Día de San Valentín

アイカツ 珠璃スミのバレンタインss。勘違い鈍感なヘタレな珠璃ちゃんと、冷静なように見せかけて「好き」にまっすぐで積極的なスミレちゃん。二人が過ごすバレンタインデーは……?


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「明日会えないかな?」
 スミレからメールが来たのは昨夜のことだった。
 珠璃はすぐに「もちろん!Espero! つまり楽しみ!」と返事を返した。幸いにもオフの日、というか、オフになるように自分で調整したからだ。
 そう、2月14日はバレンタインデー。
 必ずスミレから連絡が来るはずだと思っていた。クリスマスにバレンタインに、あとは4月1日とか。そういうイベントごとがある日は必ずメールが来ていたからだ。
 それはスミレと同室で、同じユニットの一人でもある大空あかりがドリーミークラウンのトップデザイナーと一緒に過ごす日だからにほかならない。
 ――好きな相手が自分以外の人と過ごす日に、一人でいたいはずがない。
 初めて彼女の涙を見た夜のことを珠璃は昨日のことのように憶えている。
 その日は買ったばかりのハーブティーがあるからとスミレに誘われて、部屋に行った。たまたまひなきや凛、まどかといったいつもの面々はみんな仕事でおらず、それが初めて二人だけで過ごした日となった。
「あかりちゃんもね、オフではあったんだけど、今日は瀬名さんのとこ行っちゃったんだ。」
 ハーブティーには口をつけずにそう言う彼女はどこか寂しそうで、ずっとうつむき加減だった。
 そして。
「隣のベッドに誰もいないの、寂しいから」
 夜も更けてきた頃、帰ろうとした珠璃はスミレにそう引き止められ、あかりのベッドで眠ることになった。
 深夜、珠璃がトイレに起きた時だった。隣のベッドからかすかな嗚咽が聞こえた。
 長いまつげから零れ落ちる涙。そして小さく聞こえた「あかりちゃん……」と呼ぶ声。
 その時から、珠璃はスミレから目が離せなくなってしまったのだ。
 彼女の寂しさを埋められるなら自分は代わりでもいいと思ったし、彼女の前では努めて明るく振舞おうと思う。もちろん、生来明るくアツい自分は意識せずともそう出来るので無理をしているわけではない。
 彼女の笑った顔が見たいから、いつもの2割増しくらいにはなっているはずだ。

 今日も待ち合わせは学園の門の前だ。
 珠璃がそこに行った時にはすでにスミレが待っていた。スミレはいつもより地味な服装に帽子を被って眼鏡を掛けている。それは彼女だけではなく、珠璃もそれに近しい恰好をしている。
 お互いにダンシングディーヴァやアイカツ先生で全国区で知名度を得るようになって、外へ出かけるのも一苦労だ。腕の時計を見るとまだ約束の5分前だったが、珠璃は慌ててスミレに駆け寄った。
「Siento!つまり待たせてごめん。」
「全然気にしないで。時間に遅れたわけじゃないし。私もさっき来たところだから。」
 スミレはそう言ってほほ笑む。
 その時、ちょうど雲の切れ間から光が差してきて、彼女のつややかな髪に反射した。陽の光にキラキラ輝く彼女は、ステージの上でなくとも「氷の華」だ。
思わず見とれてしまって、hermosoa、つまりすごく綺麗という言葉を何とか飲み込む。
 普段なら思ったことはすぐ口に出してしまう方なのに、こういう言葉は言えないでいる。あくまで自分はあかりの身代わりだから、なんて引け目に思っているからだろうか。
 そんな動揺を誤魔化すように、「Vamos! つまりレッツゴー!」といつもの自分らしく言って、二人で一緒に歩き出した。
 映画(神谷しおん最新作)を見てから、前から珠璃が気になっていたスペイン料理店で食事をとった。いわゆる隠れ家的なスペインの家庭料理のお店は奥に個室席があるというのもここを選んだ理由だった。
「Delicioso!最高においしい!」
料理を一口食べて、思わずそう言ってしまう。向かいに座っているスミレもうんうんと頷いた。
「おいしいね。ハラペーニョが効いてて、クセになる味。」
「そう言ってもらえると嬉しい!スミレちゃんって辛いのあんまり好きじゃないのかと思ってた。」
「うーん、実は少し苦手だったけど、珠璃ちゃんたちが出てた世界激辛フェスで色んなお料理を食べたり、ほかのお仕事でも食べたりしてるうちに、大丈夫になったんだ。」
「さすがスミレちゃん!」
「そうかな?普通のことだと思うよ?」
「そんなことはないわ。アイドルの中には嫌いなものや不得意なことがあっても“そういうキャラ”で貫き通す人も多いけど、スミレちゃんは魚をさばけるようになったり、本当に色んなことに挑戦して何でも克服してる。Maravilloso!つまりそういうのほんとにすごい!って思う!」
 珠璃が熱っぽく言うと、スミレは一瞬驚いたような顔をして、それから少しはにかんで笑った。
「ちょっと照れるけどそう言われると、嬉しいな。ありがとう。あ、こういうときはGracias! かな?」
 スミレの言葉に胸の奥がきゅんとなる。
 スペイン語を使われると、何だかスミレが急に身近になったような、距離が近づいたような気がしてドキドキしてしまう。

 食事を終えて、少し買い物でもしようとアパレル関係のショップを回ろうとしたが、バレンタインでどこもフェアやセールで人が多かったので諦めた。人目につきやすいところでファンに見つかったらそれこそ大騒ぎだ。学園に戻ってスミレの部屋でお茶でもしようかという話になった。
 電車を待っている間、ふと、珠璃の手の甲にスミレの手が触れた。お互い顔を見合わせて、何だか気まずくなって同時に視線を逸らす。
 さっきからどうにもスミレとの距離感がつかめない、と珠璃はどぎまぎしながら思った。あんまり近くにいると、勘違いをしてしまいそうになるから困る。
 電車がホームに滑り込んできたところで、スミレには気付かれないように深呼吸して自分を落ち着かせた。

 学園に戻って、スミレの部屋でハーブティーを飲みながら、アイカツ先生の再放送を見たり、最近の授業やレッスンでの面白い出来事や、色んな新作プレミアムドレスの噂について話したりした。
 特にスミレは楽しそうにあかりの話をたくさんするので、珠璃は少しだけ複雑な思いを抱きながらも、幸せそうな笑顔を愛しいと思った。
そうしているとすぐに時間は過ぎて、いつの間にか窓の外が暗くなっていた。
「あっという間に夜になっちゃった!スミレちゃんといるとほんとに楽しい!」
「うん、私もだよ。」
 顔を見合わせて笑いあう。
 何だかひどく甘く心地いい雰囲気になってしまって、珠璃は焦った。このままここにいると、彼女に自分が何をしでかすか分からなくなってくる。
「わ、私そろそろ――」
 珠璃がそう言って立ち上がりかけたのと、スミレが「あのね、珠璃ちゃん」と言ったのが同時だった。

「ちょっと待ってて」
 スミレはそう言って、机の引き出しの奥から何かを取り出した。そして、それを珠璃に差し出す。
「その、良かったら、珠璃ちゃんにこれ、もらってほしいの。」
 それは薄い紫色の、すみれ色の包装紙で包まれた長方形の箱。赤いリボンがかけられたそれには、同じく真っ赤な薔薇の飾りもついている。
「え、えっと……」
 突然のことに驚いて、珠璃は言葉に詰まってしまう。
「今日、バレンタインだから。」
 スミレはうつむいてしまったのでその表情は見えない。突然のことに珠璃は驚いてあたふたしてしまう。
「そ、そうね!今日はバレンタインだもの!Gracias! つまりほんとにありがとう!! もらえるなんて全然思ってなかったからすっごくうれしい!!」
「・・・ほんとに、うれしい?」
「本当に本当よ! 義理でもうれしい。」
 珠璃がそういった瞬間、スミレがうつむいていた顔をバッと上げた。
「違う!」
「え?」
「義理じゃないよ。本命に決まってるじゃない!」
 そういうスミレの顔はどことなく赤らんでいる。
「ほん、めい?」
「……えっと、珠璃ちゃん、私たち、付き合ってるよね?」
「えっ!? えええええええええええ!?!?」
 珠璃は思いっきり、学園に響き渡るような声で叫んでしまった。いきなりの付き合ってる発言に全く思考が追い付いていない。
「え、えっ、でも、あの、私たち、付き合うって言ったことあったっけ?」
「それは――、もしかしたら言ってなかったかもしれないけど、何回もデートしてるし、記念日とかこういう行事ごとはいつも一緒だったし、それに、私が怖い夢見て眠れない時、いつもキス、してくれたよね?」
 最後の方は少し小さな声で、顔を赤くしながらスミレが言う。珠璃の方はそれ以上に真っ赤になっていた。
「いや、それはその、あかりちゃんの代わりっていうか、いつも私は身代わりで、だから――」
「そんなんじゃない!珠璃ちゃんは誰かの代わりなんかじゃないよ!!あかりちゃんが好きだった私はもういないの。私が好きなのは、珠璃ちゃんだよ……ねえ、珠璃ちゃんはちがうの?」
 そう言ったスミレの、その美しい瞳に真っ直ぐに見つめられて、それ以上自分の気持ちに嘘なんてつけるはずがなかった。
「Lo amo・・・」
「それは、つまり?」
「スミレちゃんが、大好きよ。」
 どちらからともなく、顔を寄せ、口づけを交わす。
お互いに少しハーブティーの香りが残る唇をじっくり味わうように、何度もキスを繰り返した。それから、ぎゅっと抱きしめあって、珠璃の耳元でスミレが囁く。
「……今日はきっとあかりちゃん帰ってこないと思うから……泊まっていってね?」
 二人の甘い夜はこれから。

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