草原
Velvetは、もともとは映画「オールド・ガード」の二次創作として書いたものでした。登場人物はこの映画に登場する「不死者」たちですが、お話は彼らの過去を妄想して、いろいろな時代の、いろいろな場所での内容になっています。ほぼオリジナルと言ってもいい内容なので、映画を見ていなくても(彼らが「不死者」だということだけわかっていれば)大丈夫な内容です。
ーーーー「草原」ーーーー
「どこから来なさった?」
老女がそう問うと、女の旅人はただ西を指さして見せた。
「戦に巻き込まれ、売られたかね?」
老女がそう問うたのは、女がたった一人で旅している姿が不思議なものに思えたからだった。
彼女の肌はまるで色が抜けてしまったように青白く、それでいて死にかかっているわけではなかった。華奢だったが剣を携えた姿勢ははっきりと戦士のそれであった。服装はまるで男のもののようだったが、老女が見たこともないような、厚みと艶のある布でできていて、高価なものなのだろうと想像させる優美さを兼ね備えていた。
「いや。自らやってきた」
老女の問いに、彼女は静かに微笑んでそう返した。そのとき、彼女の眼がまるで泉のように青く澄んでいることに気づき、老女は若いころ、大きな都で見たことがある西方からの旅人の姿を思い出した。
まだ少女だったころ、そのような風貌の人を初めて見た彼女は恐れて目をそらし、ともにいた父親にあの目は物が見えているのかと問うたものだった。
「こんなところへ、なにをしに?」
だが今彼女たちがいるのは、時に驚くほど遠くからの旅人が足をとめる街からは遥かに離れた、見渡す限り草原が広がるだけの土地だった。
草原はまるで海のようで、時に凪ぎ、時に嵐のように揺れ、時に人を飲み込んでいく。
空の青と草の緑のほかには、老女が息子と幼い孫と暮らす古いゲルと家畜たちのくすんだ白しか色のない世界だった。
今は旅人の女の衣服の鮮やかな赤と、彼女が駆ってきた美しい馬の艶やかな黒が目に染みるようだったけれど。
老女の問いに、女は答えた。
「……ここへは、遠い昔に来たことがあるのだ」
女の顔は老女にはまだまだ若く見えたが、言葉はどこか古い時代の響きを持っているように聞こえた。
そう言ってかすかに遠くへ視線をやったまなざしには、目に見えない何かを懐かしむような、深い思いが込められているように見えた。
「ここにもかつては大きな戦があり、大軍が行きかったことがあった。でもそれはお前さまのような若い人が生まれるずっと前のことだよ。それ以降は、ここではただ馬と羊と人が静かに生きて死んでいくだけ」
老女がそう言うと、女は頷いた。頷いたが、それから静かに言った。
「だが戦ばかりが「出来事」ではない」
その言葉とともに見せた女の表情は遠く、重く、痛々しいものだった。
「誰か、ここの者を知っていたのかね?」
知らない土地を目指して出ていくものは、ここではそう多くはなかった。それでもけしてなくなりはしない。
老女が思わずいくつかの顔を浮かべかけた時、女は笑った。
「ここで、私が生涯を共にすると思っていた相手と出会ったんだ。失ってしまったが」
失ってしまった。
その言葉を聞いて、老女は彼女の表情の理由を知ったように思った。
では女は、その失った男の弔いのために、わざわざここまで来たのだろうと。それが一体どれだけの旅だったのか、老女には知る由もなかったが、驚くほどの意思をこめたものだったに違いないと。
そして、老女は自分の言葉にどこか驚くような気持ちで言っていた。
「誰の息子だね。名前がわかれば今家族がどこにいるかおおよそ知ることもできるだろうが」
遠くから来たよそ者は、多くの場合争いや戦の前触れとなり、悪人でなくとも思いがけない疫病をもたらすこともある。警戒するべき存在だとわかっているのに。
だが旅人の女は、鮮やかに笑って答えた。
「誰かの「息子」ではない。それに、彼女の血縁のものはもう誰もいない」
女? 老女が驚いて息をのんだ時には、旅人は鮮やかに再び馬にまたがり、旅人同士が交わす古い祈りの言葉をつぶやくように老女に投げかけた。
そして老女がそれに応えようとしたときには、すでに蹄の音とともに彼女は去っていったあとだった。
老女は草原のかなたに、旅人の黒い馬と赤い衣の色が消えてしまうまで、その姿を見送った。
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