作兵衛と雷蔵
「失礼します。不破先輩はいらっしゃいますか?」
昼休みが始まってすぐ、作兵衛は五年ろ組の教室を訪れていた。方向音痴なクラスメイトを食堂まで送り届けたあと、その場にいた同級生たちに彼らがその場を離れないよう頼んでからのことだった。もしかすると席を離れていたり、あるいは五年になると増えるという学外授業に出ていたりするのではないかという懸念に反して、目当ての先輩は教室で談笑に興じていた。
「三年ろ組の富松作兵衛じゃないか。僕に何か用?」
雷蔵が優しく笑う。同じクラスの鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門とともに座っていた席を離れ、ゆったりした歩き方で作兵衛の立つ入口へと近づいた。
「スイマセン、昨日左門が世話んなったみてぇで……ご迷惑おかけしました」
「迷惑なんて、そんな。僕が左門について行かせてもらってたんだよ」
昨日は授業が休みで、作兵衛が委員会の用事で面倒を見られない間に同じ部屋で暮らすふたりが何をしていたのか、作兵衛は知らなかった。もう来年には上級生になるのだから、いつまでも縛り付けておくわけにもいかないと作兵衛だってわかっている。責任感の強さから心配になってしまうこともあるが、たまには一人で過ごしてもらわねばなるまい。そう思って何も聞かずに一日過ごしたわけだが。
夕飯の際には三人そろった。三之助は体育委員会の活動があったそうで、ひとつ上の先輩である平滝夜叉丸が部屋まで送ってくれていた。果たして左門はというと、雷蔵と学園の外に出ていたと聞いて作兵衛は心底びっくりした。最後には縄で学園まで連れ帰ってくれたというのだから、迷惑をかけたに違いないだろう。
「左門は本当に決断力があってすごいね。その決断が正しいとは限らないけれども……」
はは、と雷蔵が頬を掻く。作兵衛は勢いよく頭を下げ、もう一度「スイマセン!」と謝った。山から海、雪原から砂漠に至るまでついて回ったというのだから相当大変だっただろう。左門から決断力を学ぶために好きに行先を選ばせていたというからには、道だってめちゃくちゃだったはずだ。
クラスと居室が同じでも、面倒を見てやれるのは授業や身支度くらいで、委員会も違うし休みの日まで縄で縛っておくのは可哀想だ。いくら方向音痴の自覚がないとは言ったって、好きに行動する権利まで奪うことはできない。
「左門にもよく言っときますんで、ほんとスイマセン……!」
「作兵衛が謝ることじゃないだろ。それに、僕は左門だけでもうっかりすれば置いていかれそうになってたのに、作兵衛は三之助まで一緒に行動してるなんてすごいね。通りで岩を引っ張る訓練が必要なわけだ」
顔を上げておくれよ、と雷蔵が戸惑ったような声を出すので、作兵衛はおそるおそるその表情を覗く。いつも穏やかで冷静沈着なだけあって、迷惑だと思ったわけでも、怒ったわけでもないようだ。
良い加減慣れたとはいっても作兵衛が迷子たちに困っているのは確かで、時には怒鳴ってしまいたくなることもある。忍者として、もっと平静を保てるようにならなくては、と二学年上の先輩を見ながら作兵衛は改めて決心した。
「そんな……とんでもねぇです。同室の私の責任ですから……っ、?」
本心で作兵衛を誉めてくれたらしい雷蔵に謙遜しているうちに、窓から聞き慣れた「こっちだー!」という叫び声がした。咄嗟に駆け寄って校庭を見下ろすと、「さもーん! 待てって!」と、さっき食堂で見た顔が後を追いかけていく。
「あぁ……また、みたいだね」
「左門のやつ……! 俺、ちょっと行ってきます。失礼しました!」
「頑張れよ〜」
教室を出て、廊下を早歩きで進む。さっさと止めなければ昼からの授業に間に合わないだろう。懐に入っている縄を手のひらで確かめながら、左門の向かった先の道を思い描く。
「こら、左門! 一人で行くんじゃねぇ!」
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