また、歩き出そう



うちヒカセン(マリィさん)の話。暁月6.0最終戦直後。
ズタボロになってた理由の半分(以上?)が、どやべー終焉のせいじゃなかったとか、最早笑い話じゃないですか!!
(※話はシリアスです)

視点はアリゼー(すきすきだいすき)。グ・ラハも添えて。
マリィさんの過去の話やアイティオン星晶鏡の話から直結。続き。

落ち着いていて達観して見えるお姉さんだけど、双子とそう年も変わらない、まだまだ普通の若者なんだよな、っていう。
迷いも悩みもあるんだよ。



■



 たった一人、終焉を謳う者の前に残ったマリィがラグナロクへ戻ってきた時。場に居た全員が一瞬、凍り付いた。
 青いメーティオンが『あの人は無事』『もうすぐ戻ってくるよ』と伝えてくれたのに、なかなか姿を現さなくて、探しに行くべきではと声が出始めた矢先。
 転送されてきた彼女は、今まで見たこともない、ぼろぼろの状態だった。装備だけではなく、その下の身体も。むしろ、負傷が無い場所を探す方が難しい有様。
 瞳は閉じており、明らかに意識がない。
 ……この時点では、呼吸すら、していないように見えた。
 場が停止したのは、本当にほんの一瞬。次の瞬間には、全員が動いていた。
 アルフィノを筆頭に、癒しの魔法の心得がある人はすぐさま倒れている彼女に魔法を行使する。
 サンクレッドやエスティニアンはせめて硬い床ではなく、担架に寝かせる為に、もしくは薬や医療道具を用意する為にリヴィングウェイに案内されて駆けだした。
 慌ただしくなる中、それでもすぐに帰還の為に発進してくれ、と頼んだのは誰だったか。
 癒し手の数は多くても、きちんとした場所で治療してあげたいし、その後もしっかり休ませなければならないのは明白。
 そして……万一の場合は。この場所では、生まれ故郷の星界に還れなくなるかもしれない、という思いも、あったと思う。
 だから、急いで帰還を始めた。私達も、せめてそこまで彼女の命を繋ごうと、必死だった。
 勿論、そもそも死なせたくなんか無い。ここまで、一番に頑張ってきた人が、救われた世界で生きる事を許されないなんて、そんなのは理不尽すぎる。

 ああ、悔しい。結局私達は、全てを彼女に背負わせた。私は、傍に居ることを許されなかった。
 ……いえ、理性ではあれが最善だったことは分かっている。あのままでは、私達はどうなっていたか分からない。生存が困難な領域に飛ばされていた可能性もある。
 マリィ一人で残ったのは、目の前に対峙した終焉を謳う者を放置なんて、当然出来ることでは無かったから。
 全員が生き残る可能性を高める為に、最善の判断だった。それは、分かってる。
 ……分かっているけど!!

 幸い無事に意識を取り戻してくれて、ラグナロクから下船する時には、このまま担架で運ぶか? という言葉に首を振り、エスティニアンに肩を借りながらも、自分の足で降り立った。
 今までも、彼女の回復力には驚かされてばかりだったから、そう言い出したことに私達は疑問を抱かなかった。
 オールド・シャーレアンでお父様やクルルを筆頭に、沢山の人に笑顔で出迎えられて、それに手を振って応えたりもした。
 永きに渡り、この星を脅かしてきた終焉は止まった。人々は喜び沸き立ち、このまま宴でも始まりそうだったけど、そこは研究者ばかりのシャーレアン。
 無事だったとは言え、一番の立役者の英雄がぼろぼろの状態なのは皆気付いて、先ずは休んで欲しいと言う言葉に私達は頷いた。
 そして、拠点にしていたバルデシオン委員会の分館へ戻り、出迎えの人々の目から完全に遮断された、その時だった。

「……ごめ、ん」
「え?」
「後は、……おね、がい」
「おい、相棒?!」

 唐突に、大きく体勢を崩した。肩を貸していたエスティニアンが、珍しく驚いた声を上げながらも咄嗟に支えたから、床に倒れ込みはしなかったけど。
 覗き込むと、マリィはまた意識を失ってしまっていた。
 無理をして歩いていたのだ。出迎えてくれた皆に、無事に帰還した姿を見せるために。もう大丈夫なのだと、人々を安心させるために。
 当たり前だった。死ぬ一歩手前の怪我をした直後。いくら魔法で傷は癒やせても、失った血や体力は戻らない。そこで無茶をすれば、今度こそ死んでもおかしくない。
 彼女の丈夫さを過信した私達の落ち度だ。大丈夫なんて言葉を鵜呑みにせず、安静にさせるべきだったのに。
 また場が慌ただしくなって、急いで彼女が自室として借りていた部屋に運び込んだり、ぼろぼろになってしまっていた服を着替えさせたり、お父様に連絡してお医者様を手配して貰ったり。
 結局そこから、三日ほど目を覚まさなくて、本当に気が気じゃなかった。
 ……本当に、どこまで。貴女は英雄やるつもりなのよ。
 そんな悪態が口から出かけたけど、飲み込んだ。
 そうさせたのは、他でもない私達なのだから。



 あの戦いから数日、未だにマリィは療養中と言うことで、部屋で安静にしている。
 本来は療養どころか入院が必要……を通り越して、死んでてもおかしくなかったし、助かったとしてもあのまま寝たきりになってるレベルだったんだけど。やっぱり回復力が常規を逸してるのはそうなのよね……
 なので、分館の自室で療養に落ち着いた。今はクルルが主に様態を見てくれている。
 他のメンバーは、各地への連絡とか、未だに残ってしまっている獣の討伐に当たっている。間違っても、あの人が呼ばれたりしないように。
 その合間を縫って、お見舞いに分館を訪れたところ、丁度クルルとグ・ラハが話しているところだった。

「ああ、アリゼー。あんたもお見舞いか?」
「ええ、グ・ラハもなのね。クルル、あの人に会っても大丈夫かしら」
「大丈夫よ、順調に回復しているし、さっき様子を見たばかりで今は起きているはずだから。ただ……」

 マリィの様態はちゃんと快方に向かっていると聞いて、ホッとする。
 けれど、クルルは少し表情を曇らせて、言い淀んだ。

「……何か、懸念があるのか?」
「うーん、身体の方はちゃんと治ってきてるの。でも、今の彼女はすごく、こう…、覇気が無いって言うか」
「と、言うと?」
「ずっと上の空というか、心ここにあらず……みたいな。今までそういう事って、あまりなかったでしょう?」

 確かに。
 私の印象だと、彼女はいつも真っ直ぐ立ち、前を見ていて。あんまり、そういう……ぼんやりしている様子を見たことがない。
 忙しく何かをしている事が多かった。そりゃあ休息の時間はあったし、女の子達で一緒にお茶する事とかあったりしたけど、その時だって理由もなく上の空になってる、なんて感じたことは無い。
 たまには、そうやって何も考えずに休むのだって悪くはない、と思うけど。

「私と話している時は普通なのだけど、一人の時はかなりぼんやりしてるみたい。こっそり目を盗んで作業してる様子もないし、暇でしょうからって用意した本とかも、読んでる感じじゃなくて」
「それは、相当だな」
「これだけの事を成し遂げた後だもの。いわゆる、燃え尽き症候群になってるのかもしれないのだけど」
「ああ……それはあり得るわよね」
「それだけじゃなくて、何か……彼女の心が晴れない理由があるかもしれない。でも、私には踏み込ませてもらえないみたいで」
「分かったわ。大丈夫そうなら、聞いてみる」
「お願い。二人になら、話してくれるかもしれないもの」

 貴方達は、特別彼女が大好きだものね? なんて微笑まれて、なんともむず痒くなる。
 ま、まあそりゃあ、マリィの事は大好きですけど?!
 でも、グ・ラハと同列に扱われるのは複雑な気分。私ここまで英雄オタクじゃ無いと思うんだけど!
 チラっと見たら、グ・ラハもなんか気恥ずかしそうに自分の腕を擦っていた。
 こほん、と咳払いをし、気を取り直して分館の奥にあるナップルームが並ぶ廊下へ。
 目当ての部屋の前に辿り着くと、こんこん、と扉をノックした。

「マリィ、お見舞いに来たわ。グ・ラハも一緒なのだけど、入ってもいい?」

 勝手知ったる仲とはいえ、相手は療養中の、しかも年頃の女性なのだから。ノックも声をかけるのも、当然の礼儀。
 当たり前とそうしたけれど……、返事は無かった。

「さっき、起きてるって言ったわよね?」
「ああ。その後すぐに寝てしまった可能性はあるけど……」

 だとしても、声をかけられたら目を覚ましそうなんだけど。いえ、今は疲弊していて熟睡してるとか、そんな事もあるかしら……
 出直すかどうか、少し考えたけど。
 クルルの言っていた、様子がいつもと違うと言うのが気になって。寝ているかもしれないし、男性のグ・ラハを一応数歩下がらせて、そっと音を立てないように扉を開く。
 部屋の中の灯りはついていた。
 本来は仮眠室として使われている場所だから、ここからでも寝台が見える。
 ……部屋の主は、確かにそこにいた。
 ベッドにはいるけれど、横になってはいない。上体を起こして、視線を手元に落としていた。
 じ、っと自らの開いた両手を見つめている。

「……マリィ?」

 そっと、もう一度声をかけた。
 それでも、彼女は反応を返さなかった。
 全くこちらに気づいた様子もなく。見つめていた自分の手を、ぎゅ、っと握りしめる。
 何かを耐えるように瞼を閉じた横顔は、控えめに言っても、相当思い詰めているように見えた。
 ……クルルに限って、思い過ごしとかそんな事は無いと思ってたけど。想像していたよりも……深刻かもしれない。
 なんにせよ、今の彼女を一人にしていてはいけない。それだけは、分かった。

「マリィ! お見舞いに来たわよ!」
「! ああ、アリゼー。いらっしゃい」
「グ・ラハも一緒なんだけど、入っても良い?」
「ええ、もちろん」

 流石に、扉を開けて大きめに声をかければ、ハっとしたように目を開き、こちらを見ていつもの優しい微笑みを浮かべてくれた。
 入室の許可をきちんと得て、二人で部屋へと入り、マリィのすぐ傍まで近づく。
 うん、見る限りではもう傷は塞がっているみたい。包帯なんかも巻かれていなくて、跡が少し見える程度。もう数日すれば、それすらも分からなくなるんじゃないかしら。
 顔色も悪くは無い。ちゃんと、回復してきている。
 ……身体の方は、だけど。

「どう? 身体の方は。痛みとかない?」
「そうね、まだ大きく動かすと違和感があるけれど、痛みはもう殆ど。皆のおかげだわ」
「良かった……。あ、髪も整えて貰ったんだな」
「ええ、ちょっと美容師に伝手があって。頼んだことが無かったのだけれど、連絡してみたらあっという間にここまで来てくれて、助かったわ」
「長い髪も素敵だったけど、今のも素敵だわ」
「ああ! 短くてもカッコ良いな!」
「……貴方ね、女性の髪形を褒めるのに、カッコ良いは無いでしょ」
「えっ、あ、悪い……」
「いいのよ。ありがとう」

 出会ってから今まで、ずっと綺麗な長い髪を高く結っていたけれど、あの戦いの途中で何があったのか。半ばから切り落とされていた。
 傷の方に気を取られて、その事に気付いたのは戻ってきてからだったけど、女性の髪になんてことを! って憤慨していたら、自分で切ったものだから気にする事でも、と宥められた。
 ……だとしても、そうなった理由を思えば、確実に髪を掴まれて危険だったからとかよね。
 絶対それ、終焉を謳う者が相手じゃない。もう、断言出来る。一発私も殴ってやりたかった。
 それを言っても困らせるだけなのは分かっている。だから、今の貴女も素敵なのは変わらない、と本心からの言葉を向ければ、嬉しそうに笑ってくれた。

「皆の方は、大丈夫? その後の色々大変な事を、全部任せてしまっているけれど」
「そんなの気にする事じゃないわ。各地の指導者達が、きちんともう心配ないって話をして、混乱も収まって来てる。終焉の獣の被害も、殆ど聞かなくなったし」
「一度獣に変じてしまった人は戻せないけど、新たにそうなる人はもう居ない筈だ。勿論、混乱の隙に乗じてよからぬ事を考えるヤツは、どこにでも居るけど」
「それだって、大した問題は起こってないわ。だから、貴女は安心して、今はゆっくり休んで。それから、心置きなく次の冒険に出ればいいの」

 世の中に、完全な平和や安寧は無い。歯がゆく思わない訳じゃないけど、様々な人が居て、善も悪もある上で、今の世界は成り立ってる。
 その中で、より善くあろうという努力と成長こそが大事なんだから。
 貴女が今までそう示してきてくれた事は、きちんと私達に、皆に伝わってる。だから、きっと、そう。貴女が言ったように、もう、人間は大丈夫。
 そして、これからも続く道を歩くために、今は身体を大事にする時でしょう。
 私やグ・ラハが心配はいらないと、そう伝えると。

「……そう、ね」

 ほんの僅か。声の調子が、沈んだ。
 表情もなんとなく、苦笑いのようになって。その視線が、また自分の手へと落とされる。
 明らかに浮かない様子。これまでの全てが清算されて、これ以上貴女が重荷を背負う必要なんて、無くなった筈なのに。
 全て、今まで沢山頑張ってくれた貴女のおかげ。沢山の犠牲はあったけど、やっとこの世界は、自分達の道を歩んで行ける。
 ……なのに、その一番の功労者である貴女は、なんでそんな顔をするの?

「ねえ。マリィは怪我が治ったら、どうするの?」

 見つめる彼女の手に、私の手を添える。
 英雄とか、エオルゼアの守護者とか、暁の血盟の一員だとか、そういう呼び名や立場の前に、彼女は一人の冒険者だから。
 当然、怪我が治れば再びそう生きるのだろうと……私を含めた皆が思っている。
 色んな使命を帯びた旅だったけれど、それでもその合間、見知らぬ土地を見る事や人々と交流する事を、彼女は間違いなく楽しんでいたと、そう感じている。
 だから、私の問いに、マリィが言い淀むのは、本当に今までなら予想出来ない事だった。

「……今、考えている所よ」

 やはり、声も表情も浮かない。
 当たり前に出てくると思った、これからも冒険を続ける、という言葉も無かった。
 いけない、と私は思った。たぶん、グ・ラハも思っている。
 このまま、彼女を放っておくわけに行かない。その『考え』を、一人で纏めさせてはいけない。
 でないと……もしかしたら、怪我が治った後、マリィは私達の前から姿を消してしまうかもしれない。最悪、そのままもう二度と会えなくなるかも。
 直感に近かったけど、私はそれを疑わなかった。

「ねえ、良かったら聞かせて。マリィがどうしたいのか」
「オレにも聞かせて欲しい。人に話す事で、纏まる考えもあるからさ」
「そうよ。たまには、私達に相談に乗らせて?」

 貴女は私達に寄り添い、話を聞いて、導いてくれるのに。あんまり、私達の方からそれを出来た試しって多くない。
 出来る限り、慎重に言葉を選んだ。今迄みたいに、役割を押し付けるような形にならないように。
 私達の希望を、思い込みを押し付けちゃいけない。もしも冒険者をやめたいと思ってるとしても、それが彼女の望みならば、受け入れよう。

「……。……冒険者として生きる事を、続けて良いのか、……今は、分からなくて」

 一度瞳を閉じて、考え込んだ後。そう、彼女は小さく呟いた。
 続けて良いのか。確かに、そう言った。
 つまり、やめたい訳ではない。このまま続けていたい。
 けれど、そうして良いのかが分からない。
 そもそも、冒険者って言うのは何かに許されてなる物じゃない。自分でそう決めて、冒険者ギルドに登録すればそう名乗れる、かなり自由な職な訳で。やめる時だって、難しくもない。
 だからこそ玉石混合なのが冒険者な訳だけど。
 何か罪を犯したのならいざ知らず、続けて良いか悪いかなんて、誰に命令されるものでもない。
 なのに、どうしてそんな事で迷うのか。
 私達が傍に居られなかったあの時に、何があったって言うの?
 聞きたいけれど、たぶん根掘り葉掘り聞いてはいけない、そんな気がして。
 躊躇う様子の彼女が、口を開いてくれるのを私達は静かに待つ。

「今まで、戦う事そのものを、楽しいと思った事なんて、無いの。冒険者として、必要だから磨いただけで。自分を含めて誰かを護る事が出来る事を、誇りに思いはしているけれど」
「うん」
「だから、ゼノスに友だ同類だなんて言われても、正直困るし迷惑だったわ。心底、同じにしないで欲しいと思っていたし、どうしてそうなるのかも理解出来なかった」

 まあ、そうよね。
 何を思ったか、ゼノスはマリィを友と呼び、再び闘争をと求めていた。執着と呼んでも差し支えないほど。
 でも、マリィは明らかにそう呼ばれることに困惑していたし、その存在を感じる度に険しい顔になった。彼女から友だなどと一度も口にしていない。
 そも、彼女は決して好戦的な人じゃ無い。必要ならば躊躇わないだけで、可能な限り言葉を尽くそうとする。
 なのにどうして、あの男はマリィに執着したのか。単に強者との戦いを求めていたにしては、『友』と言う言葉が引っかかる。
 まるで、自分と同じだろうと、共感を思わせる口ぶりが、見ている私達も違和感しかなかった。

「……でも。あの時、何もかも全部、絞り出すほど力を尽くして戦ったあと。動けなくなった」

 あの時あの男がいたことは知っている。帰ってきた時に、クルルから聞いた。そのおかげで、マリィは終焉を止められたのだけれど。
 ……全く感謝する気が起きないのは、私がおかしいわけじゃないわよね?

「死にたいなんて思った事は無いわ。そもそも、あんな場所で命を落としたら、この星に還れないかもしれない。それは、受け入れ難い」

 それはそうでしょう。
 ハッキリと口にした事は無いけど、マリィの旅の目的は、愛する弟に、世界を夢見たあの子に、その話を届けること。それは今まで断片的に見聞きした事から、確信を持てる。
 何よりも弟を愛する彼女が、彼を悲しませるような事は望まない。世を儚む事は無いし、いつか帰るべき場所から引き離されるのも受け入れるはずがない。

「なのに、動かなかったの。怪我のせいで身体が動かせなかったのもあるけど。……何より、心が、動かなかった」
「心が……?」
「諦めるつもりなんてなかった。這ってでも帰るつもりだったのに。……あの瞬間、凄く心が凪いで、……まあいいか、なんて思ってしまいそうで」

 それはあまりにも、彼女らしからなかった。
 自分自身でも、そんなはずが無いと、今でも困惑しているのが目に見えてわかる。
 ぎゅ、とまた強く手が握りしめられる。
 手を添えている私には、それが微かに震えているのが分かった。

「あの感覚が、……ゼノスの言う、『満足』、だったのなら。……私は、彼の言う通り、……同じ類の人間だったんだ、と」

 こんなに躊躇いながら、……きっと、声を震わせないように、必死で抑えながら。言葉を紡ぐ姿を、初めて見た。
 彼女はいつも落ち着いていて、穏やかで冷静で。大きく感情を暴走させるような姿は、見たことがない。
 それは、感情が薄いとかでは決して無くて。自制心とか、理性的な部分で自分を制御するのが上手いって事だと思う。
 そうして把握していた『自分』とは異なる、知らなかった自己に対する、困惑、戸惑い。もしかしたら……失望。
 普段とは違う一人称は、きっと。今まで弟の夢を叶えるため、それを肩代わりして来た、頑張って恰好を付けているのだと笑ったそれではなくて。本来の、剥き出しの、彼女自身の想いである証拠。

「私も、いつか、満たされなくなって、……彼のように、もう一度あの『満足』の為に、形振り構わなくなる可能性が、あるかも、しれない」
「そんな事……!」
「何より、そんな彼を、私は、この星に帰せないと否定した。……であれば、同類の私の身の振り方は、慎重に考えないと、って」

 成程、と納得して、たぶん表情を顰めてしまったと思う。
 今までマリィにとって、ゼノスは全く理解できない存在だった。
 けれど、とうとう彼の言葉を理解し、自分も同類なのだと認識してしまった。
 結果、彼に突き付けた否が、自分自身に返ってきた。故郷への帰還を許さないほどの、強い自己否定となって。
 ……あの男!!
 やっと、世界中から向けられた期待も重責も、過去から続く宿命も運命も、全部その肩から下ろせる時が来たのに! 最後にこんな呪いみたいな置き土産を!!
 あいつが生きてこの場にいたら、それはそれは嬉しそうに笑うだろう。やっと理解したのか友よ、なんてのたまって。
 ああ、憎らし過ぎて腹が立つなんて言葉じゃ足りないわよ!!

「戦いたい、という渇望があるのなら、解放も、抑圧も、良い結果になる気がしなくて。……そも、やっと穏やかになれる筈の世界に、……私みたいな人間が、……居ては、」
「待って、マリィ。ゼノスと貴女は違う人間なのよ。よしんば同類だとしても、同一じゃないわ」
「そうだ。それに、戦うのが生き甲斐って人間は結構居る。あの男はそれを抑えず生きたけど、皆が皆そうなる訳じゃないんだ」

 戦いこそが我が人生みたいなのは、ゼノス以外にも居る。
 大抵の人は戦う事に付随する、お金や名誉、もしくは誰かの無事。そんな付加価値こそが目的だろうけど、戦いそのものを好む人は確かにいる。
 でも、ゼノスほど自分も周囲も巻き込んでそれに邁進する人はそうは居ない。普通は、適切に欲求を制御して生きてるもの。それが人間だし、戦い以外の嗜好を持つ人も同じ。
 何より、マリィは自己の制御に長けている。万一ゼノスと同じ衝動を持っていたとしても、自分の意志でそれをきちんと抑えて生きられると思う。
 それはマリィ自身も自覚しているはず。
 今までの旅で、一度もその生き方がブレたことのない彼女なのに、どうしてここへ来て、こんなにも自分自身を危険視しだすの?

「……もし、そうなってしまった時、我ながら被害が甚大そうで」
「その時は、……いいえ、その前に私達が貴女を止めるわ」
「そもそも、優しいあんたがあんな風には、なれないと思うけどな」

 ゼノスだって、別に唐突に豹変したわけじゃないし、そういう地盤はあった気がする。
 あの男とマリィでは前提条件……元々の性格も周囲の環境も、何もかも違う。
 一つ同じ物があったからって、同じ道を辿るはずもない。だって違う人間だもの。
 万一の事があったとして。それをただ見ている私達でもない。
 仲間だからこそ、一番に止めるために動こうとする。私やグ・ラハだけじゃなくて、暁の皆……世界中の貴女の仲間や友人が、きっとそうする。
 貴女は、一人きりじゃないのだから。

「ありがとう、……ごめんなさい、情けないことばかり言って。こんな事だから、あの子も待ってくれては居なかったのよね」
「え?」
「不甲斐ない姉よね。自分でもがっかりしてるもの。……きっと、先に気が付いたのね、聡い子だもの」

 目を伏せて、ぽそぽそと小さく呟く言葉は多分、私達に向けられたものではなかった。
 マリィらしからない、本当の弱音。
 でも、零してくれたそれで、やっと全部分かった。
 私達が出会うより以前から、彼女の心は強かった。既に、その根本に強い決意と揺るぎない愛があったから。
 だから、どんな苦難も悲しみも、彼女は負けずに歩き続けられた。
 ……でも。思いがけず訪れた星界に、愛する弟の気配は無かった。生きるものならいつかは誰でも還るべき場所で、今まで出会った仲間達の想いは幾つもあったのに。
 その時は、逼迫した事態を前にそれ以上考える事をやめて、歩みを止めなかったけど。
 こうして全てを終わらせ、ゆっくりと思考する時間を得て、彼女は気が付いてしまった。淡くも抱いていた望みは、決して叶わないものなのだと。
 元々、絶対に会えるとは思ってなかったでしょう。自分がいつか星界で弟に会えたら、お土産話をしてあげたい、という……家族を全て失った彼女が、これからも生きるために抱いた希望だった。
 自分を納得させる為のもので、きっと叶わないと理解していたとしても。現実としてあり得ないと突き付けられるのとは重みが違う。
 故に、こうして揺らぐようになった。愛する家族は自分を見守ってなど居ないと。見捨てられたと感じ、そうされざるを得ない不甲斐ない人間なのだと、自分を信じられなくなった。
 今まで自分を支えていた柱は失われ、代わりに芽生えたのは強烈な自己否定。こんなの、苦しいに決まってる。
 ……そんなのって、無いわよ!!

「マリィ!!」
「?!」

 がばっ、と勢い良く項垂れていた彼女に抱き着いた。
 当たり前だけど驚かせてしまったようで、腕の中の身体が一瞬びくりと震えた。私も、怪我はもう塞がっているとは言え、痛みを与えてしまったかと焦ったけど、腕は緩めない。
 今まで、弟に誇れるように……と言う想いと共に、私達の希望も世界の命運も背負って、最後まで英雄であってくれた、優しくて頑張り屋の貴女。
 その貴女の行き着く先が、苦しみの泥沼なんて、絶対に認めない。させるものですか。

「違う、違うの。……貴女の中にあるかもしれない衝動は、私達には否定も肯定も出来ないけど。でも、そっちは違う、違うってハッキリ言える」
「……?」
「聞いて。貴女に、伝えなきゃいけない事があるの」

 抱き締めて密着していた状態から、少し身体を離して視線を合わせる。
 グ・ラハも頷いて……ベッドの横に膝をついて、マリィの手に自分の手を触れさせた。
 かつて、星界で私達が見たもの。その時彼女には、伝えられなかったもの。
 貴女の弟は、星界で持っていないんじゃない。
 勿論姉に失望して見守るのをやめ、エーテルとして命の流れに還った訳でもない。
 その魂は、最初から星界へと還らず。……ずっと、愛する姉と共に在る。
 一人ぼっちにしてしまった事を案じ、少しでも助けになればと、支えになる事を選び、……心は守ってあげられないと、私達に想いを託してくれた。

「ごめんなさい、あの時すぐに伝えられなくて。私達は、……たぶんあの子も。あの時、貴女を迷わせたくなかったの」
「そのせいで、こうしてあんたに苦しい思いをさせて、すまなかった。あんたの弟は、大事な姉を見捨てたりなんかしてない。マリィと同じように愛しているし、今だって、一緒に居る」

 死んでもずっと共に居る、なんて。故人を想い嘆く人への、典型的な慰めだけど。
 でも、これに限っては気休めでも慰めでもない。だって、確かに私達は見た。
 マリィ自身は見れなかったものだけど。でも、彼女は既に一度、他者から魂を預けられた事がある。だから、有り得ないなんて言う事は無い。
 その当時には、そんな自覚は無かったとしても。その可能性は、あるのだと。
 私とグ・ラハの言葉を静かに聞いていたマリィは、途中で驚いたように目を見開いて。今も一緒に、と告げれば、触れられていない方の手を、自らの胸に当てた。

「……ルエ、……居るの? ここに……」

 独り言のように呟く彼女は、いつもの強くて頼りになる恰好良い英雄じゃなくて。ただ一人の、普通の女の子だった。
 その呼びかけに、応えはあったのか。何か、感じるものは、あったのか。
 私達には、分からない。
 ただ。

「……っ」

 ぽた、と。その瞳から、透明な雫が零れ落ちた。
 いくつも零れてくるそれを、彼女は拭おうとする素振りは無くて。どこか呆然とした表情で、自分でもきっと、よく分かっていないのかもしれないけど、そこに痛みは無いのだと思う。
 だから私は、再びぎゅうっと彼女の身体を抱きしめた。
 ラハも、宥めるように、優しくその背に触れていた。
 嗚咽はなくて。ただ、ぽろぽろと涙を零し続けるだけだったけど。
 それは、たぶん、今まで彼女の心の中で、ずっと一人で頑張って抱えていた想いで。
 こうして溶け出したその時に、私達が居て良かった、と思う。
 貴女は一人じゃないのよ、と伝えたくて。しばらくはそのまま、ぬくもりを伝えるように。強く抱き締めたままでいた。

 そんな静かな時間はしばらく続いて、やがて涙が止まると、彼女は私達に『ありがとう』と、少し恥ずかしそうに頬を染めながらも告げてくれて。
 それから、今後の事はもう少し考える、と。さっきも同じような事は言ったけれど、今度はそこに不安に駆られるような色は見られなかった。
 だから、私もグ・ラハももう少しで完治するんだから、油断せずに安静にするように! と伝えて、部屋を後にした。
 彼女は、もう、大丈夫。
 部屋を出てから、二人で顔を見合わせて。ほっとしたように、微笑みあった。





 それからほどなくして、マリィは怪我が完治したとして、また少しずつ冒険者の仕事を再開した。
 しばらく休んでいたから身体も勘も鈍っている、と。簡単な討伐や採取から始めていたみたい。流石、そういう所はきちんと自己管理していて、安心できる。
 ……そうして、私達はこの日を迎える。
 暁の血盟の、解散。
 長く本拠地としてきた石の家は引き払い、今後はタタルがその場所を継ぐ。彼女も今までの経験や伝手をフルに発揮して、これからは敏腕商人として名を馳せるでしょう。
 私達もそれぞれに、別々の道を歩む。
 もちろん、これが今生の別れでもない。繋いだ絆はこれからも変わらないし、そもそも解散というのも表向きの話。
 私達の使命は、エオルゼアの救済。ひいては、この地や世界を護ること。
 そんな想いを掲げた、秘密結社に戻るだけの事で、寂しいお別れなんかじゃない。

「そういえば、君はこれからどうするんだい?」

 それぞれの今後をざっくりと話した後、アルフィノはマリィに問いかける。
 もう、その姿に怪我の後遺症は見られない。いつも通りに凛とした佇まいで立って、私達を見守るように、優しい微笑みを浮かべている。
 見慣れた竜騎士としての装いも美しく。英雄の看板はもう必要のないものとして下ろすとは聞いたけれど、これからも高名な冒険者ではあるでしょう。

「ああ、ボクはちょっと、故郷に帰ろうかと思って」

 そういえば、一人称そのままなのね?
 ……という思考は、彼女が発した返答で即座に上塗りされた。
 私の動揺と同じものを、他の皆も感じたようで。瞬間、場の空気がなんとなく張り詰める。
 それをマリィも感じ取ったらしく、一度きょとんとした後、ああ、と呟いて頭を横に振った。

「違うわよ、冒険者を引退するとかじゃなくて。療養中に、一度帰ってきて欲しい、って手紙を貰ってね?」
「そ、そうなのね! ……でも、貴女の故郷って」
「ええまあ、ちょっと折り合いが悪かったのだけど。少し前にグリダニアに出現した偽神獣の討伐に当たっていた時に、不安を感じた森の住人達がカヌ・エ様に陳情しに来た事があって。その時に、ボクの村の人も居たみたいなの」
「なるほど。そこで、カヌ・エ様の傍で信頼され、頼りにされている君を見たという事だね?」
「そうみたい。どうしてか、そこから一度ボクに話を聞きたいって言い出したんですって。だから、一応ね?」

 ……たぶん、その手紙をくれたのは、あの村で彼女が唯一信頼している、あの男性。
 彼がそう言うのなら、和解の可能性が強いって事なんでしょう。
 私達……というか、アルフィノがひっそり情報を流したりして、少しずつ考えを改めさせようとしてたけど、百聞は一見に如かずとはその通りで、自分で見たものは否定出来ない。
 結局、やっぱり自分の力で状況を変えてしまったわけね。

「……そのまま帰って引退とか、無いわよね?」
「しないわよ。そもそも、元々住んでいた家は、旅に出る時に人に譲ってしまったし。まあ、久々に父さん達に挨拶が出来るのは嬉しいけれど、その後はまた冒険者を続けるわよ」

 彼女は旅に出て以後、一度も愛する家族の墓に行けていない。
 人伝に手紙は届けていたけれど、やっぱり直接会いに行きたかったわよね。それが叶うだけでも、良かった。
 ……あとは、あの村の人々がぐちゃぐちゃと文句みたいなのを言わないでしょうね、という気持ちは少しある。
 ついていこうかどうしようか、と少し悩んだけど……
 もう、私とアルフィノは、これからの道を決めてしまった。
 いつまでも彼女に引っ張られていてはいけないし、微笑むその姿を見ていたら、心配いらないわね、と自然と思えた。

「正直、色々考えたけど……。やっぱり、冒険者をしているのが性に合っているし、単純に好きみたいだから」

 腐ってもアゼムって事なんでしょうねえ、と彼女は笑う。
 その様子は、普段の落ち着いた、大人びた様子とは少し違って。なんだか、ワクワクしている無邪気な少女のようにも見える気がした。
 それが良い変化なのは、言葉にしなくたって皆分かっているようで。私を含めて、皆も笑って、それから『またね』とそれぞれに歩き出す。
 マリィも背を向けて歩き出したのを見送ってから、ふとまだ残っていたグ・ラハに視線を向けると、同じタイミングで彼もこちらを見た。

「……結局、あの人の心を守ったのって。私達じゃなくて、あの弟って事よね?」
「だとしても、橋渡しは不要なものじゃないさ。一人じゃないから、取りこぼした物も、忘れてきた物も、誰かが届けてくれるんだ」
「そっか。……そうね」

 一人きりで、何もかも持つことは出来ない。忘れるものも、落としてしまうものもある。それに気付かない事さえ。
 傍にいる人が居るからこそ、それに気付かせてもらえる。自分では分からなかった落とし物を届けて貰える事だってある。
 繋がる心と絆が、彼女の力であり、私達の誇り。
 ……うん、やっぱりどう頑張ったって、彼女はあの男みたいにはならないし、なれないわね。
 それ以上に、私達がさせないけど。
 それじゃあね、とグ・ラハとクルルにも手を振って、私はアルフィノと一緒に歩き出す。
 ここから先は、それぞれ別の道を行くけど、寂しいとは思わない。
 
 たぶん、これからが、彼女の……彼女達の、本当の冒険の始まりなのかもしれない。
 願わくば、その道行きに幸多からんことを。



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