2023/10/13 オイル漬け2種

※1巻、オシティックの町からアエスへ向かう途中の話

「うっまぁぁぁ」

 口の中に広がるわずかなスモーキーさと、ぎゅっと濃縮された牡蠣の旨さ。それが口の中に残っているままに一気に蒸留酒を流し込む。喉を焼く強さがガツンと来る。ッハー! 美味しい!

「兄ちゃんいけるクチだな!」

 日焼けした屈強な海の男が僕の背中をバシバシと叩く。その手にも蒸留酒の瓶。その後ろの広がるのは青い海だ。
 こんにちは! 僕の名前は勝生勇利。どこにでもいる普通の冒険者だよ!
 今の僕は|川のある町《オシティック》から船で海に出たところだよ! いやぁ、川の町ではいろいろあったよねぇ。そこそこ旅に出て長いけど、駆け落ちカップルの破局を目撃したのは初めてだよ!
 それはそうとして、そこで知り合った料理屋の親父さんの紹介でこの漁村の村に来たわけだ。豊かな海の匂いは、故郷を思い出してちょっと懐かしい気分になるね。
 紹介してくれた親父さんのご母堂――と言うか肝っ玉かーちゃんと言う言葉がふさわしいおば様はまだご存命だったのでご厄介になっています。

「元気でやってるならいいさ!」

 漁師で無口な父親と、おしゃべりな母親。息子二人は漁師ではなく川の町に料理人として言ってしまって、現在は妹さんが婿さんを取って家を継いでいるとか。珍しいパターンな気がする。なお、僕が知り合ったのは弟さんの方。お兄さんの方は面識がなかったんだけど、弟さん曰く元気でやってるとのことだ。
 僕と言えば、相変わらず薬草採取をメインに、たまに海で貝を倒したり、蟹を倒したり。蟹はね、地元では『酔っ払い蟹』って呼ばれている蟹。大きさは大人の顔ぐらいなんだけど集団で襲ってくる。木の枝や子供の腕くらいならバッツンってその大きなハサミでちょん切られてしまう、なかなか厄介な魔獣だ。でも美味しいらしい。
 そしてなぜ『酔っ払い蟹』と言うかと言うと、生きたまま酒に漬けて蒸し焼きにするととても美味しいから。無口な親父さんが満面の笑みを浮かべるくらい旨い模様。
 そんなわけで、本日村を出てアエスに向かうという話をしたら酒宴を開いてくれて、地元の人がみんな集まってきた。酒を飲む機会は逃がさないって感じだね。酒宴の主役は『酔っ払い蟹』の酒蒸しと、牡蠣の燻製。

「牡蠣は北のオリーブオイルで漬けても美味いぞ」

 それはいいことを聞いた、ちょうどその北の町で大量に買ったオリーブオイルがあるので、後で作ろう。ひとしきり飲んで騒いで翌日記憶がなくなってたけど、周りもみんなそんな感じだったし、朝から元気よく漁に出ていたから多分大丈夫!




「で、そこで教えてもらった牡蠣の燻製のオイル漬け」
「おま、昔から酒癖がわりいのかよ」

 思い出話とともに出した牡蠣のオリーブオイル漬けなんだけど、なぜか年下のユリオにお説教されてしまった。いや、十分気を付けているつもりなんだけどね?
 お説教はユリオに任せたらしいヴィクトルはさっそく蒸留酒の瓶を開けてる。

「『酔っ払い蟹』か~食べてみたいね」
「蟹の種類は問わないみたいだから、今度やってみようか」
「いいね!」

 ヴィクトルにも食べてほしい。と言った僕に、ヴィクトルが笑顔で頷く。後日、人間サイズの蟹を捕獲してきたヴィクトルに、呆れるユリオと頭を抱える僕がいることになるのだけど、それはまた別の話。

「お酒、どれだけいるかな」
「いや、問題はそこじゃねーから!!!」

 鍋は作ればいいんだけど、お酒。と、ぼやく僕にダンダンと地面を強く足踏みするユリオがいるのだが、それもまた別の話だ。ちなみに蟹は美味しかったです。

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