画面越しの


(やばい、笑うな、我慢しろ)

 目の前の光景を直視したいのをぐっと堪え、動画撮影モードのスマホ画面を注視する。
 自分の手の震えによりブレるピントに四苦八苦しながらもなんとかズームし良いポジションにセットし録画開始ボタンをタップする。動画を撮るのにこんな腕や腹の筋肉を使うとは思いもしなかった。

 ゾロの目の前では、徹夜明けのローがソファに座りみかんを食べようとしている。
 
 季節外れのハウスみかん。スーパーで購入すれば六個入りで千円を超える品だが、ゾロの養父であるミホークから大量に送られてきたのだ。皮が薄く甘みの強いそれを食後に並んで食べるのが恒例になっていたのだが、掴んですぐ皮を剥こうとしたローに「皮剥く前に揉んでみろ甘くなるぞ」と教えたのはゾロである。

 重そうな瞼が半分閉じており、口も半開きのまま猫背でソファに座り「みかん」を揉むロー。大量のブラックコーヒーを飲んで一晩乗り越えた脳に糖を摂取しようとしたのだろう。
 しかしそれだけなら即座にゾロが声を掛け、胃に負担の掛からない朝食を用意する。ゾロがそれをせず真っ先にスマホを取り出した理由は、ローが揉んでいるソレが「みかん」ではなかったからだ。


ーむっ
ーむんっ
ーむぃっ


 ローの掌に包まれみかんよろしく揉まれているのは緑のお手玉。揉まれる度にかすかに声を上げてはいるが痛みは無いらしくじっと掌に納まっている。
 瞬きの少ない疲れ切って一点を見つめたまま、みかんだと思いながらお手玉を揉んでいるローの姿が面白くてゾロは動画を撮影しているのだ。気付かれないように。

ーんっ
ーむきゅっ
ーむむっ

 大人しく揉まれているお手玉も面白いが、ローはいつ自分が揉んでいるものが食べ物ではないと気付くのだろうか。その瞬間を動画に納めたくて笑いたいのを我慢しキッチンから可愛い一人と一匹の撮影を続ける。
 
 いよいよローの親指が皮を剥こうとお手玉の腰布(?)に引っ掛けられたと同時に姿の見えない帽子のお手玉が大きな声を上げた。

ーむ゛ぎぃっ!

「うわっ!…っ、な、なんだ!?」

 ローが驚き掌のお手玉を落としそうになっている間。ゾロは声の出所を探す。画面越しにズームするとローの目の前、みかんが積まれたかごの中からぷんぷんと怒っているお手玉が飛び出す。

ーむぎっ!
ーむぎぃっ!

 と全力で文句を言っているお手玉にローも何かを察し、自分の掌を見る。

「え!?あれ?ゾロ屋?すまん、みかんだと思って…」

 ローはなんでもないような表情の緑のお手玉に謝りながら頭を撫でてやる。そのまま怒り狂う帽子のお手玉が居るリビングテーブルに優しく置いてやるも帽子のお手玉の怒りはおさまらず降りてきたローの手にかぷかぷと噛みついている。

「いてっ、いててっ…悪かったって、本当に間違えただけで…っ」

 もう我慢の限界だったゾロは思わず笑ってしまう。動画の停止ボタンをタップしズボンのポケットに仕舞うとリビングへ向かう。

「はははっ、可愛いなぁお前ら…」

 ローの額に軽くキスし親指に噛みつきぶら下がっているお手玉を優しく回収する。
 まだぷりぷりと怒っているようなので、おにぎり作ってやるよと声を掛けてやれば途端に目を輝かせる愛しい人と似た顔のお手玉。その後ろで自分のは?と期待した顔をする緑のお手玉にもお前の分もな、と言ってやる。

ーむぃっ
ーむんっ
ーむむっ

 嬉しそうに跳ねる二匹を見下ろしほっとするローにゾロは「お前は?なにが食いたい?」と優しくきいてみる。
 それにローはふにゃりと眠そうな顔で「ゾロ」とこたえるのでまたおかしくなって笑ってしまう。いつものかっこいいローも好きだが自分の前でだけ見せるふにゃふにゃとしたローも変わらず愛おしい。

「デザートは後でたっぷり食わせてやるよ。まずはその前に鮭と卵で雑炊でもするか」
「最高だな…」
「作ってる間に顔洗って来いよ」
「あぁ、そうする」

 雑炊もデザートも楽しみだ、と先程までと打って変わりにこにこと嬉しそうに洗面所へ向かうローを見送り、テーブルの上でおにぎりだと喜びの舞を舞う二匹を掬い上げ「揉まれたくないならみかん籠で寝るんじゃねーぞ」と優しく諭しながらキッチンへ向かう。

 
 何気ない幸せな一日の始まり。

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