好きって気持ちを届けるならね

アイカツスターズ きらあこss。
2022年のバレンタインに書いたきらあこです。
あこちゃんのためにきららちゃんが作ったバレンタインケーキが台無しに!?
二人は素敵なバレンタインデーを過ごせるのでしょうか?きらあこ学園卒業後同棲時空です。


******************************

 ふわふわに焼けたチョコレート味のスポンジケーキ。冷ましている間にフルーツをカットして水気を切って、生クリームを泡立てる。チョコレートを入れたチョコ生クリーム。ひとくち味見してみたら甘くてちょっぴりほろ苦い。冷めたスポンジにフルーツとクリームをたっぷり盛りつけていく。三段重ねのビッグケーキは一番上に猫と羊の飾りを付けて完成!
 うんうん、最高の出来! これで明日のバレンタインデーはかんぺきっ!
 あこちゃんの喜ぶ顔を思い浮かべたら、きららも自然と笑顔になっちゃった。だけど困ったことが一つ。すっごく大きなケーキだから冷蔵庫に入らない。NVAの冷蔵庫なら入れさせてもらえるかも。大きな調理室にあるとっても大きい冷蔵庫。あれなら入るだろうけど、今きららとあこちゃんが住んでるこのマンションからNVAまでだなんて、持ち運ぶ方が大変そう。
 キラキラフォンで検索してみたら、冬場は箱に入れてベランダに置いておいてもいいかも、だって。確かクリスマスにあこちゃんの実家から贈られてきたクロカンブッシュが入っていた箱がまだあるから、あれに入れてベランダに置いておこう。
 箱はケーキのサイズにぴったりで、やっぱりきららって天才~! って思いながら、だけど気をつけないと落としたら大変だもんね。いつもあこちゃんに言われるもん。分かってるよ、慎重にゆっくり歩いて。ほら、ベランダまで運べたよ。
 外にはお月さまが出ていてきらきら金色で綺麗だったけど、明日あこちゃんを驚かせるこのケーキはまだ誰にも秘密だから、お月さまにも見えないようにベランダの陰になってるところに置いたんだ。
 これで準備はばっちり。キッチンに広がっていたボウルや泡立て器や包丁、まな板、色んな道具を全部洗って、それからお風呂に入ってきらら自身もピカピカになって、明日に備えて早いうちにベッドに入ったの。
 あこちゃん、確か今日は撮影が遅くまでかかるって言ってたな。もうすぐ帰ってくるかな。きっとフラフラになってるだろうから、きららがベッドを温めておいて、あこちゃんのことぎゅって抱き締めて疲れなんか吹き飛ばしてあげるんだ。あーあ、早く帰ってこないかな~。
 そうしてあこちゃんを待ってようと思ったのに、そのあときららはすぐに寝ちゃった。だってお布団がふわふわで気持ちいいんだもん! 夢の中できららとあこちゃんはお菓子の家の中にいて、この椅子はクッキーで、時計はビスケットだとか、窓ガラスはゼリーだとか、そんなことを言いながらいっぱいお菓子を食べてーー……。
 にゃ!? にゃにゃにゃーー!ーーーーーーっ!?!?!?!?
 耳がキーンってなるような、猫の悲鳴みたいな叫び声が聞こえたのは、きららが寝付いてどれくらい経った頃だったんだろう。
 あこちゃんの声だ。帰ってきたんだって思った。それと同時に、何があったんだろう? って心配になって、まだまだ眠気が襲ってくるなか、目をごしごし擦って体を起こした。そしたらあこちゃんが寝室に入ってきたんだ。
「あの、きらら、起きていますの……?」
「うん。今起きたよ。どうしたの?」
 あこちゃんの声は、か細くて何かを怖がるみたいに震えている。暗くてよく顔が見えない。そしたら、あこちゃんが部屋の電気をつけた。
「あこちゃん、それ……」
 あこちゃんの右腕には茶色い何かがへばりついていた。よく見れば茶色いのの上に、赤いチェリーと星形に型で抜いたリンゴが乗っかっているのが分かる。
「それって、まさか」
「きらら、本当に申し訳ありませんわ、わたくし、わたくし……!!」
 あこちゃんの目から大粒の涙がこぼれる。少し前に帰ってきたあこちゃんは、撮影で最高の演技が出来たとご機嫌で、さっきタクシーの窓からちらっと見えていた月が綺麗だったから、それをよく見ようとベランダに出たらしい。それであんまり綺麗なお月さまだったから、なんだから踊りたい気持ちになってバレエの躍りの動きをいくつかやって、それできららが置いてたケーキの箱を足先で蹴飛ばしちゃったんだ。そこに何か置いてるなんて思いもしなかったあこちゃんは、体のバランスを崩して、傾いた箱の上に倒れ込んでしまった。それで、箱からはみ出たケーキのクリームやフルーツがべったり腕について……。
「これ、きららが用意してくれたものだったんですのよね? それなのにわたくし、最悪なことをしてしまいましたわ。本当にごめんなさい……!!」
 ぽろぽろ涙を流すあこちゃん。そんなの、あこちゃんは悪くないよ。だって知らなかったんだもん。仕方ないことなんだよ。頭では分かってる。だからあこちゃんに大丈夫だよって言おうとするのに、それよりも早く頭の中に、思い描いていた「明日」の想像が流れ込んできた。
 起きてきたあこちゃんに渡してびっくりさせようと思ってたこと、二人でケーキをお腹いっぱい食べて、とってもおいしいねって言って、あこちゃん大好きだよ、いつもありがとうって、そう言おうって決めてたんだもん! お仕事のスケジュールを調整して、材料の手配もして、何回か失敗したからケーキを焼き直したりした。クリームもフルーツも、大好きって気持ちを込めながら、飾り付けも丁寧にしたんだよ。気がつけばきららの口からはトゲトゲした言葉が漏れていた。
「ばか。あこちゃんのばか! きららがどれだけ頑張ったと思ってるのっ! サイテーだよっ! もうしらないっ!!」
 そう言い放って、きららはあこちゃんに背中を向けて頭まで布団を被った。悲しくて悲しくて、涙が勝手に出てきてしまって全然止まらない。シーツがぐっしょり濡れていく。
 あこちゃんは、本当にすみませんでしたわ、と言って部屋から出ていった。ああ、あこちゃん嫌なきもちになっちゃっただろうな。こんなきららのこと、きらいになっちゃったかな。せっかくのバレンタインなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
 だけどきららはあこちゃんを追いかけることも出来ず、そこから動くことすらも出来なくて、泣き疲れてそのまま濡れたシーツの中で眠ってしまった。

 翌朝。バレンタインデー当日はピカピカの晴れ模様だった。顔を洗うと、昨日泣きすぎたせいか、腫れぼったくなった目元がピリピリした。
 朝日に包まれたリビングのソファであこちゃんがブランケットに包まれて眠っていた。昨日はここで寝たんだね。すやすや寝息を立てているあこちゃんを見ていると、罪悪感が込み上げてくる。
 今日はきららもあこちゃんもオフにしていて、本当なら最高のオフになるはずだったのに、どうして今こんな気持ちなんだろう。
 そういえばケーキはどうなったのかな? 急に気になってひとまずベランダへ行ってみる。あの後何がどうなったのかきららは何も分かっていない。
 窓を開けるとそこにはお月さまではなく、今は太陽に明るく照らされている。ただそれだけ。ケーキなんて欠片もない、いつものベランダだった。振り返ってリビングを見渡しても、こちらも普段と何も変わったところはないみたい。ということは。
 ハッとしてキッチンに回ってみると、黒い大きなごみ袋があった。外から触ると大きくて背の高い箱らしきものと、柔らかかったりふわふわだったりする何かが袋の中にあるのが分かった。
 あこちゃん、片付けてくれたんだ。崩れて台無しになったケーキだもんね。もう食べられないし、しょうがないよね。そのままになんてできないもん。でも、なんかこうやってごみ袋に入ってるのを見ちゃうと、すごく、悲しくなっちゃうよぉ……。
 そんなことを思ってたら、あこちゃんがソファの上で起き上がっていた。
「きらら。もう起きてたんですのね」
「うん、おはよ……」
「おはようですわ。あの、昨日のことですけれど、改めて謝りたくて、わたくし……」
 あこちゃんがそう言ってこちらにくるのが見えて、きららは後ずさった。
 だって、こっちは全然心の準備が出来てないっていうか、まだ気持ちが整理できてなくって、それなのにあこちゃんの方からそんなオトナな態度とられちゃったら、きららどうすればいいの……!
「あこちゃんなんか、きらい!」
 思わずそんなことを言っちゃってて、目の前のあこちゃんは一瞬で悲しい顔になってしまう。当たり前だ。きららが悪い。なのにショックを受けてるあこちゃんを見ていられなくて、たまらなくなってきららは慌ててリビングから出た。それからクローゼットに向かって、適当な服に着替えて、お財布の入ったポーチを持って、おうちを飛び出したんだ。

 朝の街はたくさんの人が行き交っている。通勤や通学の人たちがいっぱいのバスに乗り込んで駅前まで行くと、美味しそうな匂いがしてきて、たどっていくとドーナツショップがあった。なんにも食べてないお腹がきゅるきゅると鳴った。チョコドーナツとミルクティーを朝ごはんにして、しばらくそのお店で時間を潰す。
 キラキラッターには色んなアイドル達がバレンタインのことをつぶやいていて、きららも何か投稿しようかと思ったけどそんな気分になれなくてキラキラフォンを閉じる。こんなのアイドル失格かな? でもそれ以上に、あこちゃんのカノジョ失格なんだろうな。ため息をついたら、カップの底に少し残っていたミルクティーが揺れる。今朝のあこちゃんの悲しそうな顔がよみがえって、胸が締め付けられるように痛くなった。
 あこちゃん、今どうしてるかな? 朝ごはん、食べてる? ねえ、あこちゃんーー……。
「はーい、おはようございます。早乙女あこですわ!」
 突然そんな声が、しかもタイミングばっちりで聞こえてきたから、心臓が跳ね上がってそのままどっかに飛び出て行っちゃうんじゃないかって思った。ドーナツショップの店内にあるテレビの画面の向こうであこちゃんが笑ってる。そっか、あこちゃん朝の番組のコーナーの日替わりレギュラーなんだよね。でもこのコーナーだけ別撮りで、事前収録してるらしいから、このあこちゃんは何日か前のあこちゃんだ。
「今日はバレンタインデーにまつわるお悩みにお答えしますわ。『大好きな人と最近うまくいっていません。バレンタインにプレゼントをしようと思うのですが、受け取ってもらえるか不安です』、なるほどなるほど。悩ましい事態ですわね」
 手のひらをほっぺにあてて、届いたお悩みを前に考えるあこちゃん。そしていつものようにカタカタピンポンで解決してしまう。
「ピンポン! 出ましたわ。プレゼントを贈りたいと思うあなたの気持ちはとっても素敵! だから勇気を出して渡してみなさいな! きっといい結果になりますわ」
 にっこり笑顔が眩しい。
 でも、それってほんとにいい結果になるのかな? 相手が受け取ってくれなかったら、その方がいっぱい悲しくなるに決まってるのに。
 それに、きららのプレゼントを贈りたい気持ちは昨日のケーキに全部詰めたんだもん。そうやって頑張ってもうまくいかない時はあるんだよ。そんなことを八つ当たりみたいにテレビの中のあこちゃんを見ながら思う。ほんと、こんなんじゃ嫌われて当然だよね。
 ますます落ち込んでたら、隣の席にいた子達の声が耳に入ってきた。大学生くらいかな? 二人ともオトナっぽくておしゃれな子だなって思った。
「結局持ってこなかったの? 作るって張り切ってたのに!」
「作ったんだよ! でも失敗して、到底渡せない感じの出来で、材料もなくなっちゃって」
 どうやらバレンタインの手作りを失敗しちゃったみたい。なんだか他人事に思えなくて、きららは更に耳をそばだてた。
「いいじゃん、それならチョコ、買いに行こう!」
「えっ、でも今日は2限から授業あるから、材料買い直してケーキ焼く暇なんかないよ!?」
「違うよ、手作りじゃなくて既製のチョコを買えばいいんだよ。授業4限まででしょ?先輩との約束の時間の前に買い物しても全然間に合うと思うけど」
「でも……」
 浮かない顔の子の背中をもう一人の子が優しく叩いた。
「そんなに手作りにこだわらなくてもいいじゃん? 手作りだってもちろん良いなって思うけどさ、大事なのはあんたが渡したいって気持ちでしょ? それと、バレンタインは2/14。今日中に間に合えばいいんだから。ね?」
 やがて二人はにっこり笑顔になってお店から出ていった。それから、さっきの子たちの話を聞いていて、きららの心の中もぱあっと晴れたように明るくなってきた。
 大事なのは渡したいっていう気持ち。
 手作りじゃなくても、どんな形でも、思いを届けること。
 そういえばさっき、テレビの中のあこちゃんも言ってた。『プレゼントを贈りたいと思うあなたの気持ちはとっても素敵!』って。
 今からでも大丈夫かな? きらら、あこちゃんに酷い態度取ったし、きらいなんて言っちゃった。そんなの全然本当じゃないんだ。あこちゃんのこと、とってもとっても大好きなんだよ。この胸の中にいっぱい。いっぱいすぎて届けきれないくらいに。このままじゃイヤだよ。きらら、バレンタインをリベンジしたいよ。
 カップに残って冷たくなってしまったミルクティーを一気に飲み干して、トレーと一緒に返却口に置いてから、入ってきた時よりも強い足取りでドーナツショップを出た。街には明るい光が降り注いでいた。2/14は始まったばかりだった。

 バレンタインの特設コーナーにはどこもかしこも色とりどりのチョコレートだらけ。平日の朝にはあんまり人もいなくて、ゆっくりと展示されているチョコの中身やパッケージを見ていく。
 このハートのやつ可愛いな。こっちはすっごくオシャレな缶に入ってる。その隣のは中身のチョコがとってもおいしそう。こんなの全部ほしくなっちゃうよ。どれにしようか全然決められないよ~!
 もう一つ向こうの通路に回ってみると、そこは猫をモチーフにしたチョコがいっぱいあった。なにこれとっても可愛いっ! 手前の黒猫ちゃんのパッケージ、シックでいい感じ。その隣にあるクレヨンで描かれたみたいなラフな猫ちゃんのイラストもいいな。NVAでヨーロッパに行ったときに見かけた広告の絵と似てるかも。
 それになんと言っても、もう一つ隣の、オレンジのネコちゃん。毛並みの部分がきらきらのホログラムになってて、まるでステージの上に立つあこちゃんみたいでーー……。引き寄せられるようにその箱に手を伸ばしたら、すぐ横から別の手が伸びてきて、同時に箱を掴んだ。隣にいた人がこちらを振り返る。
「きらら!?」
「あこちゃん!?!?」
 そこにいたのはあこちゃんだった。突然のことに驚いてチョコを落としそうになって、慌てて箱を掴み直した。そりゃ、さっきまでずうっとあこちゃんのことばっかり考えてたし、テレビの画面越しに会ったりしたけど、それでも急に本人が目の前に現れると、準備が出来ていないというか、あたふたしてしまう。
「ええっと、ええっと……」
「わたくし、きららが作ってくれたケーキを作り直せないかと思って材料を調達しに来たんですけれどね」
 何を言えばいいのか困っていたら、先にあこちゃんが話し出した。
「でも、きららはきっとあのケーキを作るために相当前から準備をしてたはずですから、当日に急に同じ材料を揃えるのも難しいでしょうし……それに、きららのケーキを完全に再現する、というのも目的とはズレるかもと思いまして。それで色々考えを巡らせていたら、こちらにチョコレート特設コーナーがあったものですから、見て回ってたんですのよ」
 あこちゃんは優しく微笑んでいた。きららのために、なにかしたいって考えてくれたんだ。きらら、あんなに嫌なこと言ったのに。きらいとさえ言ったのに。それでもきららのこと嫌いにならないでいてくれるんだ。
「あこちゃんのこと、大好きっ!」
「にゃ!? あなた大きな声で何を言ってるんですの! こんなところで!」
 あこちゃんの顔がみるみるうちに赤くなっていった。やっぱりあこちゃんはとっても可愛い。すっごくすっごく。これからも一緒にいたいなぁって思う。だから、ちゃんと言わなくちゃ。
「あこちゃん、昨日はごめんなさい。それから今朝も。きらいなんて嘘だよ。あこちゃんはケーキのこと知らなくて、だからしょうがなかったの。あこちゃんは悪くないよ。でもね、一生懸命作ったケーキをあこちゃんにおいしいって食べてもらえないのがすごくすごく悲しくて。辛くて、苦しくて、どん底に落ちて、もう戻れないくらいにしんどくて。そんな気持ちを全部あこちゃんにぶつけちゃったんだ。本当に酷い子で、ごめんなさいでした」
「きらら……」
「それでもリベンジしたくて。手作りでもそうじゃなくても、きららの気持ちをあこちゃんに今日渡さなきゃって思ったの!」
 あこちゃんがきららの両肩に優しく手を置いてくれる。温かい眼差しが目の前にあった。
「それで? もうどれにするか決めたんですの?」
 ニヤリとしながらあこちゃんが聞いてくるから、今きらら達が手にしているオレンジのネコちゃんのを指差した。あこちゃんは、そうだと思いましたわなんて言いながら、持っていた買い物かごに入っているもう一つのパッケージをこっちに見せる。そこには、ふわふわの雲の上で眠っているひつじのイラストが描かれていた。
「なにそれめっちゃ可愛い~! どこにあったの!?」
「向こうの方で見つけたんですの。ねえきらら、このひつじのと、ここにあるネコのチョコレート。一箱ずつ買って、このあと家で一緒に食べませんこと?」
「賛成、賛成、大賛成~! 絶対どっちもおいしいよこれ! すっごい楽しみ~!」
 あこちゃんといると、こうして笑顔になっちゃう。たとえ色んなトラブルがあったり、喧嘩したりしても、それでもやっぱりあこちゃんと一緒にいるのが一番なんだって思えるよ。
 おうちに帰って食べた二種類のチョコは、どっちもとってもおいしくて、ひつじの口の部分を、ネコの口の辺りにこつんって当てて、きららたちも後でちゅーしようねって言ったら、シャーッてされちゃった。
 あこちゃん、ずっとずっと大好きだよ。きららの大好き、ちゃんとあこちゃんに届いたかな? 届いてるといいなって思いながらキスをしたら、チョコレートのあまぁい味がした。

powered by 小説執筆ツール「notes」

84 回読まれています