たいせつなあなたへ - PP

 昼下がりの時分、ピッコロが居を構える湖畔へ吹く風には湿り気が混じりはじめていた。瞼の裏に浮かぶ周囲の景色に陰りはまだ見えないが、日が暮れる頃には雨が降るかもしれない。それまで瞑想にいそしんでいたピッコロは周囲の大小さまざまな石と低空に留まりながら、いち早く天候の動きを察知しひとつ息を吐いた──この様子では午後の鍛錬は中止だろう。
 地球人が生活する暦の1つの節目、年度の代わりにパンが幼稚舎へ入学したのにあわせ、ピッコロは幼い彼女に修行をつけはじめた。元々、半ばビーデルに圧されるかたちで子守りをたびたび任されてきたピッコロだったが、武道の修行までつけてやるつもりはなかった。それが、まだ二足歩行もままならない頃から並外れた身体能力と強健さをみせるパンのため、運動程度にできることをさせてやろうとトレーニングをつけていたのを親たちが見とめ、歓迎したのだ。
 ただでさえ英雄ミスター・サタンの孫娘は衆目を引きやすく、当然その民衆たちには子ども弱さ・警戒心の薄さにつけこまんとする輩も混じる。たとえパンの父・悟飯がそうであったように、幼くして近々に迫る宇宙規模の戦いなどがなくとも、人間社会には人間社会なりの危険が伴うものだ。というのが、悟飯の言い分だった。
「何よりサイヤ人の血を引いていますから……もちろん争いが無いことが一番ですけど、力のコントロールを知っておくに越したことはないでしょう」
 実際、そういう悟飯の背後には、子ども特有の癇癪や容赦のなさで破壊されたおもちゃや家具が積み上がっていた。
 
 ピッコロは高い岩の崖から飛び上がり、白い曲線で縁取られた家の前へと降り立った。入れ替わるようにして屋根の上で羽を休めていた鳥たちが慌てて飛び上がり、西の空へと一斉に羽ばたく。群れ飛ぶそれを目で追えば、早くも重たい灰色の雲が姿を見せ始めていた。
 今日は、幼稚舎へ通うパンの迎えを約束している。
 ピッコロはこれまでにも、臨時で悟飯やビーデルの代わりに迎えを頼まれることが何度かあった。だが今日は、パン自ら両親にお願いし、ピッコロに約束を取りつけてきたのだ。詳しい理由は知らないが、己を慕うちいさな弟子の頼みを断る理由もない。ひとつ頷いてみせたときのパンの喜びようを思い出し、ピッコロは静かに口角を上げた。
 とはいえ、都では長身で体格もよい異星人のピッコロの姿は少なからず好奇の目を集める。パンを待たせてしまうようだが、人の少なくなったころ合いを見計らって行くべきだろうと、ピッコロはしばしの休憩だとマントを取り去らい、椅子に腰かけ手元に水を引き寄せた。
 
 だが突然、それまで静まり返っていた居室の中央から、ニャー!と猫を模したの鳴き声と軽快な電子音が鳴り響いた。ぎくりと身をこわばらせたピッコロは、テーブルの上で微細動を繰り返して鳴る端末を鋭く睨めつける。
  ほとんど強制的にブルマから贈られたそれは、普段は一切の静寂を保ち、こうして時折震えてはピッコロを驚かす。着信に際しての音量はビーデルに頼みごく小さいものに設定していたが、己のテリトリーで事前になんの気配もなく突然に音が鳴り出す無機物にはまだ慣れない。
 指先でつまんで拾い上げてみれば、液晶にはブルマの文字が映っている。ピッコロは首の後ろに立ち上るじんわりとした嫌な予感に首筋を撫でた。
「なん、」
『あーんピッコロ!! よかった繋がって、ちょっと助けてちょうだいよ~!』
 キン、と耳をつんざく高いがなり声によっぽど端末を破壊してやろうか、と青筋立つのをなんとか押しとどめ、ピッコロは改めて「なんだ」と答えた。
 急いた様子で話すブルマ曰く、経営しているカプセル工場のひとつで、出荷用の機械が横転する事故があったとのことだった。
 「けが人は出ていないらしいんだけどね」運転をしているらしいブルマの横顔がこちらを目だけで窺いつつ話す様子からも、それなりに切羽詰まった状況であることは知れる。フォークリフトというそれは巨大ではないものの、重量があり人間の手では立ち上げることができずお手上げだということ、奥まったところでの横転のために作業員が脱出困難であるということ。カプセルに戻そうにも機構がどうだとか、他の機械で運搬するにはスペースがどうだとか、ブルマはとにかく今把握している状況を話し続けていたが、要はその運搬機を起こすなりなんなりしてほしいということだろう。ピッコロはそう納得して、話を聞きつつ気を操りマントを肩にかけ直した。
「クリリンのやつはどうした」
「もちろん通報したわよ、工場の方からね。で、クリリンから電話もあったんだけど、今都で立てこもり犯に突入するところだって言って……本当にもう、タイミングのわからない立てこもり犯よね」
 ブルマの理不尽な怒りにさらされたであろう、しばらく顔を合わせていない地球の友人をピッコロは憐れんだ。その立てこもり犯とやらよりもよほど厄介な敵が耳元でがなり立てる様子に困惑する彼の姿がたやすく想像できた。
「ピッコロ、聞いてる? ちょちょいっと持ち上げてくれればいいのよ、お願いできる?」
「ったく、人を便利屋みたいに……」
「人の命がかかってんのよ! ありがたく手伝いなさいよ!!」
「さっきは安全は確保されてるとかなんとか言っていたくせに……」ピッコロは口には出さないまま胸中で独り言ち、返事は「方角を教えろ」とだけに留めた。

「ビーデル、突然で悪いが、パンの迎えに行けなくなった」
 慣れない手つきでリダイヤルを選び、ピッコロはビーデルへと事情を説明した。電話口の彼女は「大変! お迎えはわたしが行きますから、ブルマさんを手伝ってあげてください」と快く引き受けたものの、脳裏に浮かぶパンは先ほどの笑顔から一転、がっくりと肩を落とす姿へとすり替わってしまった。
 心苦しさに歯噛みながら、ピッコロは己を誤魔化すように地を蹴った。


 結局、ピッコロがパンのもとに向かう頃には、太陽はすでに半分ほどが地平線のむこうに沈んでいた。
 ブルマとほぼ同時に現場に到着すると、実際の状況は話より多少悪く、作業員たちが無理に脱出しようとした際に骨を折ってしまっていたために病院へ送り届ける役も引き受けさせられ、さすがのブルマも手を合わせてピッコロへ謝辞を繰り返した。
 予想に違わず工場を発つ前に雨は降りだし、ピッコロが湖畔の上空を通過する頃には本降りになっていた。
 「あら、ピッコロさん!」
 玄関の呼び鈴を鳴らすと間もなくビーデルがピッコロを出迎えた。差し出されるタオルを柔く辞退し、ピッコロはビーデルの背後、玄関からうかがえる広間周辺を見回す。いつもピッコロの訪問に際して弾丸のように飛びついてくるパンの姿は、ない。
 「すみません、なんだかすっかりいじけてしまって……」
 「……そうか」
 「まさかわたしもここまでとは思わなかったんですけど、よっぽど楽しみだったみたい。今も呼んでみたんですけど、部屋から出てこようとしなくて」
 「いや、約束を反故にしたオレが悪かった。パンには謝りたいと伝えてくれ……また明日来る」
 すみません、とビーデルは謝罪を口にしながら、その顔には微笑みをたたえていた。それに気づいたピッコロが片眉をひょいと持ち上げると、またすみませんと言いながら今度はにっこりと笑みを明らかにする。
「パン、あれでピッコロさんに甘えているんだと思います」
「何?」
「親のわたしが言うのも何ですけど、聞き分けのいい子ですから……迎えに行ったときも、説明したら不貞腐れはしましたけど、事情はわかってくれてました。こうやっていじけてみせるのも、ピッコロさんが大好きだからなんですよ」
 明朗な話し方といい、ひとがたじろぐほど屈託のない笑みといい、「この母娘はよく似ている」とピッコロはふと思う。
「ああ……だが収まりがつかんのも事実だろう」
 屋敷を辞し、ピッコロは一度湖畔に向かっていた体を一度中空に漂わせ、地には降り立たずそのまま厚い雨雲が蓋をする天を目指した。



 翌日、世界が朝を迎えたあとも雨は降り続いていた。粒は細く霧雨に代わっていたが、しとしとと空気を曇らせている。
 ピッコロが再び屋敷のチャイムを鳴らしたとき、応答に出たのは弟子の悟飯だった。
「おまえ、いたのか」
「ひどいなあ……一応家主のひとりですよ」
 見事幼少からの夢を叶えて研究者となった悟飯は、好奇心と探求心を胸に学者としての仕事に邁進しているらしい。新しい論文発表や他の文献の精査は籠りがちになるが家で過ごし、標本制作や生態調査の際には研究所に詰め、家を空けることもしばしば。実際、土地を隣接させているが故に会う頻度が高いはずのピッコロも、直接弟子の顔を見るのはおよそ一週間ぶりだった。
  容赦ない師匠の物言いに突かれる罪悪感はあるのか、苦笑いをこぼしつつ悟飯はピッコロを招き入れる。マントとターバンを取り去り道着の水気を飛ばすと、体にまとわりつく湿気はいくらかマシになった。
 「昨日、ピッコロさんと入れ違いに帰ってきたんです。……事情は聴きましたよ、ブルマさんも今朝わざわざ謝りに来てくれました」
 コンソールに用意していたタオルをピッコロへと手渡し、悟飯は微笑む。幼い娘の可愛い駄々に、ビーデル同様おかしみながら付き合っているらしい。と、ちょうどピッコロがタオルを被ったとき、玄関広間の奥、連絡通路のように間仕切られた廊下を小さな気配が駆け、常人には目にも止まらぬスピードで階段を駆けあがっていくのがわかった。タオルの隙間からピッコロは目を覗かせ、背中で動きを察した悟飯と小さく笑いあう。
 「本人の前で笑ってやるなよ」
 「ふふ、もちろん 本人は真剣に怒ってますからね」
 「……悟飯おまえ、さてはオレのことも笑っているな?」
 「いえ、まさかそんな! ……あれ、何です? ピッコロさん、手に持ってるそれ」
 あからさまに目を泳がせた悟飯は、ピッコロが濡れないようにマントの下に抱えていた布製の袋を目ざとく見つけ、階段を上がりながら中身を窺おうと首を伸ばしてくる。話を変えやがったな、と悪態づきながら、ピッコロは布袋を抱え直した。
 「詫びの品だ」
 
  ──コンコンコン、と悟飯のノックにマホガニー製のドアが柔らかく鳴る。
 「パン、ピッコロさんが来てくれたよ」
 ドア越しにかけた声に反応はなく、悟飯は肩をすくめ、ピッコロも小首を振った。どうしても顔を合わせる気にはならないのだろう。これ以上部屋の前で粘っても無駄かと、悟飯は早々に諦め小さな声で「仲直り、がんばってください」とピッコロを励まし彼をおいて階段を下りていく。
 あいつやっぱりオレを笑ってるな、ふざけやがって。
 ひとりがらんとした長い廊下に残され、進退窮まったピッコロは、先ほどの悟飯を真似て拳で叩こうとして、よもや壊すことはないだろうがヒビでも入れてしまったらまずいと思いなおし、軽く息を吸った。
「パン、オレだ」
 言わずとも、気の探り方はとっくに習得したパンのこと、ドアの前にピッコロが残っていることは気づいているだろう。だがやはり、返事はない。続けて「入るぞ」との断りにも、しかし拒否はなく、ピッコロは一度鼻で安堵の息を吐くとドアノブを回した。
  
 部屋の中は一言で言えば、雑然としていた。全体的に物が小さく、背のあるピッコロからすれば小人の国に入り込んだような圧迫感すらあった。足の高いオレンジのベッドが部屋の中央壁際にあり、ピッコロ宅に積まれたのと同様の大小さまざまなぬいぐるみたちが横たわっている。ブランケットは丸くくしゃくしゃになってはいるが、そこにもパンの気配はない。代わりに部屋の奥、金色のおもちゃのようなノブがついたクローゼットの向こう側に、もぞもぞとした動きがあった。
  ピッコロは細々としたおもちゃや本、クレヨンなどを踏まないようにドアから離れ、小さなベッドの足元にどっかりと腰を下ろした。小脇に抱えていた布袋を膝の上に乗せ、結んでいた口紐をほどいていく。キィ、とわずかばかり開いたクローゼットの隙間に口角が上がりそうになるのを留めて、袋を広げる。
 好奇心を隠しきれない視線がピッコロの手元をそわそわと這う。ピッコロの手が慎重に、ともすれば勿体ぶった手つきで袋から取り出したのは、陶器細工の箱だった。貝のような質感の陶器に、艶やかな青が蔦模様や花鳥などありふれた、だが何にもよく調和する自然の模様を描いている。
 色とりどりの物にあふれた子ども部屋のなかで見るそれは随分地味に見え、ピッコロはわずかばりの後悔を覚えたが、よりよく手元を見ようと開くクローゼットに背中を押され、箱の留め具を外した。箱の縁をなぞり、上蓋を開く。古いせいか真鍮の蝶番が少し音をたてたが、中身は一切の曇りなく制作当時のままだろう整然とした美しさを保っていた。
 ピッコロが神の坐す神殿より持ち出したそれは、地球のオルゴールだった。
 黒く短い爪で、蝶番と同じ真鍮のぜんまいをそっと摘み、きりきりと音を立てて巻いていく。ゆっくりと回り出した円筒にあわせて、オルゴールはぽろぽろと音を奏でだした。
  音の流れるまま猫脚のついたそれをクローゼットからよく見えるように置き、ピッコロはベッドのフットボードに背を預けた。

 窓の外では音もなく雨が降りしきっている。宙を飛んでいるときにはわずらわしさもあった湿り気も、オルゴールの音を柔らかく響かせ、雨に歌を添えている。ピッコロはまた瞼の裏で空を見上げると、上空の雲が重たい色を霞ませはじめ、陽の光もわずかに透けているのを見た。
「これ、ピッコロさんの?」
オルゴールのそばに尻をつき箱をのぞきこんでいたパンが、そうっと口を開く。ぜんまいは回りきり、音がゆっくりと止まると部屋には二人分の気配で満たされていた。
「いや、神のものだ」
「かみさま? えっと、デンデくん?」
「デンデの、ふたつ前の神だな」
 話がわからないなりにか、もはや興味は失せたのか、ふうんと相槌を返すパンの視線は動きを止めた歯車やぜんまいに視線を集中させていた。
「なんのおうた?」
「詳しくは知らないが……都からは遠い国の民謡のようだ」
「みんよう?」
「同じところに住むやつらがみんなで大切にしている歌のことだ」
「ピッコロさんは、そのひとたちのことしってる?」
「あまり詳しくは知らないな。昔の神が、この曲を好んだらしい。それでこの箱の中に曲を残させたんだと」
「わかんない……さわってもいい?」
「フ……ああ、壊れやすいから気をつけろ」
 壊れやすい、の言葉に一瞬臆したものの、小さい手がそっとオルゴールを持ち上げると、慎重にピッコロの膝をまたぎ組まれた足の上に腰を落ち着けた。ピッコロには片手で掴めるそれも、パンの膝の上では一抱えほどもある。「重たいか」「ううん」ふるふると振られた首にともない、短い黒髪がピッコロの眼下で左右に揺れた。クローゼットに篭っていたからか、子ども特有の汗ばんだにおいが鼻先を掠めて、ピッコロはその丸い頭を撫でるついでに額を拭ってやる。
 見ていて勝手はわかったのか、パンは今度は自らぜんまいを巻いて曲を流し始めた。
 「……パン、このおうたすき」
「気に入ったか」
「うん」
「そいつはおまえにやる。……昨日の詫びだ」
「わびってなあに?」そこでようやく、パンは顔を上げてピッコロの顔を見た。一日足らずだというのに、ピッコロはずいぶん久しぶりに目が合ったように感じた。
「迎えに行ってやれなくて悪かった」
 ピッコロの答えに、そこでようやくクローゼットにいた理由を思い出したらしい。再び視線をオルゴールへと戻し、パンはすっかり黙ってしまった。見下ろす頬には和毛が白くきらきらとして、ふっつりと丸まって唇がくちばしを作っている。
 
「……みんなにね、ピッコロさんをおしえてあげたかったの」
 またオルゴールが演奏をやめ、代わるようにパンが沈黙を破った。霞むように小さな声を、ピッコロの耳が捉える。
「みんな?」
「ほしぐみのお友だちってことだよ」
 周囲のおとなが言葉の意味を教える口調を真似してだろう、優しく諭すような語調に腹が震えてしまわないように気をつけながら、ピッコロはそうかと相槌を返した。
 「ピッコロさん、パンのししょーなんだよって かっこいいでしょって」
 ピッコロは、今度は笑いにではなく、腹の底をくすぐるむずがゆさに身じろいでしまわぬよう堪えて、返事もできなかった。
 
 大魔王であった、神であった、戦士であった。さまざまな記憶を取り込みながら、己の所業を帰結させる所在をずっと探してさまよう心地がしていた。引き継いだだけの名前は、呼び表されるたびに己の輪郭を象るようだったが、同時に引き受けた罪もあった。立ちはだかる圧倒的な力の数々に身を賭すことでしか、清算できないものばかりだった。育てた、かかわった者たちの勝利を誇りに思っても己を誇りに思うことはなかった。
 
「だから、おむかえの子たちと まってたんだけどね、だから、だからね、パンおこっちゃってごめんね」
 上擦り、しりすぼみになりながらも懸命に紡がれた声はピッコロの鼓膜に触れ、全身をあたためるように巡った。ビーデルの昨日の言葉が脳裏に蘇り、あの言葉の本当の意味を全身で理解した。
 パンは優しい子どもだ。誰かにもよく似て、心根が素直でやわらかい。近づくのを躊躇うほど傷つきやすく、それでいてこうして驚くほどの強さを秘めている。
「……約束を守らなかったのはオレだ。パンが怒るのも当然だろう、謝る必要はない」
 ピッコロは組んでいた腕を解き、オルゴールに腕を伸ばしてぜんまいに触れる。凝り固まっていた歯車たちも奏で方を思い出したのか、三度目にはキリキリとした音を立てることもなく、なめらかに巻くことができた。
「次の約束はちゃんと守る。オレは……その、目立つのがあまり得意でないから、おまえの友だちは少しにしてくれると助かるが」
 パッ、と顔が上向くと大きく黒い目が見開いていて、ピッコロはその瞳のなかに情けなく気の緩んだ己の顔が見えるほどだった。茫然と開いたままの口がみるみる弓引かれ、弾けんばかりのきらめきを映す。
 「ありがとう!」
 膝の上で飛び上がるパンからオルゴールを救い、勢いよく首に縋る背を落ちないように抱き留める。頭上から降る笑い声で、顔は見えずともピッコロはその顔をたやすく想像できた。
 「おい、壊れやすいと言っただろうが」
 「あっ、そうだ。えへへ、ごめんなさい」
  改めてピッコロの手からオルゴール箱を受け取ると、パンはためつすがめつ眺め、箱の下部に引き出しを見つけると一層喜んだ。「たからもの入れだ!」
 「ピッコロさん、これパンのたからもの入れにする! パパとママにもみせてきていい?」
 「お前のものだ、好きにしろ」
 「わぁい!」
 蓋を閉じ、両腕で至極大事そうに抱くとパンはドアを開け放って部屋を飛び出していく。広い屋敷に父親と母親を呼びやる声が小気味よく響いた。
 深く息をつき、ピッコロはそこでようやく知らず知らずにうっすらと全身が緊張していたことを悟った。修行が足りないな。道着の上にいつも通りの恰好を取り戻すと、パンを追うため立ち上がる。窓の外を見てみると、いつの間にか雨は上がり、薄雲のあいだからは晴れやかな青がのぞいていた。
 ふと、一度離れていった溌剌とした気がまた全速力で戻ってきていることを気取り、ピッコロはドアに目を向けてパンの到着を待った。忙しない足音と共に到着したパンは、勢いのあまり廊下を滑って一度ドアの前を通り過ぎ、慌てたように戻ってきた。ピッコロが「どうした」と問う間もなく、パンが満面の笑みで口を開く。
 
 「ピッコロさん、だいすき!!」




@__graydawn

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