とある朝の風景

 朝、ベッドの隣でむくりと起き上がったまま静止している年下の男を見て、思わず「電波塔?」と発してしまった。昨夜、初めて彼とまぁいわゆるそういうことをして、それなりに甘い気分で眠りについて、まさか起きぬけ第一声がそれになるとは思わなかった。それぐらい、彼の寝癖は見事に斜め六十度ぐらいの角度で逆立っていて、なにかの電波を発しているんじゃなければ、墨汁を浸して新年の抱負でも書いてやりたいくらいだった。
 俺は毛布にくるまったまま、ぺたぺたとジュウォンの裸に触れた。彼は「ん〜」となんとか言いながら開かない目をこすってあくびをした。なんと、あのハン・ジュウォンが隙だらけである。こんなに嬉しいことはあるだろうか。だってきっと、彼を知る人たちは、彼のこんな姿を知らない。言ってもきっと誰も信じないだろうけど、今すぐ誰かに言いふらしたい。といっても今は俺と彼のふたりしかいないので、とりあえず彼の相棒にこっそり話しかけてみた。
「おはようございまーす、ハン・ジュウォンさん。知ってます? ジュウォニは寝起きが世界一悪いんですよ」
「あの、そっちに話しかけないでもらえますか? 僕の本体はこっちです」
「でもこっちのほうがお元気そうだったので」
「……生理現象です」
 七十五度くらいに立った彼の下半身は「オハヨウ」と一度おじぎをしてから、持ち主によって毛布の中にしまわれてしまった。残念。またお目にかかれるかな。
 ようやく動く気になった本体が、枕元にぶん投げてあったスマホを至近距離で覗き込んで、ぼそりと「八時半」と言った。
「トイレ…」
「一緒に行く?」
「ついてこないでください」
「持ってあげるよ」
「結構です」
 ベッドから脱出した彼のお尻を見送って、俺はまた毛布にくるまった。口元にふわふわを持ってきて情事の残り香を楽しむ。浮かれている。まるで初めて朝帰りした学生のように。なぜか悪いことをしている気分だった。誰も知らない彼の素の姿を、こうして独り占めしているのだから。
 少しして、白いTシャツにボクサーパンツ、それから眼鏡を絡って無課金ユーザーから昇格した彼がのろのろと戻ってきた。昔の大統領側近が掛けてそうな眼鏡だ。なんとも趣がある。
「似合うね」
「本当は嫌なんですけど。コンタクトしたまま寝たら目がやられました」
「視力五・◯ぐらいありそうなのに」
「ドンシクさんは僕のことなんだと思ってるんですか」
「かわいいと思ってますよ」
 彼がわかりやすく「え」と言い淀んだ。だって本当のことだもの。
「ねえジュウォナ。昨夜はよかった?」
「…………それはもう」
「そう、かわいいね」
「…あなただって」
 かわいいですよ。やっぱりぼそりと彼がそう言ってまたベッドに潜り込んできたので、俺はすっかり起きるタイミングを逃してしまった。

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