ニネットとアニエス 1



前書き


二月の上旬に書いた、ニネットに仕えるアニエスが侍女として働き始めた頃の物語だったもの。
この話の中でやっている仕事が侍女というよりただの使用人のようになってしまったのでボツ。
あと展開も微妙だと感じたので。。

Belle Dynastieを書き始めたばかりの頃に執筆したので設定が現在(2020/8/1)と若干異なる部分があるかも。

完成できたらこの物語にはきちんとタイトルをつけようと思っていたが完成しないままボツ&お蔵入り。


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 モーナット王国西部に位置する丘の上には、立派に聳え建つロイヒテンダーベルク城がある。
 今にも空に突き刺さりそうな摩天楼、白鳥のように白い外壁。見た者を圧倒するかのような外面だ。
 ロイヒテンダーベルクという名前は王国の言葉で「輝く山」を意味している。この城が建つ丘は太陽に近い場所だと昔からの言い伝えがあり、それをもとにして名付けられたのだった。
 王族とその関係者たちが住まう城で、毎日大勢の人間が出入りする。まだ昼にもなっていないというのに、伯爵や他国の貴族、近衛兵などが城を訪れ忙しなく動いている。
 主人に仕える侍女も例外ではなかった。
 彼女たち三人は、主人である王女ニネットの部屋の掃除を行なっていた。
 ニネットは隣国であるイヴェール王国出身の王女だ。モーナット王国の王太子と結婚したためにこの国へやってきた。
 彼女は今、自分の娘を連れて庭へ散歩に出ている。戻ってくるまでに掃除をしておいてほしいと侍女たちに頼んでいた。
 主人のために働くのが侍女の役目だ。きちんとこなさなければならない。
 汚れているところはないか、部屋の隅々まで厳しく見て回る。ベッドの上を綺麗に整えたり、窓を拭いたりと、三人で協力しながら行なった。
 部屋は広く、本棚やソファ、ベッドなどたくさんの家具が置いてある。一つ一つ抜かりなく綺麗にしていった。
 「そっちはどんな感じかしら?」
 一通り作業を終えたのであろう年長の侍女クロエが進捗を確認した。
 「はい、こちらももう少しで終わりますわ」
 もう一人の侍女イネスがベッドの上を整えながら答えた。
 「アニエスはどんな感じなの?殿下がお戻りになられる前に早く終わらせないと」
 クロエは未だ木製テーブルの上を掃除している後輩に厳しく声をかける。
 「今、終わらせます」
 半ば慌てたように布を持つ手を早く動かした。
 はあ、と先輩侍女たちは小さくため息をついた。それをアニエスは聞き逃さなかった。足手まといにならないようにしなくては。
 ニネットの元に仕えるようになってからまだ一年しか経っていない。経験も浅く、失敗をすることもあった。もちろん王族の主人相手にそのようなことは許されないのだが、ニネットはそのことで責め立てたりはしなかった。侍女に対して飴と鞭がしっかりしているタイプで、時には厳しく、そして優しく接してくれた。そのためアニエスは安心して従事できている。
 どちらかといえば先輩の方が怖いような気がする…。アニエスは密かにそう思っていた。
 「終わりました」
 テーブルを拭く手を止めて二人の元へ向かう。先輩侍女たちは扉の近くに立っており、まるで主人の帰りを待っているかのようだった。
 二人はアニエスの方に振り向いた。
 「遅いわ、間に合ったからいいけれど。もう少しテキパキやるべきよ」
 「すみません…」
 労わりの言葉もなく、先輩はぴしゃりと言うのだった。アニエスはいつもそれに萎縮してしまう。自分がきちんとやらなければならないのはわかっているが、この先輩はいつもアニエスに厳しいのだ。それも彼女を成長させるためなのだろうが、若干苦手意識を持ってしまっていた。
 「アニエス!」
 イネスが突然大きな声を上げたたことで、更に身体が強張った。何か嫌な予感がする。
 イネスは先程アニエスが掃除をしていたテーブルの元へ向かった。
 「テーブルにはクロスを掛けるって、言ったでしょう!」
 そう強く言いながら木製のテーブルを指差す。
 しまった…とアニエスは下を向く。
 もともと掛けてあったテーブルクロスを剥ぎ取って掃除をしたところまではいいものの、新しいクロスを用意し忘れてしまっていたことに気が付いた。
 この木製のテーブルはかなり傷んでいる。その傷を隠すためにテーブルクロスを掛ける必要があったのだ。
 「ちゃんと伝達したのに…忘れるなんて…もう少しで殿下が帰ってきてしまいますわ! 急がないと、」
 「そんなに大きな声出さないでちょうだい。それに、何を急ぐの?」
 聞き覚えのある声がイネスの言葉を遮った。
 「殿下…!」
 三人の侍女は一斉に声がした方を振り返った。扉の前に主人であるニネットが立ってこちらを見ている。まだ幼い娘と手を繋いだまま。
 これはなんともタイミングが悪い。血の気が引いていくのを感じた。
 「お帰りなさいませ、殿下」
 クロエは冷静に、しかし少し動揺した様子で主人の元へ駆け寄った。
 「帰ってきて早々、この騒ぎはなに?何事なの?」
 「申し訳ございません、このようなお恥ずかしいところを…」
 クロエがまだ言い終わらないうちに部屋の奥に視線を移す。裸の状態で傷ついている木製のテーブルがそこにはあった。
 「あら?」
 ニネットは怒るわけでもなく優しく呟いた。
 一瞬沈黙が流れたが、アニエスが意を決して口を開いた。その声はいささか震えているように思えた。
 「も、申し訳ございません、殿下…テーブルクロスを…」
 「ああ、そのことなら気にしなくてもよくてよ」
 「えっ」
 てっきり注意を受けるものだと思っていたばかりに、予想外の答えが返ってきたため驚きを隠せなかった。
 「このテーブルも使い古して傷んでいるでしょう。今まではその傷を隠すためにもテーブルクロスを敷いていたわけだけど。近いうちにこれは処分しようと思っていたのよ。もう古すぎて」
 まるで今まで役目を果たしてくれたことに感謝するかのように、そっとテーブルの表面を撫でた。
 「だから、そんなに気にしなくていいわ」
 「殿下…」
 アニエスは涙が溢れそうになった。しかし必死にこらえた。先程先輩たちから厳しい言葉を投げられたことと、ニネットから優しい言葉をかけてもらえたことが交差している。
 「クロエ、イネス」
 穏やかな声色から一変、厳かな雰囲気を醸し出す。
 「はい」
 「今回のこれはちょっと酷いわ。アニエスに怒っていたのも、このテーブルクロスが原因なの?」
 「…はい。テーブルクロスは必要なものと存じていたので、忘れたら絶対に許されまいと…」
 「わかっているわ、貴女たちのやりたかったことは。それに貴女たちの忠誠心はとても評価しているわ。でもこの件はアニエスに謝ってちょうだいね」
 そう言ってニネットは娘とともに部屋から出ようとする。
 「殿下、どちらへ?」
 「この子の部屋に行ってくるわ。そろそろ退屈みたいだから」
 侍女たちは何か言いたそうだったが、ニネットは敢えて気付かないふりをして部屋を出た。
 これもクロエとイネスを信頼しているからこそできることだ。彼女たちなら私が言ったことの意味もわかってくれるはず、と。
 ニネットが部屋から出て行ったのを見送った後、少し間を置いてからクロエとイネスは静かに口を開いた。
 「さっきはごめんなさいね、アニエス」
 「私も、ちょっと言い過ぎてしまったわ。貴女はまだ侍女になってから一年しか経っていないんだもの。まだわからないことも多いはずなのに…」
 先輩二人が心の底から謝罪している様子に戸惑ってしまう。
 「あっ、そんな…私がちゃんとしていなかったからですよ。だからそんなに謝らないでください…」
 「いいえ。貴女に悪かったことをしてしまったのだもの。これは謝らなくてはならないわ」
 「…先輩たちお二方が厳しくしてくれるおかげで私はもっと成長できますので…」
 「ありがとうアニエス。これからは言い方にも気をつけるわね」
 クロエとイネスは安堵した様子で微笑んだ。
 その様子を見てアニエスも安心した。
 今までは先輩たちに苦手意識があったはずなのに、今は少し緊張が解けたような気がした。



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