2023/11/12 02.ダージリン・ザ オータムナル

「それじゃこれを父上に」
「わかりました」

 学園でマゼルに関してちょっとした騒動があり、久々に屋敷に戻ってきていた。タイミングが悪くて優等生のアンマーバッハ男爵令息を確保できなかったのが痛かったな。彼がいたらこの作業は必要なかったんだが――。
 そんなことを思いつつ使用人に父への書状を預け、大きく伸びをしたところでノックがあった。入れと応じるとティルラが紅茶と夜食代わりのパウンドケーキを持ってきてくれたようだ。

「ん? ……あぁ、もう秋摘みが出る時期か」
「はい」

 淹れられた紅茶の焙煎の香りが強いそれに一口飲んで味の違いを感じて思わずと呟く。紅茶独自の穏やかな甘みがあるそれは、秋摘みの茶葉のそれだ。ティルラがそっと笑みを浮かべてうなずいた。この辺の味の違いは貴族の|嗜《たしな》みの一つとして身につけさせられたもの一つだ。
 俺は学生の身だからとできる限り避けているんだが、茶会とかだと原産地を当ててからの話の広がりとかあるらしいしな。まぁティルラのお茶がいつもうまいのは変わらない。茶葉とか気温とかで淹れ方とかかわるんだろうなぁ。まさに職人芸だ。
 前世の紅茶にはあまり詳しくはないが、多分香り的にはダージリンに近いんじゃないか? いや、俺が知ってるのは数種類だし、味の違いが分かるほどではなかったけど。
 ほうと、息をついてカップをソーサに戻して、パウンドケーキにフォークを入れる。今日は、ブドウ入り……いや、この香りはケーキにも紅茶の香りがするな。
 ツェアフェルトの領地であるツェアブルクは今でこそ豆の特産地として有名だが、それとは別に葡萄の産地でもある。これはうちの家紋にもブドウが使われているあたりからも察することができるだろう。
 外に輸出するほどではなく基本的に地産地消が主ではあるが、領主のブドウ園なんてもんもある。ようするに、ツェアフェルトにとってブドウっていうのは身近な果物なわけだ。
 まぁ、前世であったような大粒で甘みの強いものではなく、かなり酸っぱいけどな。ほとんどがワイン用だ。
 でもしっとりとした生地に、ブドウの酸味が混ざり合って美味しい。紅茶の香りもいいな。

「美味いなこれ。明日、包んでもらえるか?」
「わかりました」

 マゼルにも食わせてやろう。と、自然に思ってティルラに言うとすぐにうなずいてくれた。さて、もうひと頑張りだな。





 どうやら今回のケーキはご子息であるヴェルナー様のお気に召されたらしい。ツェアフェルト伯爵家の嫡男であるヴェルナー様は特別口が奢っているとか、好き嫌いが激しいというわけではない。しかし出された物に対しては文句を言わずに食べるが、あまり好きではないものに対しては微妙にだが食の進みが遅いので、館に住むものに取ってはわかりやすいともいえる。
 貴族としてはダメなのかもしれないが、まだ学生の身だ。なにより食の細い――と言うより食に対して興味が薄いヴェルナー様の好みを探るために当主でもあるインゴ様に見逃されているといったところだろう。
 それでも比較的甘いものは好んでいるらしい。――ただしあまり甘すぎるものは好まないようで、ツェアフェルト家の菓子は他家のものよりもだいぶ砂糖が控えめだ。その分、ナッツやドライフルーツなどで味わいを深めている。
 今日出したものは、領地より取れたてのブドウが届けられたので、それをそのままぜいたくに使ったものだ。それだけだと酸味が強いので茶葉を混ぜて香りと味を調えた。菓子担当者の力作である。
 ティルラから嬉しそうにしていたという話と、学園に持って帰るという言葉に担当者が小躍りしていた。おそらくご友人であるマゼル様と学園で楽しまれるのだろう。
 わがままではないが、実のところ味に厳しいヴェルナー様の最大のお褒めの言葉なのは既に屋敷のものならだれでも知っている話だ。


 なお、これよりしばらくして伯爵家の屋敷に勇者一行が出入りするようになった際、「ヴェルナーのおうちの紅茶とケーキは美味しいんだよ!」「まぁ、それは楽しみですわね」なんて会話が勇者と聖女の間に交わされ、厨房が大騒ぎになるのだが、それはまた別の話である。

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ヴァイン王国はそこまで食事事情は極端じゃないんだろうけど、あんまり甘くないケーキは「伯爵家は砂糖もろくに買えない財政か」みたいに思われる可能性はある。なんで婦人たちの茶会時はまた違うレシピなんじゃなかろうか。舌もそっちで慣れてるだろうしね。





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