ぼた餅


「そういえば、四草のところにとうとう弟子志願者が来たんやってな。」
「兄さん、そんな話どこから聞いて来たんですか?」
「いやあ、オレは草々から聞いたけど、あちこちで噂になってるで。」
「噂て……。」
「残るはオレとお前てことか。」
明らかに兄さんの顔がこれが本題やで、と言っている。
なんやサルミアッキ目の前にしたムーミンみたいな顔してまっせ、と言いたくなったが、たとえが宜しくない。
オレはあれほど腹は出とらんぞ、と反論されたらどないすんねんな、と自分で自分に突っ込みを入れながら目の前の抹茶ババロアをフォークで四等分にしてみると、上に乗ったホイップクリームが四等分にはならずに倒れた一欠けらの上に落ちて行った。



最近若狭と抹茶ババロアの美味い店に行ったんやってな、オレも連れてけという話の流れで草原兄さんと甘味屋に行くことになった。
なんや唐突な話やなと思ったら、やっぱり改めてオレとふたりで話したいことがあったというわけや。
ちなみに、四草の前に弟子になりたいという男が現れたのは、先週の天狗座での高座が終わった後やった。
普段のアイツならそそくさと着替えて裏口から帰るところを、ちょっと客に愛想でもして帰るかと思ったのが運の尽き。
「オレも、あいつが弟子志願者に迷惑顔して、弟子志願者なら間に合うとる、て適当言うてたとこまでは、笑ろて見てられたんですけどね。」
「そんなにあかんか?」と尋ねられても。
「『そんなんいませんよね。』とか言い返しよるんですわ、そいつ。」
「調べは付いとるで、てことか。」
「まあそんなようなもんで……。あいつも初めて逢うたときには大概でしたけど、あいつの弟子志願者もなかなかですわ。オレが冗談で、弟子にしたったらええやんか、て言うたら、『ソコヌケは黙っとれ。』ですからね。」
「礼儀を知らんやっちゃのー。師匠そっくりやんか。」と草原兄さんは言った。
師匠て、……あ、オヤジの話やなくて、四草のことか。
「いや、まだ四草がソイツのこと弟子に取るて決まった訳とちゃいますけど。」
「そうやったそうやった。けどまあ、草々は言いくるめられて、小草々のこと出会ったその日に弟子にしてたけどな。四草はそう簡単にはいかんやろ。なにしろ算段の男やからな。算段の平兵衛対悪の清八か。」と兄さんは笑いながら頷いてる。
悪の清八て……。こっちは厄災を持ち込まれたと思ってるけど、兄さんにしたら枕のネタにならんかな、というところなんやろう。
「やっぱ、算段の平兵衛教えてもらうんが目当ての弟子志願者か……?」と兄さんが身を乗り出して来た。
「あいつも、自分が人に教えるなら『算段の平兵衛』やと、そない思とったらしいんですけど、どうもソイツ、四草の『崇徳院』が良いから教えてくれて言うて来てるらしいんです。」
「崇徳院!? しかし、それやったらどっちかいうと草々のがええんと違うんか?」
「オレもそない思うんですけど、なんや、その弟子志願者、草々の芸は三代目草若の芸風とそっくりでつまらん、……とそこで終わってたら良かったんですけど、四草みたいな恰好付けのオッサンが、どないに料理しようにも格好が付かんようなアホを演じるところを見るのが楽しいとか言い出しおって。」
その話するとき、四草のヤツが、稲川淳二の怪談聞くみたいな顔してたから、オレも一緒になってぞーっとしてきた。
あいつもオヤジのことつけ回して、警備員に止められるほどやったからな。
因果が巡るというか、歴史は繰り返すというか……。
「草若、お前顔色悪いぞ。」
「兄さんこそ、さっきまでの抹茶ババロアにときめいてた顔はどこ行ったんですか……。」と言うと、兄弟子は、いやあ、と首を掻いた。
「流石に、あいつも弟子取って年貢の納め時かと思ってたんやけど、お前のその言い方やと弟子にするには相当厳しい相手みたいやな?」
「……四草も、師匠と出会うた頃の自分が可愛く見えるとか言うてましたわ。オレが見たところどっこいどっこいちゅう感じですし、まあ本人は弟子取るつもりはさらさらないて言うてますけどね。」
「そらまあ、草々が小草々弟子に取った時と違て、自分に似た弟子となれば、逆に悩みが深いわなあ。草々のとこの新顔は、小草々以外はどれもそれなりにまともやし。……まあ、師匠の偉大さを知ってあいつも成長するやろ。」
「そうだとええんですけど。」
『お前にはどれだけアホに見えるか知らんけど、そいつはオレの兄弟子や、師匠として敬わなあかん。出来へんなら今すぐ出ていけ。』て、オヤジが言うたよりまだ悪いていうか……。相手に通じてるのか通じてへんのか分からんし。あいつがオレとか言うのも珍しい話やったし。オレは別にときめいた訳とはちゃうけど……。
「お前はまだ、弟子志願者はおらんのか?」
「オレはまあ、ぼちぼちでええですわ。待ってたら、そのうち棚ぼたみたいな形で振って沸いてくるかもしれませんし。」
「棚ぼたと言えば、草々と若狭のとこのオチコちゃんはどうなんや?」
「そらまあ、今日も元気に、『塗り箸会社の社長を起業するか落語家になるか悩むわ~』て言うてますわ。」
「若狭の仕事の手伝いして、ゆくゆくは日暮亭のおかみさん稼業の跡継いでもろてもええし。……まあ贅沢な悩みやなあ。」
ちょっとは外で修行させてもええような気がしますけどね、と言おうとしたけど止めておいた。
何が一番やりたいかは、あの子があの子に決めさせたらええし。
まあ、草々や四草より、新しい草若ちゃんのお弟子さんになってくれたら、オレかて嬉しいけどな。

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