続・あるADの受難
俺はADのT田だ。主にバラエティ番組を担当している。もうすぐこの仕事を始めて一年になるけれど、相も変わらず奴隷のように現場を駆けずり回り時には身体を張る日々。要するにまだまだ下の下の下っ端である。
ひょんなことから『Crazy:B』の天城燐音に目を付けられて以来、彼らの収録に同伴する機会がぐっと増えた。出演者に気に入られるのは喜ばしいことだが、この男に関してはちょっと事情が違う。なにしろ俺は以前、奴に殺害予告(?)をされているのだ。
(基本的にはいい人なんだけどな、天城……くん。空気読めるし、機転も利くし。リーダーシップも華もある……)
泊まりがけの地方ロケ。撮影は順調に進み、明朝の漁港での収録を終えれば帰れる。予定では椎名くんが現地の漁師と一緒にマグロを解体することになっている。今回の目玉企画だ。
時計を見れば夜中の0時だった。ついさっきまでディレクターや他の先輩クルー達とミーティングをしていたから眠気を覚える暇もなかったけれど、自分に宛がわれた部屋のドアを潜った瞬間にどっと疲労感が押し寄せる。
(シャワー……は、明日でいいか)
もう寝てしまおう、マジで疲れた。
ドサリとベッドに倒れ込んでそのまま、睡魔に身を任せようとした時だった。
ばたん! どたどたどた……ガチャ、ばたん!
「⁉ 何、誰!」
「――ああ失礼、鍵が開いていましたよT田さん」
「ひっ⁉ HiMERUくん、なんで」
騒々しい物音を引き連れて部屋に飛び込んできたのはHiMERUくんだった。俺はベッドから飛び上がって何故かホールドアップした。心臓がバクバクして眠気がどこかに吹っ飛んだ。彼も休むつもりだったのだろう、すっかり寝支度を整えている――のだが、何だか髪が乱れているし額に汗が滲んでいるし、尋常でない様子なのが気になった。
「夜分にすみません。少しだけ、匿ってくれませんか」
「カ、カクマッテ?」
かくまう。匿う? どういうことだ、何から、誰から。答えはすぐに俺の知るところとなる。
「メ~ル~メ~ル~♪」
「うわっ‼」
「邪魔するぜェ~♪」とやけに陽気なテンションでずかずか踏み入ってきたのは件の男、天城燐音。俺の後ろに隠れる(全然隠れられてない)HiMERUくん。わけがわからず固まる俺にもわかることがひとつある。俺はこの迷惑カップルが持ってきた厄介事に、見事に巻き込まれたということだ。
「――天城。部屋に戻ってください」
シッシ、手で空中を払う仕草をして見せるHiMERUくん。天城くんはそれを歯牙にもかけず、ゆっくり大股で歩み寄ってくる。やべえ、嫌な予感しかしない。マジでそれ以上こっち来ないでほしい。
「やだね。彼ピの俺っちから逃げてT田ちゃんの部屋に逃げ込むたァどういう了見だ、あァ? メルメルよォ」
「ヒィ……」
ビビッて悲鳴を上げかけたのは俺だ。だって天城くんは俺を見てる。思いっきり俺にメンチ切ってきてる。何あれ、怖すぎなんですけど……。
「あの、」
事情は知りませんが、むしろ知りたくもありませんが、とりあえずふたりまとめて出てってくれませんか。
そう言おうとして口を開いたのに、睨みを利かせる碧い目にアッサリ負けて口を閉じた。勘弁してくれ。
俺が怯えていることに気付いたのか、天城くんはニッコリとわざとらしいほどの笑顔を貼り付けて猫撫で声を出した。
「T〜田ちゃん♡」
イケメンアイドルのキレ〜な顔面がずずいと目の前に近付く(嬉しくない。天城燐音はタイプじゃない)。俺は思わず後ずさり、顔を逸らして叫んだ。
「ぶっ、酒臭っ⁉」
「俺っちがここ来るまでの十七秒で、メルメルに触ったりしてねェよな♡」
んなわけねえだろ、アホか。酔っ払いは部屋に帰ってクソして寝ろ……じゃなくて、妙な疑いをかけないでいただけますでしょうか。
すぐさま否定したくても、蛇に睨まれた蛙ってこういうのを言うのだろうか。やましいことなんて何もないのに喉が引き攣って声が出ない。俺の口は音を発せずにパクパクと動くばかりだ。
「――天城、いい加減にしてください。T田さんは何も悪くないのです」
「あん? メルメル……てめェ」
聞いたこともない低い声に、ぎょっとしたのは俺だけじゃなかったらしい。俺の少し後ろに立っているHiMERUくんも困惑していた。成程これは逃げ出したくもなる。
天城くんの腕が伸びてくる。呆けている俺を通り過ぎて、HiMERUくんの肩をガシッと掴んであっという間に引き寄せた。
「そ〜んなにT田ちゃんが好きかよ?」
「何を……言っているのですか」
「俺っちはこォ〜んなにメルメルのこと愛してンのによォ〜、一度も愛してるって言ってもらったことねェし〜?」
「ちょっ、くだを巻くな」
「欲しいなァ〜メルメルからの〝愛してる♡〟じゃねェと俺っち報われねェっしょ」
「はあ⁉ あんたねえ、T田さんの前ですよ」
「……」
HiMERUくん、えーっとですね。気を遣ってくれるのは有難い。有難いんだけど、たぶん、これ以上俺の名前を口にするのは逆効果だと思う。ていうか絶対そう。
「……あっそォ」
ほらも〜〜〜天城くんさっきより目ェ据わっちゃってるよ。完全に怒らせたよこれ。どうすんだよ。
嫉妬に狂った男は何をしでかすかわからない。思った通り彼はいよいよキレているらしく、HiMERUくんの肩を乱暴に掴むと部屋の奥へどすどすと進み、ベッドに放り投げた。
「さっきから聞いてりゃT田さんT田さんって……てめェが誰のモンかわからせてやろうか?」
「っ、天城っ、ッ!」
(うわ、あ〜〜〜〜)
本日二度目の「勘弁してくれ」を胸の中で唱えた。天城くんは俺の部屋のベッドにHiMERUくんを押し付けて、堂々とベロチューし始めたのだ。キスしながら指先は器用にシャツのボタンを外してるし、この飲んだくれはここでおっ始める気満々らしい。最悪。なんて日だ。
俺は物音を立てないようそ〜っと後ろに下がって、部屋から逃げ出そうとした。しかし『あの天城燐音』相手にそう上手くいくはずもない。
「まァ待てよ」
「ぎゃあ‼(足が縺れて転ぶ)」
「てめェが見てなきゃお仕置になンねェっしょ。そこで突っ立って見てな。逃げンじゃねェぞ」
――あまりの剣幕に半泣きになりながら頷くしかない俺であった。
天城燐音は気が利く。「仕事がデキる」と言い換えても差し支えないだろう。そんな男はセックスも上手いということを、俺だって経験は乏しいながらも感覚的に知っている。
「はあっ、はあ、は……」
「あう、うああ♡ や、だぁ♡ ッ♡」
「はあ、はあ」
「いあっ、ア♡ あ、あ、それっ、ひァ♡」
「はあ、う……、はっ、はあ〜」
「あああ♡ ふがいのだめっ、りんね♡ んッ、ん♡ んん〜ッ♡」
HiMERUくんの喘ぎ声の合間に挟まるのは俺の息遣いだ。実に申し訳ない。
彼を抱いているのは当然のように俺じゃないし、彼が必死に呼ぶ名前も俺のじゃない。HiMERUくんの小さいお尻に突き刺さってやたらめったら暴れているミサイルみたいなチンポも、勿論俺のものじゃない。俺のはもっとその〜……なんと言うか、慎ましいサイズである。うん。
「メルメルゥ〜、今おめェのここに入ってンのはァ、なァ〜んだ?」
天城くんはねっ……ちょりと囁きながら、四つん這いで挿入されているHiMERUくんの下腹部をぐっぐっと押した。薄い腹に掌が食い込む度、HiMERUくんは悲鳴を上げて全身をビクビク震わせた。
ふたりはベッドの頭側の壁に向かってるから、俺はバックでガンガンヤッてる彼らを真横から眺めている形になる〝ここ〟と言って示すのは天城くんが容赦なく突き込めばぼこんと膨れる場所で、うっかり内蔵を突き破って飛び出してくるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。なんちゅーバケモンサイズだ。
嘘みたいな話だけど、これが事実として俺の目に映っているんだから人生何があるかわからない。つまり俺は、目の前で繰り広げられる他人のセックスに夢中なのだ。
「ひゃうッ! おし、押しちゃ、ぃやァあ♡ り、っね、つよいっ、つよひい♡」
「なァなァ〜言ってみろって、燐音のおちんぽきもちィのでしゅ〜♡ って、よ!」
「んぎい♡ うぐ、っ♡」
HiMERUくんはほっそい命綱みたいな理性の端っこを懸命に掴んで耐えている。羞恥プレイに屈するものかとシーツに噛み付いて声を殺す様は痛々しい。ちょっと可哀想になるくらいだ。
まあそれはそうと、俺のムスコは元気ビンビン! さっきからシコるのに大忙し。そういや最近は仕事が忙しくて抜く暇もなかった。
「なァ。なァ〜って」
(……)
むしろ酒に飲まれて正気を失って見えるのは天城くんの方だ。もしかしてHiMERUくんは今までもこんな風に、暴力的な欲望をぶつけられてきたのだろうか。俺が彼らのセックスを盗み聞きしたのはあの一回きりで、その後はまあ……思い出して抜いたりはしたけど、行為を目の当たりにするのはこれが初めてだ(当たり前か)。
閃いた。これはひょっとして、ムチャクチャに抱かれるHiMERUくんをDV彼氏から救出せよという、神さまが俺に与えた試練なんじゃないか?
(落ち着け俺……相手は天城燐音だぞ)
俺は右手を休まず動かし続けた。動かしながら、HiMERUくんの高い声とキンタマに蟠る熱に浮かされながら思考した。
仮に魔の手から救い出せたとして、だ。俺ごときがあのミサイルチンポに敵うわけないんだよな。頑張ってフル勃起したところで、「挿入ってたの気付きませんでした」とか言われたら憤死してしまう。俺には荷が重すぎやしないか――とここまで考えたところで、汗に湿った前髪を片手で掻き上げつつこっちに顔を向けた天城燐音と、バッチバチに目が合った。ニタァ、とまあアイドルに似つかわしくない笑みを浮かべたそいつに、背筋が寒くなる。脳裏にはあのボロホテルの暗い廊下でかつて見た、ナイフのような表情が鮮明に蘇っていた。
「T田ちゃんによォ〜く見てもらわねェとな、メルメルがイき狂うとこ♡」
「はえ……?」
間抜けな声が出た。あと、ちょっと出た。精液が(なんで?)。
天城くんはベッドの淵にどすんと腰掛けた。そしてぐったりとシーツに沈むHiMERUくんを抱き起こすと、俺に見えるように大きく脚を開かせて抱えた。長い脚の真ん中でぷるぷる震えるHiMERUくんのチンポに釘付けになる俺。女みたいにアンアン泣いていたHiMERUくんにもちゃんと立派なものがついているということに、不思議と興奮してしまう。一度は萎えかけた俺のムスコはあっという間に元気を取り戻し天を仰いだ。
「そ〜そ〜、大人しく見てりゃァ良い……いい子だ」
ゆっくりゆっくり、天城くんのミサイルがHiMERUくんのナカに沈んでいく。ふたつの碧い目は逸らされることなく俺を睨んだまま。固唾を飲んで見守る中、焦らすようにじっくりと半分ほど収めたところで、残り半分を一気に突き刺した。
「いああああ♡♡ あっ♡ あ♡ あ♡ ああ〜♡」
涙を散らしながら、大袈裟に泣き叫びながら、HiMERUくんは精液を大量に飛ばしてイッた。天城くんが眉を寄せて快感に耐えている間も、深い絶頂の余韻からか何度も後ろを締め付けているのがわかった。俺の位置からは天城くんを咥え込むHiMERUくんのエッチな孔が〝よォ〜く見〟える。
「んう♡ ん♡ んっ……は、あ♡ りん、ね」
「ん〜、顔上げろ」
「ん……♡」
乱れて顔に張り付いた水色の髪を天城くんの指先がさらりと退ける。ゆるゆると顔を上げたHiMERUくんの表情を窺い見て、俺はショックを受けた。そこにあったのはDV彼氏に好き勝手ヤられて苦悶に歪む表情――ではなく、快楽に溺れて蕩けきった雌の顔だったからだ。
「……っ」
自ら舌を差し出してキスを強請るHiMERUくんを目の当たりにして、俺は悟った。アホか、何が救出だ。神さまの試練なんてなかった。始めから、俺の出る幕なんてなかったんだ。俺はAD。誰かのお膳立てのために走り回ることだけが取り柄の、下っ端ADなのだから。
天城くんはぐちゃぐちゃと下品な音を立ててHiMERUくんのナカを暴き立てる。迷いのない腰使いは、恋人の良いところを知り尽くした者のそれだ。焦らすのも攻めるのも、彼が欲しがるタイミングで欲しいものを与えているとわかる。身を委ねて感じ入るHiMERUくんの表情がそれを示している。そしてその顔がエロくてエロくて天城燐音が羨ましくて悔しくて、俺は泣きながらムスコを扱いた。
「う、ん♡ りんぇ、りん、きもち、れす♡」
「おう、きもちー、な……愛してるぜ、メルメル」
「おれも♡ おれもっ、愛してるっ♡ 燐音にっ、もっと俺で気持ちよくなってほしいのれす♡」
(なんだそれ……なんだそれ‼)
完 全 敗 北 。
俺の頭の中をその四文字がドカンと占めた。絶望が大波になって押し寄せる。思い描いていた敵は少しもDV彼氏じゃなかったし、HiMERUくんは馬鹿みたいにあの天城燐音に惚れている。ここには愛し合う一組のカップルがいるだけ。ありのままの現実をただただ見せつけられただけだったのだ。こんなのあんまりだ。
「ひあ、ぁん♡ いきそっ、いく、りんねぇ♡」
「うん……俺もイきそ」
「いっしょに♡ りんね、一緒にいこっ♡」
(俺もイきそうなんですけど……)
ふたりが手を繋いでディープキスしながら上り詰めるまでをしっかり見届けてしまった俺は、謎の達成感と共に涙を垂らしてフィニッシュした。舐めた唇は鼻水の味がした。
「ンじゃ、お邪魔しましたァ」
連日の収録で疲れが溜まっていたのか、HiMERUくんは行為が終わるなり深く寝入ってしまった。俺の部屋のタオルを勝手に引っ張り出してお湯で濡らし丁寧に身体を拭いてやったあと、元通りに服を着せた天城燐音は、ツヤッツヤの笑顔で軽やかに告げた。
「ア、ハイ、オツカレサマデシタ」
「ぎゃはは! 悪ィって、流石に謝るっしょ。ゴメンな」
萎びた茄子みたいにやつれた俺を見て哀れに思ったのか、コンドーム程度の薄っぺらさの謝罪の言葉が投げられた。
「要らねえっす、そんな心の篭ってない〝ゴメンな〟は! 要らねえっす!」
「そう怒ンなよT田ちゃん、役得だったっしょ?」
「何が! 誰が役得だったって⁉ あんたやっぱり頭おかしいよ‼」
思わず大声を出してしまってから、「あ」と慌てて口を覆う。すやすや眠っているHiMERUくんの髪を撫でながら、天城燐音が人差し指を立てて「静かに」とジェスチャーしていた。俺は「スイマセン」と小さく呟いた。
「ま、俺っちベロベロだったしちょ〜っと頭に血ィ上っちまって、T田ちゃんには悪ィことしたと思ってっから。今度詫び入れさしてくんね?」
「詫び……それは」
「そそ、口止め料とも言う。あんたにはこれからも世話ンなりてェと思ってンのよ。俺もこいつも。だから……な?」
「……天城くん」
彼は昼間の、仕事のデキる誠実な男の顔に戻っていた。
――そこまで言うなら、絆されてやってもいいか。
俺は若干の悔しさを覚えつつ、コクリと頷いた。『Crazy:B』は仕事仲間だ。俺と彼らとのコミュニケーションが円滑で、結果現場がスムーズに運ぶなら、それに越したことはない。リーダー直々に〝詫びを入れる〟と言っていることだし。
「……ところで、詫びの内容というのは」
「あ〜、そン時のお楽しみにとっとこうかとも思ったンだけど、まァいっか。あんたにゃ特別にプレゼントしてやろうと思ってな。俺っちとメルメルのラブラブハメ撮りデータ」
「……!??!????
頂戴します」
ああ――俺はとんでもない大馬鹿野郎だ。
いとも簡単に買収された俺を満足気に眺め、天城燐音は笑った。相変わらず眠っているHiMERUくんをひょいとお姫さま抱っこしてドアへと向かう。部屋に帰る気になったらしい。
すれ違いざま、少し屈んで身長一七三センチの俺の耳元に唇を寄せた一八一センチの彼が、「ありがとな」と低く囁いてチュッとリップ音を落としていった。勃った。背後でドアの閉まる音がした。
「……どういうこと……」
田舎の父さん、母さん。俺の守備範囲は広がるばかりです。息子も、ムスコも元気です。どうか心配しないでください。息子より。
AD・T田の受難の日々は続く。
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