サンドイッチ


「えっ なんやコレ……。」
「いや、ただのサンドイッチです。」と喜代美ちゃんが言った。
そらまあ見たら分かるがな、茶色くないもんな、と言おうと思ったけど、オレがおどけて茶化してしまうにはあまりにも出来のええ昼飯やった。
昔ながらの竹で編んだみたいなおにぎり入れるような入れもんに、まあうまいこと入ってるわ。
これ、普通の食パンだけと違うな、ライ麦とかそういうパンとちゃうか?
「子どものお昼の残りなんですけど、良ければ召し上がってください。」
いや~、単に「出来がええ」では足りへんぞ、これは。
あんま変わらんけど、ここまでされたら『出来栄え』くらいは言いたいわなあ。
オレの知らん間にまさか喜代美ちゃんがハイパーおかあちゃんに、と思って顔を上げたら、いつもの(それはナイです……)て顔でこっち向いてる目ぇと目が合った。
「若狭、これ、もしかして、草々の新弟子が作ったヤツか?」と草原兄さんが言った。
十時からの朝席はもう始まっていて、下からは客席の笑い声が聞こえて来た。兄さんはトリで出ることになっていて、オレはまあ兄さんの出番までは喜代美ちゃんと兄さんと一緒におやつのつもりでこないして豆大福持って来たんやけど……。
「オレの買うて来た豆大福、なんや見劣りすんなぁ。」
元々洋菓子よりは地味やねんけど。家に持ってったとこで、四草のヤツはあんまり甘いもん好きやないし、四草をのけもんにしておチビと二人で食うにしても寂しいし、一人で食べるのもなんや味気ないしなあ。
「草若兄さんの大福も美味しくいただきますけどぉ、それで足りんかったら、て話ですから。」
「しかしなあ……草若も師匠の名前継いでからそこそこ時間経ってるていうのに、今更前座で、寿限無を御指名されるとはなあ……。」
「しゃあないですわ、長いことアレ一本で食ってたんですから。時代劇みたいなもんとちゃいますか? どこの時代にも、新しいもんより昔っからあって馴染みのあるもんが好きな連中がいますやろ。」
「そうやなあ。」と草原兄さんが相槌を打つのに「ほうですねえ。」と喜代美ちゃんも頷いてる。
オレはまあ、そないなわけで、昼からの番組の前座としての順番待ちていうか、底抜けに小草若ちゃん時代に出戻りてなわけや。大師匠のトリならオレかて前座でいけんこともないけど、草若の名前継いだ後でもまた前座、また寿限無かいな~、て思うわな。
高座に掛ける話って言ったら、持ってる話のうちから、その日の高座の雰囲気やら季節やらに合ってて、誰とも被らないような話をフィーリングで決めたりすんのやけど、『六年振りに復活 ☆ 四代目草若の寿限無デー』て、若いもん向けかは知らんけど、しょうもない惹句で宣伝したら満席て。
ほんま、冗談みたいな話やで。
今はそういうのが受けるんです、て言われて、喜代美ちゃんのそのインスタントラーメンみたいなヤツを見せてもろたら、えらいことコメントが付いてて、頑張ってください、応援してます、お母さんと一緒に見に行きます、て。
まあ最初のふたつはええとして、最後のはお母さんやのうて、母て言わなならんのと違うか……?
まあ、ええか。
日暮亭の二階の楽屋は、隅に朝席に出てる前座と兄さんらの荷物がちんまりと置かれていて、もう二時間もすれば、このちゃぶ台の上に昼席の師匠方の弁当が置かれる予定になっている。
「えっ、噂の新弟子て、それオレ聞いてないでっせ。草々んとこ、また弟子増えたんですか。」
「お前が『草若襲名、三周年記念やで~!』言うて気炎を上げてあっちゃこっちゃ行ったり、サメの人形背負ってるウチになあ……。」
「兄さん、それ、サメとちゃいます、焼き鯖でっせ。」と言うと、まあ似たようなモンやろ、と返って来た。
ま、否定はせえへんけどなあ。
次に小浜行くときはちゃんと落語だけの仕事がええけど、ついでに焼き鯖のでっかいぬいぐるみを背負ったのが好評やったらしいてカラスヤマが言うてたさかいな、この先どうなるこっちゃで。
「まあ、草々のとこの弟子なんてもん、オレやお前がちょっと目を離した隙にすーぐ増えるんや。」
「兄さん、そんな、増えるワカメとちゃうんですから。」
喜代美ちゃんもはいはい、とは答え辛いですやん。
「いや、アレは実際増えるワカメみたいなもんだったんちゃうか?」と兄さんが言うと、喜代美ちゃんも、ほうですねえ、と同意している。
同意するんかい!
「まあ、オレら五人で日暮亭の設立の立役者みたいな話になってるし、アイツんとこは特に、最初に小草々みたいなヤツが入ってもうたからな。オレでも行けるんちゃうか、みたいな道場破りみたいな弟子入り志願の若いヤツを千切っては投げ、千切っては投げ……まあ入れ食いみたいなモンやで。」
「オレもそこまでは分かってんですけど。……最近落ち着いて来てたって聞いてたんで。」と言うと、「それが、一年前に入門志望してたのを断った子やったんです、その間にレストランで修行してたとか。」と喜代美ちゃんが話し出した。
「えっ そこは落語の修行とちゃうんか……。」
つまり、コレは喜代美ちゃんやのうて、草々の新しく入った弟子が作った代物てことで。
「……ええっ、なんぼなんでもこいつ、弟子入りする先、間違ってへんか?」というと、草原兄さんが複雑そうな目付きになった。
「そうは言うてもやで、落語家の見習いでは食べていかれへんのやし、オレや四草が三年落語から離れてたこと考えたら、草々もそこは気軽にはツッコめんのと違うか。」
「そうなんです。『この一年、毎日師匠のテープ聞いて練習してた落語を聞いてください。』て言われて頭下げられたら、そら、聞かんわけにはいかんわけで……。」
そら、今度入門して来た弟子ちゅうヤツ、底抜けにあの恐竜頭の草々のこと分析してんなあ。
「で、喜代美ちゃん、家計は大丈夫なんか?」といつものように聞くと、喜代美ちゃんが今日の曇り空にも似たどんよりした雰囲気を纏って「なんやもう、気ぃが付いたら火の車で……。」と苦笑した。
「そらまあ、火の車になるわなあ……この豪勢さでは。」と思ってしまった。
いくら子どものリクエストとはいえ、ここまでは出来へんやろ。
「あ、それ、中身はキュウリと賞味期限切れ手前のハムしか入ってへんので。」
「おい、若狭、賞味期限切れて、兄弟子にそんなもん食わすな!」と草原兄さんが立ち上がった。
「いえ、明日で切れるから今日は、」
「喜代美ちゃ~ん……!」
あかんて、と手を振るとそれに気づいた喜代美ちゃんがやってもうた、という声がを出した。
落語の話とはちゃうけど、そら底抜けにお口にチャックやで。
「オレはまあ、このサンドイッチ美味そうやし、食わせてもらいますわ。前座やるんやから、そのくらいの役得があったってええんと違いますか。」
「まあ見た目だけなら役得か。それなら、オレは兄弟子の権利を行使してお前の豆大福食べてまうぞ。」と草原兄さんが笑っている。
「腹が減ってるなら、なんぼでもどうぞ。オレは喜代美ちゃんの持って来たコッチ食べますんで。」と言いながら入れもんの中からひとつ取って口の中に放り込んだ。
あ、キュウリだけのに当たってしもた。
これハズレとちゃうか、と思ったけど、意外に旨い。
「うまいなあ、」とオレが言うと、「お前も大概食い意地張ってんなあ。」と草原兄さんが言って、「そんなに美味しいなら私もいただきます。」と喜代美ちゃんも、オレに続いてキュウリのサンドイッチを口の中に放り込んだ。
うん、これですわ、という顔。
ええなあ。

次は何かピクルスでも持って来ますね、と言う喜代美ちゃんに、「そのオチ、ちょっとまんじゅうこわいに似てへんか?」と言って、草原兄さんは楽しそうに笑った。
いや、今のはオチとちゃいますから。

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