夏休み


なあ、もう夏やし、虫捕りに行ったりせえへんのか、て言ったら、自分の年分かってますか、て顔をされた。
「アホか、オレの話とちゃうで、おチビの話や。付いて行くなら親のお前の仕事やろ。」と言うと、鏡見てきたらどうです、と返事が返って来る。
「兄さん今、自分も行きたいて顔してましたけど。」
……そないなこと、ないとは言わへんけどな……。
「そうかて、今ホームセンターとか行ったらまだ虫捕り網とかプラスチックの虫籠とか売ってんで。昔の血が騒ぐ、てこともあるわ。」というと四草がため息を吐いた。
「また車買ったからて、浮かれておとくやんみたいなとこまで行くからやないですか。日用品の買い出しなんか、その辺のスーパーかドラッグストアで食いもんの買い出しのついでに済ませといたらええでしょう。ガソリン代の無駄です。」
……なんでそこまで分かるねん。
「そもそも、おとくやんの隣のスーパーの袋、持って帰ってきて、何で分からんと思うんですか?」
クソっ、バレバレてことか。
ちなみに、スーパーの名前は『もっとおとくやん!』て名前で、ほんま分かりやすいねんな。洗剤とか蚊取り線香とか買いに行くついでのつもりやったんやけど、おとくやん、怖い場所やで……。
だいたい、久しぶりにスーパーカーを買ったとこで、十年も運転してへんかったら近間しか行けへんし、名義はオレの車って言うたかて、乗り回してんのほとんどお前やん……。
浮かれておチビとお揃いのグラサンとか買いよってからに。お揃いが羨ましいとかではないねんで。オレかて同じサングラス買いたいけどそんなん増やしてもしゃあないていうか、て思ってたら四草が、伸びましたね、て言いながら前髪引っ張って来た。
そういえば磯七さんとこにも行かんとあかんのやった。ここまで暑うなってきたら、床屋は歩いて行けるとこでないと厳しいわな~。
次の日暮亭の高座、二週間も後の話やし。
「カブトムシかてクワガタかて、わざわざ捕まえに行かんでも、今はペットショップみたいなとこで売ってるでしょう。」
そういえば、おとくやんでもプラ籠の中におったけど、いつまで生きてるか分からんもんに、わざわざ金出したりはせんわな。その点、虫捕りは早起きになるし、日光浴びたら元気になるし、……てそういえばこれ以上おチビが元気で早起きになったら後でオレが困るやん……。
どうせこいつは虫捕った後の世話とか、付き合うてやったりはせえへんやろうし。
ちらっと視線を向けたら、案の定や。
「虫なんかおったかて、世話も面倒やし、子どもには写真付いたノートとか買っといたらええんです。」
そら来た。
「ノートなんか買ったって、夏休みの絵日記書けへんやろが。」
カブトムシとかクワガタおったらそれだけで一日埋まるで、と言ったら「もう夏休みの宿題が絵日記て時代でもないですよ。」と言い返された。
「そうなんか!?」
「あんなもん、高学年になってから出される課題と違うでしょう。」
なるほどな。そらそうや。
「言うても、虫捕りするだけなら、高学年になってからのが面白いで。オレ、カブトとかクワガタ捕って、周りに売ってたもん。夏の一攫千金も夢やないで。」
「はあ?」
「朝に虫捕まえて、情が移る前にて、ラジオ体操の後で売ってたんや。一匹三百円。学年下のヤツにはおまけしてやったけどな。」
「……今のどういう話ですか?」
「いや、ただ思い出話やけど。」こんな話にオチなんかあるかいな、と言うと、四草は、そういう話には聞こえませんでしたけど、と言わんばかりの顔になっている。
「オレがそうやったからて、おチビにもそうせえとか流石に言わへんで。隣近所の親の仕事も丸わかりやった俺の子どもの頃とは、時代も違うしな。お前、今年はPTAもしてんのに、いくらなんでも外聞悪いやろ。」
「……いや、外聞とかそういう話と違いますけど。大体、僕は子どもが自分で稼ぐ手だてを考えるのは悪いこととは思ってへんので。子どもかて、親から貰う小遣い使いたないときとか、たまにあるでしょう。」
「そらまあ……そうやったか?」と首を傾げたくなる。
「そうです。」
「オレはおかんから小遣い貰ったら、お花おばちゃんとこの駄菓子屋で毎日チューベット買ってすぐ使い果たしてしもて、何か食うもんないか~、て言って仏壇屋でカルピス飲ませてもろてたからな。あかんわ。」
これ子どもに言える話と違うで、といったら、四草がそれもそうですね、といって笑った。
「何笑ってんねん。」
「なんや分かると思って。自分で買ったら、濃いのが美味しいて思って濃すぎるの作って、後から薄めるタイプでしょう。」
「……見て来たように言うなや。」
しかも図星やで。
腹立つなあ。


「僕らももういい年なんやから、大人がしてて面白いことしてたらええでしょう。」
四草はそう言って、シャワー浴びたばかりのTシャツの中に手を入れて来た。
あ、お前、今終わったとこやんか。
もう終いにせんとあかんて自分から言うてたくせに。

……あ、ソコ、乳首、一昨日からずっとヒリヒリしてんねんで。どっちが子どもやねん、もう。

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