突然


「新春ビッグ時代劇『風鈴火山(仮)台本その五【改訂版】』……なんやこれ?」
「見たら分かるやないですか、台本です。」
いや、そやからなんで時代劇の台本がうちにあるねん。

帰宅したらテレビの前のローテーブルに薄い台本が置いてあるのが見えた。
てっきりバラエティー番組の仕事の台本を喜代美ちゃん経由で渡らされて来たんかと思って見たら、なんや、そのビッグ時代劇て……。
正月の、あの朝から夜まで十二時間もやってるヤツやんか。いきなりすぎるで。
「お前、これ出るのか?」
「なんや天狗で抱えてた芸人がキャスティングされてたのが、事故起こしたらしくて。背格好が似てるていうので、僕に代役が回って来たらしいです。」と言いながら、四草はメシ食うた後の食器を片付けてる。
手伝いたいのはやまやまなんやけど、夜席でトリしてた草若ちゃんはもう開店休業やで~。
「代役ぅ?」
なんぼ背格好が似てても落語家に役者の真似事とかさせようと思うか?
ソファに座って薄い台本パラパラとめくってみたら、四草がやる役の台詞か、台本にちょぼちょぼと〇が書いてある。
なんや、ただの端役かと思ってたら、台詞、めっちゃあるやん……。
「今から覚えられんのか?」
「そらまあ、間に合わせるしかないてことでしょうね。夏から撮影してたみたいですけど、……まあ長丁場になればなるほどアクシデントはつきものですからね。」と言いながら四草は口元を緩めるようにして笑った。
「まあ、日暮亭が出来るまで色々あったわな……。」
「危うくゲラゲラ亭になるところでしたからね。」
「あ~、あったな……。」
草原兄さんのセンスもほんまに大概ていうか。まあ、落語のセンスとは別もんやからな。
「バラエティー番組の台本やなくてがっかりしました?」
あほらし。
「今更仕事があるとか思てへんわ……。まあちょっとは未練がないわけとは違うけど、バラエティー番組は若いのの仕事やろ。ロートルは大人しくして、草々の弟子とかそういう生きのええのに任せたらええねん。」
「まあこういうのは僕みたいなロートルでも出られるらしいですけどね。」と言いながら、流し周りの片付けを終えたばかりの四草がソファの横にどっかと座り込んだ。
いや、別に今の、お前のこと当て擦ったわけとちゃうねんぞ……とか慌てて訂正してもしゃあないけど、お前ちょっとやる前からそれは卑屈とちゃうんか。
「大体、なんでお前やねん……役者の経験とかないやろ。」
「大阪弁直すように言われたり、カツラ被って演技したりするのは無理です、ってきっぱり言うたんですけどね。」と四草が言った。
「カツラ被んのか?」
「まあ足軽とか遊び人に扮した旗本の役ではないらしいんで。」
「そらまあ楽しみやな。しかし、こないだ正月なったような気がしてたのに夏も終わって新春時代劇まであと少してなあ……。」
「年末まであっという間ですよ。」と言って四草はらしくもないため息を吐いた。
「……まだ十二月の仕事で掛ける演目も決めてへんのに、こんなイレギュラーな仕事。」
「まあオレらはおチビのためだけやのうて、日暮亭存続のためにも稼いで来たらなあかんからな。オレもホン読むの手伝うたるし。」
気張って来たらええわ、と背中を叩こうとした手を取られた。
仕事は明日から気張ります、と言って四草の顔が近づいて来る。
「長丁場には張り合いがないとあきませんから。」
「お、おい、しぃ………。」

お前はなんで……そんななんでもかんでも底抜けに突然やねん。

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