まおこうのなれそめ……
その夜、宇京真央は綾戸恋と部屋に二人きりで、グラスを手に軽い世間話をしていた。
「真央。カップル解消しよう」
ぽつりと落とされた綾戸の言葉に、宇京は目を瞬かせる。
カップル……2年前から続けている”ビジネスカップル”という関係。それはAporiaで行われている代行業務 ——代行とは、友人から恋人、護衛から奪還まで。”何でも”請け負う仕事のことである—— で、誰にでも愛想を振りまいて顧客を本気にさせてしまう綾戸が、その所業の末『|警戒対象《イエロー》』に分類された相手とのトラブルを回避するために宇京と交わしている契約だった。
宇京は一呼吸おいて、いくつかの可能性を頭の中で並べてみる。
好きな人が出来た——恋にそのような相手がいた様子はない。
報酬を支払うのが億劫になった——そこまでどうしようもない人間ではない、はず。
宇京に愛想が尽きた——常日頃「愛想を尽かされないようにしないとね」と言っていたのは恋なのに?
「どうして?」
結果、頭の中であれこれ考えるよりも直接聞く方が早いだろうという結論に至った。
宇京に聞き返されると思っていなかった様子の綾戸はしばらく言いよどみ、視線をあちこちへ彷徨わせながらたっぷり時間をかけて一言だけ呟いた。
「……本気になっちゃったから」
宇京は綾戸の言葉を反芻する。本気で好きになったから、ビジネスカップルではいられない。報酬によって繋がれる”代わり”の関係ではいられないから別れたい。つまりはそういうことだろう。
そしてもうひとつ考える。本気で好きになったことの”何”が問題なのだろうか。
「本気になったから、別れるの?」
「そう。だってそうでしょ? 俺が代行したお客さんたちだって、イエローになったらサヨナラじゃん」
グラスに入った氷が音を立てる。宇京は目を伏せる綾戸の横顔を眺め、手に持っていたカクテルを一口含んだ。綾戸はおそらく「好き」という感情を誤解している。そして、当の感情は双方向に向くこともあるという認識がないのだろう。
「別れ話の前にすることがあるんじゃないの」
顔を宇京へ向けて、すること。と少し舌足らずに繰り返す綾戸の瞳を見つめる。
うっすらと揺らめくそれは何も知らない子供のようだった。
「告白。してみせてよ」
「それは、……公開処刑ってやつ?」
皮肉な調子で笑う綾戸に違うと吐き捨てて、グラスをテーブルに置き身体ごとそちらへ向ける。
「いいから」
宇京の表情を見て真剣な話だと悟ったらしい綾戸は姿勢を正し、それでもしばらくは意味のない単語を発していたが、ようやっと絞り出すようにその言葉を口に乗せた。
「すき、真央。俺と、本当に付き合ってくれる?」
「いいよ、僕も好き。だから付き合おう、恋」
嘘だ、と呟く口を自分の口で塞ぐ。嘘じゃない。僕はお前が本気になる前からとっくに本気だったよ。そう囁いて宇京は目の前の手を取る。
「これからよろしく」
呆然とする綾戸の、アルコールのせいだけではないであろう頬の赤さに気分を良くして、いつも振り回されている分これくらいは良いだろうとほほ笑んだ。
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