2023/10/23 かみなりこんにゃく

「もう一軒! もうっ一軒行くぞ!!」
「もう、しっかりしてくださいよ、課長」

 へろへろの上司を抱えて夜の街を歩く。周囲が迷惑そうに避けていく。今どき飲みニケーションなんて、とは思っていても本来気が弱い自分では文句も言えず、結局周囲に面倒な上司のお守りを押し付けられている。

「ここ、ここに入るぞ!」

 顔を真っ赤にした上司がそう指さしたのは赤ちょうちんがかかった居酒屋だった。チェーン店でも今どきのお洒落な創作料理の店でもなく、地元に昔からあるような店だ。こういうところって常連ばっかりなんじゃ。と、気後れしている自分をせかすように上司がわめく。
 はいはい、と言ってのれんをくぐり、引き戸のドアを開ける。

「いらっしゃいませー!」

 バイトなのか思いのほか若い声が出迎えてくれた。と同時に上司が「うぐぅ」と変な呻きを上げてわめくのをやめた。ちょっと。吐かないでくれますか。と、さすがに嫌な顔になったのを自覚しながら上司の顔へと視線を向けると、なぜか正面を見て固まっていた。
 なんだ? と思いながら視線を上司の視線の先に向けて、思わず自分も固まった。

「二名様ですか?」
「ア、ハイ」

 にこっと、こちらを見てほほ笑む青年はすっごいイケメンだった。いや、イケメンと言うか、ハンサム? 見たことない美形だった。「ご案内します」と言う声にコクコク頷いて後に続いて席に座る。明らかに自分たちの行動はおかしいと思うのだが、イケメンくんはそんな行動をされているのに慣れているのか笑顔のままだった。

「お飲み物を」
「ビビビ、ビールで」
「同じく」

 いい年したおっさんがイケメンくん見て声が上ずるのは見たくなかった。ただ気持ちはわかる。すぐに中ジョッキとお通しがやってきた。

「お通しのかみなりこんにゃくになります」

 どうやらこんにゃくを七味唐辛子で味付けしたものらしい。甘じょっぱくてピリッとしててうまい。くぴっとビールを一口。ちなみに上司はじっとイケメンくんを見ている。よく見ると上司だけではなく、やたらと多い女性客も皆イケメンを見ている。多分イケメンくん目当てに通ってるんだろうなぁ。

「あ、いらっしゃい!」

 そこに新しい客が来て、イケメンくんが振り返ったと思った途端に笑顔が輝いた。さっきまでの笑みが白熱電球だったら、今はLEDだ。いや、意味が分からんがそんな感じ。

「いらっしゃい、ヴェルナー」
「おう、すまんが腹に溜まるもの頼む」
「また食べてないの?」
「あぁ」

 入ってきたのは黒髪の青年だった。軽口をたたくような間柄のようで、客と言うよりもイケメンくんの友人なのだろう。案内された席に着くと、メニューも見ないで注文を入れている。

「なんだ、あいつ」

 上司がぶつぶつ言っているが無視してメニューを開く。まだもうちょっと飲みたい。れんこんの塩きんぴらと言うのがおすすめにあったのでこれを頼んだ。

「お待たせしましたー!」

 持ってきてくれたのはもう一人のバイトらしい女の子だった。笑顔が可愛らしい。へらッと笑みを浮かべて礼を言う。イケメンくんはイケメンだけど男だしな。

「はい。まずはこれね」
「おう」

 そうこうしているうちにイケメンくんが黒髪くんにお茶とどんぶりを持ってきた。見た感じ親子丼みたいだ。ただしどんぶりじゃなくて普通の茶碗っぽい。ミニかな? 黒髪くんは細身だけど、あれじゃ足りないんじゃないかな。

「なんだ、あれは。あれしか食わんのか、最近の若いもんは」

 上司がまたぶつぶつ言っている。あれだ。今どきの若いもんは。みたいなものだ。年を取ると何もかもが気に食わなくなるらしい。さすがにイケメンくんが仲良くしている相手だからではないと思いたい。いや、どっちにしろ人として情けない部類だとは思うが。あ、すみませんビールお代わり。つまみは何にしようかな~。
 ちなみに常連のお嬢さんがたにも黒髪くんは見慣れた相手らしい。むしろイケメンくんの笑顔が三割増しで輝くから歓迎されてるっぽいな。

「はい、次」

 そうこうしているうちに次はおにぎりが来た。あぁ、なるほど、いっぺんに来るとそれだけで目で満腹になるタイプか。と、納得する。うちの弟がそのタイプだ。わかるまで食の細さでお袋が心配してたなぁ。時間を分けて小分けにしたらめちゃくちゃ食うのであっという間に俺よりでかくなった。今は確か北海道の山に登ってるはず。

「ごちそうさん。たいしょう、ありがとう」
「おう! また来な!」

 黒髪くんが最後にビールを一杯飲んで席を立った。カウンターで料理を作っている男に声をかけ、イケメンくんに挨拶をして出ていった。実にスマートだ。よく見るとなかなか綺麗な顔立ちしている。
 と同時に常連のお嬢さんたちも解散の空気になったらしく、速やかに退散していった。無駄に統率がとれている。

「さ、課長、俺たちも帰りましょう」
「う、うん? そうだな」

 電車なくなっちゃいますよ。と、言って出るように促す。最後にイケメンくんに「ありがとうございました!」と言って送り出してもらい、課長は夢心地で駅に吸い込まれていった。それを見送り、居心地がよかったし、料理も美味かったのでまた来ようと俺は思うのだ。

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バイト中のマゼルと常連のヴェルナー。
ヴェさん自炊はほぼしないので、よくマゼルの居酒屋に食べに来ます。







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