アフタヌーン
「いや、まさかこんなもんでも今更役に立つとはなあ。こいつも立て看板冥利に尽きるやろ、なあ、草若。……て何で返事せえへんのや。」とカラスヤマが言った。
「いや、お前、さっきまでそっちの小草若ちゃんに話しかけとったんと違うか?」というと、往年の敏腕マネージャーは眉を上げた。
「なんやお前、テンション低いで。こないだはパネルで済んで良かったとか言ってたのもう忘れたんか。したら、写真撮影の日取りは言うた通りやから。一応正装して来いて縛りやから、高座で着てる着物、適当に選んで持って来てくれな。あ、三代目草若の着物とかどうや? 自己紹介に先代からのファンて書いてあったから、そういうの受けるかもしれへんで~。」
そない言われても、どないな返事せえちゅうねん、なあ。
だいたい、二十年前の等身大パネルが、オレの今の日給より高い値段でどっか知らん人のとこにもらわれて行くねんぞ。
その上、草々と四草のチャリティーで集まった金額の方がオレの倍近くて聞いたら、上がるテンションも上がらんわ。
天狗のチャリティーイベントていうたら、普通なら芸人呼んでのイベントの料金をそっくりそのまま、どっか偉いさんの身内のおる団体に紐づいた控除出来る寄付先を選んで寄付、て話になんのやろうけど、今回はそのイベントの中でチャリティーオークションの企画を出したもんやから、徒然亭の中でも阿鼻叫喚の嵐になったわけや。
草々は寄付額の多い一人を呼んで個室で落語会。
四草はリッツカールトンでアフタヌーンティー。
そんでオレは等身大パネル底抜け時代の小草若ちゃんにサインと本人希望で写真撮影。
どないやねん!!
オレはともかく、あいつらはほとんど身売りっちゅうか、今でいうとこのオジ活やねんな……六桁突破して七桁行ってもうたらしいて聞くし。
日当は当たるけど、寄付で集まった金と桁が違うていうのが、まあ天狗のやるこっちゃで。
オレも湯水のように使えるだけの金あったらなあ。こいつを引き取ってオレが日暮亭に寄付するわ、て格好も付けられたと思うけど、まあチャリティーイベント言うて、ファンのための感謝祭みたいなもんやし、土台無理やろな。
四草も、これ以上、家にいらんもん増やすなて言うやろうし、おチビの進学のために貯めてる金でもあるし。
徒然亭草若のサインも心なしかよろめいて見えるちゅうか。
「オレも喜代美ちゃんとリッツカールトンのアフタヌーンティーでも行くわな~♪とか言いたいわ。」
「おい、草若、それ口に出とるで。」
草々も苦労やなあ、というカラスヤマの脛を蹴ったろか、と思ったけど、まあオレも大人の階段を上って小さいが取れた草若ちゃんになった訳や。
暴力はあきません、て喜代美ちゃんにも言われてるし。
「日暮亭の屋台骨背負ってる妹弟子のこと、誰かがねぎらってやらんとなあ。」と言うと、オレも誰ぞねぎらってくれるヤツがおらんかな、と言ってカラスヤマが手にした黒い手帳を閉じた。
「マンゴーて、案外うまいもんやな。」
「ほうですねえ。」
リッツのアフタヌーンティーとはレベルがちゃうくてあかんけど、そこそこのホテル、て言われるとこのティールームに今流行りの宮崎マンゴーのマンゴーパフェとやらを食べに来たてわけや。
こういう時、和服は便利やな~。
なんや見合いか顔合わせの付き添いやで、てしれっとした顔してこういう高級ホテルに出入りできるしな。
「日暮亭でも、ああいうチャリティーイベントやったらどうやろか。草若兄さん、どない思います?」と喜代美ちゃんが聞いて来た。
「まあ、これ以上金出てくイベントやったところでなあ。今年も赤字ちゃうか?」
「赤字て、悪いもんみたいに言いますけど、ほんまはたくさん支払いして売り上げマイナスにしたった方が、ええんですよ。赤になって翌年の税金下がったら、またその分若手の皆の御祝儀に大目に渡せますさけ。出てくお金が多いと自転車操業になりますけど、そもそも銀行が中小企業には貸し渋りが多くなってますし、こういうのも節税のテクニックやて税理士のセンセが言うてました。」
喜代美ちゃん、このところは妙に貫禄やなあ。
上沼恵美子が板について来たて誰かが言ってたけど、きりっとしてカッコええやん。
まあそれにしたって、今天狗でやったとこに二匹目の泥鰌狙ったとこでなあ。
「チャリティーイベントやったかて、出せるもんがないんと違うか。」
草原兄さんなんか、緑姉さんに上げた初めてのサイン色紙とかオークションに出してたけど最高額、二千円やったもんな。
結局、喜代美ちゃんがそこに五パーセントの百円足して引き取って来たくらいやし。
「師匠のお宅やった時代に稽古場とかにあったものは、うちで色々引き取って飾ってあるからその辺とかどうでしょう。」
「ああ~、オヤジの十八番の掛かれた木の板とかな。」
「天井に飾ってあったみんなの名前の提灯とか、小窓に嵌ってたひぐらしのセミの障子の部分とか、まだ置いてありますさけ。」
「手入れとかしてくれてんのやろ、ほんまに悪いなあ。」
「草若兄さん、そんな謝らんといてください。うちは小草々くんたちがいますさけ、掃除の手は足りてますから。」
家が手狭になると分かってて預かって色んなもんを管理してくれてる喜代美ちゃんにはホンマに悪いとは思ってるけど、今ではもうすっかり手ぇからは放してしまったつもりていうか。
「新しいヤツ入って来たし、もう草々の十八番もオヤジのとは違ってるやろ。今はやってへんの外して新しいの付け替えたらええやんか。」
「師匠のは師匠の十八番で全部残して、オレは新しいの作るか、て草々兄さんもこないだ言ってたんです。ただあれを外してどこに置いておくのか、て話になって。」
「……それチャリティーやのうて、ただの粗大ゴミに困ってるて話と違うか?」
「ちゃいますて……!」
喜代美ちゃんは慌てて否定してるけど、どうやろなあ。
そういうの、四草のヤツなら前のめりになって僕にくださいとか言いそうやけどな……。
あいつも、前の時は置き場がないのと汚いアパートやったからて諦めてたけど、今はどれだけでも収納あるからなあ。
チャリティーイベントやて言うて、知らん人間に適当にオヤジの思い出を押し付けるくらいなら、うちにあってあいつの励みにした方がええような気がするし。
まあ新しい草若ちゃんは、今も十八番になりそうなネタがほとんど増えてへんけどな!
オヤジのあのずらっと並んだ手持ちのネタに比べたら、……ていかそもそも十八まで届いとらんのやな。
まあ、それでもオレにしたら頑張ってる方とちゃうか?
素直なキッズに『草若ちゃんすごいで!』て言われるのはええな……力になるっちゅうか。
草原兄さんも緑姉さんと付き合う前とか付き合い出してからの時期に、新作覚えるのほんまに頑張ってたから、なんや明らかに周回遅れて感じがするけどな。
「――ただ、建具屋さんに取り外して貰ってわざわざ掛け替えてもらったもんやさけ、ただ下ろして仕舞っておくのやと勿体ないような気がして。」
あ、喜代美ちゃんの話続いてたな。
「草若兄さんの等身大パネル貰って行きはった人も、えらい喜んでたやないですか。」
「そらまあ、そうなんか……?」
なんやアレがネットで話題になってたて話は聞いたけど、オレも四草もネットほとんど見られへんからなあ。
「『こういうのも、師匠のこと好きな人に貰ってもろた方がええのかもしれへんなあ。オレやお前には師匠の思い出と落語とがあればええし。』て草々兄さんも言うてはりましたし。」
「ええ~~~~~、なんやそれ。ほんまに草々がそない言うてたんか?」
「ほんまですって。」
「……アイツ何考えてんねん、て思ったけど、撤回するわ。」
「そら良かったですやな。」
……ちゃうねん、喜代美ちゃん。
師匠の思い出はオレが全部預かったるから、お前が好きな時に取りに来たらええわ、と言って、弟子と住んでるあのでっかい借家にオヤジの遺品、み~んな持ってってもうたくせに、今更そんなこと言うて良い感じにまとめくさったところでオレは認めへんぞ、ていうかやな!
草々、お前~~~~~、ほんまはなんも考えてへんやろ!!!
オレかて、まあ置き所がどこにもないて言うても、オヤジの遺品やし、ちょっとくらいは持ってったるか、てほんまは思ってたけど、先回りしてそない言われたら、建前なんかなくてもそらお前がそないしたいなら好きに預かったったらええんじゃ、て言わなあかんような気持になるやろが……今更やけど、ほんまに今更やけど、襲名でちょいナーバスになってたオレがメランコリーになった時間を返せっちゅうねん!!!
ていう気持ちをな、み~んな腹ん中にすっかり収めてしもて、とりあえずマンゴーパフェに集中することにしただけやねん。
……思い出と落語があればええとか、オレはそないには思われへんけどな。
オヤジと出来んかった分、あいつと思い出みたいなもんをぎょうさん作ってるし。
もうそれで許したろか、て思うねん、オレのことほっぽってたオヤジのことは。
お日様みたいな色のマンゴー食べて、美味しいですねえ、と喜代美ちゃんが笑う。
このマンゴー、ほんまに旨いな。
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