日記
うちのお父ちゃん、と言うタイトルで作文を書いたことがあった。
五年の担任のセンセは今年別のガッコからうちに来たから、流石にお父ちゃんのこと知らへんやろと思って、とりあえず落語家で、そんなに売れてへんし、家ではだらしないと書いたら、それなりにウケた。
実際は、家でだらしないのも、そんなに売れてへんのもほんまは草若ちゃんのことで、作文を読んだセンセは、お前なんやそんな謙遜せんでもええんやで、オヤジの師匠やった人ほど知られた名前とはちゃうけど、それなりに売れとるやんか、と大上段で切られてしまった。
草若ちゃんの話し書いたって言うてへんのに、草若ちゃんに聞かれたらめちゃめちゃ困るようなコメント貰うてしまうやなんて……世の中てこういうことあるんやなあ、といつもの日暮亭で言うたら、そういう日もあるかもしれへんね、とオチコのおばちゃんが言うて、四角いゼリーを分けてくれた。
落語好きな人って珍しいようでいて、大阪に住んどると、楽しみのためだけやのうて、続いて来た文化のひとつとして落語聞いてる人まだまだようけいてはるから、と言われても、そう言う話は、僕にはまだピンとこない。
確かに、周りの大人が笑てるとこでうまいこと笑えへんかったりすると、落語楽しむのてちょっと人生経験がいるんやなあとは思うけど、生まれた時代も違うのに、落語の全部の面白さが分かる日っていつか来るんやろか。
***
散歩してきます、と言うて決死の八甲田山みたいな顔してるお父ちゃんというのも、その辺にはおらんのと違うやろか。
「おー、行って来い、行って来い。」
さっきまでお父ちゃんと、一緒に行く、行かない、と押し問答している草若ちゃんが玄関でどてらを着て手を振った。
今日は寒いから外行きたくない、て言う草若ちゃんは朝から肩やら腰やらが痛いと言っている。
またお父ちゃんの部屋の床で寝て、寝違えてしもたんやろか。「子どもと散歩行くから、とりあえず兄さん一緒に来てください。」て、当然みたいな顔していうお父ちゃんと、「うちの子育ては分担制やろが、洗濯もん溜まってるから片付けている間にちょっと外歩いて来い。」の草若ちゃんでは押し問答にもならない。
今日はもう一回回さんと間に合わへんからな、と言われてしまった。
そんなに洗濯もん溜まってたかな、と思うけど、草若ちゃん、ドライクリーニングのマークついてる、着たきりのシャツとか一か月分貯めて洗ろたりするからなあ。
お父ちゃん、諦めてふたりで行こ、と袖を引っ張ると、草若ちゃんが、おチビもやる気やんか、と笑った。
僕はなんやもう、出てく前から嫌がる犬の散歩に連れて行くみたいな気持ちになってるんやけど、大人ふたりの言い分は違いそうだ。
まあええけど。
***
ただいま、というてぐるぐる巻きにしたマフラーの玄関で取ってる、草若ちゃんのお帰り、という妙に大きい声とアイタ、というお父ちゃんの声が聞こえて来た。
なんやまた草若ちゃん、お父ちゃんに家猫みたいにくっついてたんかなあ……。
僕は別にそういうの気にせえへんのにな。
玄関でランドセルを下ろさずに、そのまま玄関横の階段を上がっていくと、なんかしらぼやいてるようなお父ちゃんの声と、そこにあるどら焼きみっつに切って出しとけ、ていう草若ちゃんの声が聞こえて来た。
小学生が家に帰ったら先にうちに親がふたり揃てるうちて、商売してるうちやとふつうなんかなあ。
有難い話やけど、たまにはふたりで外行っててもええんやで。
僕かてどら焼きひとつ丸ごと食べたい日もあるし。
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