一夜の誓い。
「キャロットマンチップスに、グミに、ポップコーンに...ん、これは?」
渡されたクリスマスブーツの中身を一つ一つ確認してみると、お菓子の山々の奥...靴底に何か異なる手触りを感じた。
ゴソゴソと取り出してみると、星型の耳飾りが手に乗った。ファンシーな雰囲気を纏ったその耳飾りには、見覚えがあった。
「へへっ、アタシからのプレゼントはクリスマスブーツ。そしてオマエから欲しいプレゼントは...それだ!」
俺が抱えているプレゼントの送り主、そして俺の愛バでもあるウマ娘...ビコーペガサスが声高々に宣言する。そういえば、今日の彼女は右耳に何も付けていなかった。
「耳飾りをつけるだけ、か。それだけでいいのなら構わないよ。」
クリスマスプレゼントにしては随分と日常的だな、と思いつつ。彼女の正面に立ち、手にした耳飾りを右耳に添えようとした...その時だった。
「違う、そこじゃないぞ。」
ビコーの繊細で柔らかい手のひらが、優しく俺の腕を制した。...一瞬だけ、理解が追いつかなかった。しかし上目遣いで見つめてくる彼女の瞳は本気そのもの。右耳への彩りを拒むというのなら、選択肢は一つしか無い。
「...大人をからかうものじゃない、その言葉の意味が分かっているのか。」
楽しい楽しいクリスマスパーティーから一変、重々しい声色で尋ねた。窓の外でしんしんと降りしきる雪が俺達を静寂へと閉じ込める。
「アタシは本気だぞっ、こっちに耳飾りをつける意味は知ってる。そして、その覚悟だって...とっくに出来ているんだ!」
冬風の冷気すら吹き飛ばすような、青い炎が滾る瞳を向けられた。一歩も引く気配は無い。ヒーローに相応しきまなざし、そして幼き身体に似合わない決意の精神。並ならぬ想いをぶつけられては、断れるはずもなかった。
「...分かった、そういうことなら...そうさせてもらう。」
背筋を伝う背徳感をごくり、呑んだ息と共に押し殺し。深く息を吸って...ヒーローの象徴を左耳に添える。悴んでいないのに手が震え、たった一回のクリップを留めるのにも苦戦してしまう。穢れを知らぬ乙女をこの手に染める恐怖によるものか、たた単純に緊張によるものか...俺でも分からなかった。
「く...ぅ、んっ゙.....。」
目線を少し下にやると、瞼をぎゅっと閉じるビコーの姿が目に入る。俺が手こずっている間にも、"堕ちる"その一歩手前の感覚に怯えていたのだろう。歯を食いしばり、その隙間から声にもならない声が漏れ出ている。ぎりぎりの覚悟が、その小さな身体を支えていた。...この葛藤を終わらせてしまおう。
「よし、付けたぞ。」
ぱちん。軽い音を合図に、耳の付け根の少し下へクリップを留めた。留め終わってしまえば、その瞬間はあっけないものだった。
「...これで、いいのか?アタシは、ようやく───」
あどけなく言葉を紡ぐビコー、そんな彼女と改めて正面で向かい合う。...茫然自失、驚きを隠せなかった。
忘れがたきヒーローの姿はどこへやら、そこに立っていたのは"女"だった。魅惑的な"女"の面影が、そこにあった。干支一回りも離れているとは到底思えない、ビコーの顔が。艶を帯びているように見えて仕方が無い。
「...どうして、だろう。アタシもなんだかおかしいんだ。胸が、ぎゅうと締め付けられるような...そんな気持ち。もしかして、オマエも...なのか?」
勇気と希望を示す眉は、異性への想いを顕著に示す眉に。
くりっと大きな瞳は、つがいを捉えては離さない瞳に。
「ジャスティス・ビコー、参上!」 ...期待を向けるファンやちびっ子に、堂々と名乗り口調を上げるその口は...ただ、か弱い声を漏らすだけの口に。全てが見違えたようだ。
「オマエも、そんな気持ちに.....わっ!?どっ、どうしたんだ!?」
言葉よりも先にビコーへと抱きつく。この身長差を補う為、膝立ちになることなんか苦でも無かった。そもそも考える余裕すら無かった。
たとえこれが間違っていたとしても、たとえトレーナーと担当ウマ娘の関係性が崩れたとしても..."このメスを絶対に逃してはいけない"...と。どうしようもない衝動に苛まれた。だから、抱きついた。
「...へへ、そんなにがっつかなくてもいいんだぞ。アタシは逃げない、絶対に。」
大きな身体に包まれ、戸惑いを見せた彼女。しかし、その声色はじわじわと柔らかいものへと変わってゆく。俺へ語りかける言葉には、芯のある強さが篭っていた。
「この先何があっても...オマエは、アタシの相棒だ。初めて出会った時からずっとそうだったんだ。」
俺の背中にほんのりと温もりが伝わる、彼女の小さな手のひらに撫でられているのだ。
「.....えへへ。もっと、ぎゅーって。ハグしてもいいか...?」
きっとふにゃふにゃに緩んでるであろう口から零れ出た、ビコーペガサスの率直で原始的な願望。
...そんな願いを、無下にする訳が無かった。
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