔のことですやな~。私、あの日のことはあんまり覚えてへんのですけど、そんなにひどかったんですか?」と聞かれて、草々が覚えてる限りの記憶をそのまんま話し出した。
……お前も忘れてへんのやな、あの悪夢の高座のこと。
あんなん、ほんま聞いてる方がしんどかったで……。
「はあ~……自分のことながら悪い夢みたいですけどぉ、ほんま根気強く教えてくれなったですよね、あの頃の師匠て。」
え、そっち?
「なんや、私ときどき、思うんです。あの頃の師匠がいっぺんも高座から離れてへんかったら、私、ここにいてへんのかもって。……この際ですから言うておきたいんですけど、草々兄さんも、もっと草若師匠の懐の広いとこ、見習ってたって下さい。」
「おぉい! 今のはオレの話か?」
「……いや、あの……『芸だけ磨いてもあかんで。』て、この間柳宝師匠に叱られたて言うとんなったやないですか。」
へえ~、ほお~、ふ~ん。
「せっかく入ったお弟子さんたちが付いてこれんようになったら、やっぱり困りますでぇ。」
「あっちこっちから言われてますなあ、草々師匠。」
口からウヒョヒョが止まらんで、これは。
「お前は人のこと言えるんか、草若。」とぎろっと睨まれた。
お前に睨まれたかて、何も怖くないですぅ~。
さあ、豆大福の時間にしよか~と言おうかしたら、「そういえば、草若兄さんのサゲの間違いって、結局どんなんだったんですか?」と喜代美ちゃんがお盆を持ってやってきた。お盆やなくてブーメランやな。
草々のドアホも、あっという間にいつもの顔に戻ってしもたで。
「こいつはなぁ、こないだの『皿屋敷』のサゲで、十八枚で終わらなアカンとこを、二十七枚も数えてしもたんや。」
「二十七枚も!」
「そうや。挙句に、『世の中すっかり週休二日になったんやから、次は週休三日を流行らせんとね~。』てどんなお菊やねん!」
「休みたい盛りのお菊さんです~!」とその顔に向けて舌を出した。
「そら、割りに割ったもんですねぇ、お菊さんもむしゃくしゃしてたんやろか。」と喜代美ちゃんが妙に感心したように言った。
いやいやいや。
「しゃあないわな、うっかり十九まで数えてしもたんやから。勢い余って、てヤツや。」
「勢いって、なんやねんあの『底抜けに割ってしまいましたがな~♪』て! そんなんで師匠の落語を伝えて行けると思てんのか!」
「これはオレが柳眉から教えてもろたヤツや~♪ 大体、袖にいた柳眉本人かてあれおもろかったでっせ、て笑ってたやないか。」
「あ、あれは……。」
あいつが若狭の創作が好きやから、て言わへんのか? 喜代美ちゃんのこと褒めてやるなら今やで、て思ってんのに、こいつホンマ……昔っからこういうとこ強情すぎるで。
「まあまあ、兄さんらぁがそのまま喧嘩してたら日ぃが暮れてしまいますし、今日は草若兄さんの持って来てくれなった豆大福で休憩しましょう。」
「大人は豆大福の時間やで~。可愛い子はここに座ってような。」と小さい椅子の上にオチコちゃんを置いて、オレも自由や~!て思ったところでなんや電話が鳴った。
「あ、四草兄さんですか? あ、あと五分で着くんですか? したら、うちに草若兄さんの豆大福もありますから、一緒につまみましょう。」
……え?
「あいつ、今からここ来るんか?」と草々が言った。オレの台詞取るな、て言いたいけど、うーん。
「そうなんです。今日は草若兄さんがうちにオチコの顔を見に来てくれはるて言うたら、四草兄さん、そしたら借りたい本あるから寄ってく、て言うとりなって。」
「そういえば、なんや本借りたいとは言うてたな、けど……。」
「けど、何ですか?」
「いや、あんときは図書館で借りた方が早いとか何とか言うてた気がすんのやけどな。気が変わったんやろか。」
「まあ師匠の本やったら、貸出期限とかありませんからねえ。」
「なんや草若。お前、……顔色悪いぞ。」
「いや~、何もないて。」
朝出てくときに、草原兄さんとこで稽古する予定や~て言うて出てきたとか、草々のとこ行く、言うたら夜がねちこくなるとか、言えへんぞ……。
「なあ、オチコちゃんがいつ泣き出すか分からんし、オレ、先に豆大福食べててええか?」
「あ、それはもう。」と喜代美ちゃんが頷いて、美味しそうなお茶が目の前に出されたから飲んでしもた。
まんじゅうこわい、四草はもっとこわい。
「この大福、足りへんかったらオレの分も半分食べてええで。オチコの子守代と殊勲賞や。」と草々も茶を啜った。
「おい~~、これオレのお持たせやで!」
ま、ええか。
この豆大福では、あいつが鬼か般若か、て顔してても節分の豆まきみたいにはお祓い出来へんからなあ。
さっさと食べてまお。

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