軍師天鬼、利土を描く(11)
横書き
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縦書き
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それから利吉は、同じ台詞を十と三回言わされた。
十四回目に差しかかったところで、廊下から女中を呼ぶ声がした。台所の下働きの娘らしい。客人の膳の数が合わないと切羽詰まった声が続く。女中は組んでいた腕をほどき、小さく息を吐いた。
「……私も一応、この城の女中ですので。あとはお二人でお願いいたします」
「一応、ですか」
女中は前掛けの紐を締め直し、戸口で一度振り返った。
「天鬼様、原稿は体力勝負です。せめて一刻ごとに白湯をお飲みくださいね。利鬼様、飲まなければ口に流し込んでください」
「流し込……召し上がっていただきます」
「それから、藁人形は脱稿したら組頭に返す約束ですので、あまり藁を毟らないように」
「だっこうとは?」
言うだけ言って、女中は足早に去っていった。戸が閉まると、部屋には天鬼と利吉と『土井』と貼られた藁人形だけが残される。
「……続けるぞ」
「はい」
女中という緩衝がなくなると、作業は存外はかどった。
天鬼が描きたい構図を示し、利吉が立つ。天鬼が「腕を上げろ」と言えば上げ、「もう半歩寄れ」と言えば寄った。藁人形の横木に手を添え、首の荒縄に指を掛け、柱と藁のあいだに自分の身体を割り込ませる。
天鬼の筆は迷いなく走った。丸と棒ばかりだったネームの人物に少しずつ肉がついていく。肩の線、腰のひねり、踏み込んだ足の爪先の向き。利吉が姿勢を変えるたびに天鬼の手元の紙にその通りの形が現れる。女中の言った三倍という数字も、あながち大袈裟ではないらしい。
「利鬼。そこで振り向け」
「こうですか」
「もう少し顎を引け。……そうだ。お前は振り向く時に、ほんの少し目が先に動くな」
「そうでしょうか」
「そうだ。見ていて気づいた」
何気なく言われて、利吉は返事に詰まった。見られているのだ──この人の目に。そう思うと二人きりのこの状況が落ち着かない気がして、利吉は藁人形の肩口に手を置いて刃の痕の毛羽立った藁の感触を確かめた。
そうして窓から差し込む陽が傾き、板敷きの上の影がずいぶんと長くなった頃、天鬼の筆がはたと止まった。
利吉は藁人形に額を寄せた姿勢のまま、横目でそちらを窺った。天鬼は紙を睨んで、眉を寄せている。筆の尻で紙の一点を何度も叩き、それから紙を遠くに離し、また近づけて首を傾げた。
「……天鬼殿?」
「利鬼。こっちへ来い」
呼ばれるままに文机の傍に回り込むと、天鬼は描きかけの紙を利吉の前に突き出した。見開きの手前──頁の半分ほどを占める大きな枠が、空白のまま残されている。
「ここだ。ここに山田利吉の顔を大きく入れたい」
「顔ですか」
「寄りの大ゴマだ。見開きに入る直前の、息が触れ合うほどの距離を描きたい。額と額が、あと指一本でつくくらいの距離だ。そこを読者に突きつける」
天鬼は枠の中を指でなぞった。
「しかし描けん。いくら描いても遠い」
天鬼は忌々しげに、部屋の真ん中の藁人形を顎で示した。
「あれにどれほどお前が近づいても、私の目に入るのは二つの身体の全景でしかない。どうやっても引きの絵にしかならんのだ」
言われてみれば道理だった。藁の上に貼られた『土井』の二文字は、寄れば寄るほどただの墨の滲みにしか見えないし、寄れば寄るほど天鬼からは利吉の顔が見えなくなるだろう。
「では、どうなさるのです」
「決まっている」
天鬼は筆を置き、膝で利吉のほうへ向き直った。
「私相手にやれ」
「……は?」
「私が土井半助役を務める。お前はいつも通り山田利吉だ。私から見た顔が近づけば、寄りは描ける」
利吉はしばらく、言葉の意味を咀嚼できずにいたが、咀嚼できた途端、全身の血がどっと顔へ集まった。
──勘弁してください。
喉元までせり上がったその一言を、利吉はかろうじて呑み込んだ。呑み込んだのは天鬼の顔を見てしまったからだ。天鬼は真剣そのものだった。揶揄う色も照れる色も欠片ほどもない。城の見取り図を前にどこから攻めれば最も少ない犠牲で落とせるかを算じている時とまったく同じ顔をしている。この人にとってこれは純粋に、紙の上の戦をどう勝つかという問題でしかないのだ。
「……天鬼殿は、筆を持ったままでそれをなさるおつもりで?」
「残像を描く」
「そんな無茶な」
「残像とは要は観察だ。蘇軾の『文与可画筼筜谷偃竹記』にも『竹を画くには必ず先づ成竹を胸中に得べし』とある。描きたいものをよく観察し、心に思い描いて一気に描き上げる。残像が残るほどよく見れば、必ずしも見ながら描かねばならんということはない」
天鬼は文机の前に座り、紙を膝元に引き寄せて筆に墨を含ませる。そうして片手を膝に置き背筋を伸ばして、利吉を真正面から見上げた。
「──さあ、来い!」
敵陣を前にした総大将のような言い草だった。
利吉は目を閉じ、一つ深く息を吸った。
(……私も、いっぱしの忍だ)
変装の名人と呼ばれ、敵の城に紛れ込み、顔色一つ変えずに偽りの身の上を語ってきた。女に化けて男を誑かしたこともあれば、名も知らぬ相手に惚れた素振りをして口を割らせたこともある。求められた役を求められた通りに演じ切る、それが仕事だ。忍としてこれしきのことできないとは言えないし言いたくもない。
それにどうせ今日はもう、藁人形相手に「情がこもりすぎている」と散々言われた後なのだ。それならばこれしきの情、込められずして何とするのか。
利吉は目を開けた。
膝をつき、天鬼との間合いを詰める。天鬼の背後の文机の縁に片手をかけ、逃げ道を塞ぐようにして身を乗り出した。天鬼がわずかに顎を引く。墨の匂いと──その奥に、昔から知っている彼本来の匂いが微かにした。
額と額のあいだは、言われた通り指一本分。利吉はそこで止まって天鬼の瞳を覗き込んだ。薄墨色の瞳には自分の顔が小さく映っている。
「──ずっと、見ていました」
ネームにはない台詞だったが、構うものかと思った。
「あなたが私を弟のように扱うたびに嬉しくて、それ以上に悔しかった。いつかあなたの隣に並べる男になりたくて、それなのにあなたはいつまでも遠くて」
声は低く、掠れていた。作った声ではない。作る必要もない。思った通りを言えばいい。人の気も知らないで、無茶ばかり言うこの人に。
「今だって、こんなふうにしていてもこんなに渇いた気持ちになるのは私だけかもしれません。でも、ほんの少しでもそれと違うものがあるのなら──今度は、私の方が離せません」
文机の縁を掴んでいた手を離し、天鬼の頬に添える。先日、天鬼がそうしたように、親指で頬骨をそっと撫でた。
「あなたをお慕いしているんです……もうずっと」
沈黙が落ちた。
筆は動いていなかった。
天鬼は利吉を見上げたまま、固まっていた。薄く開いた唇からはいつものような指導の言葉が一言も出てこない。そして見る間に頬が、首筋が、じわじわと朱に染まっていく。
天鬼は少し俯いた。利吉の手のひらの下で、頬が熱を持っていく。
「……天鬼殿?」
「…………」
「あの、描かれないので?」
「…………描く」
天鬼はようやくそれだけ言うと、利吉の手を振り払うようにして顔を背けた。漸う筆を紙に下ろしたものの、下ろしたまま動かない。墨がじわりと滲んで、空白の大ゴマの真ん中に黒い染みが広がっていく。
「天鬼殿、墨が」
「分かっている!」
天鬼は紙をひったくるように脇へ除け、新しい紙を引き寄せた。引き寄せたはいいが、筆を持つ手が小刻みに震えて、枠線がまっすぐ引けていない。三度引き直して三度とも歪み、天鬼は筆を置いて両手で顔を伏せた。
「…………お前」
「はい」
「今のは、情が籠りすぎている」
宝冠の隙間から覗く耳が真っ赤に見えるのは、部屋を染める夕暮れの朱のせいだろうか。耳の端ばかりか襟元からのぞく首筋までがくっきりと朱に染まっているように見えて、利吉は文机の縁に置いた手のひらにじわりと熱が滲むのを感じた。
引くべきだということは分かっている。城内に潜入している身で、これほど私情に引きずられるなどプロの忍として言語道断である。──けれども。
恨みがましげにこちらを見ている、濡れたように揺れる薄墨色の瞳。普段は冷徹な軍師の仮面を被り完璧なまでの人心誘導を組み立てる男が、自分の一言でここまで無様に崩れている。
記憶を失う前の彼は、こうではなかった。どんな時でもお兄ちゃんはお兄ちゃんで、利吉が背伸びをして大人びた口を利いても、柔らかく笑んで躱してしまうばかりだった。近づいても近づいても大人と子供という見えない壁が厳然と立ちはだかり、決してその奥へ踏み込ませてはくれなかった。
それが──今は。
記憶を失い、天鬼などと名乗っているこの男は、あまりにも初心だった。胸の奥で燻っていた熾火が一気に燃え広がっていく。利吉は音もなく膝をもう半歩進めた。
「……天鬼殿」
呼ぶ声が、自分でも驚くほど甘く沈んだ。天鬼の肩がびくりと跳ねる。絞り出すような声が聞こえた。
「……寄るな」
「どうしてですか」
「……枠が、まだ定まらん」
「枠なら、もう決まっているではありませんか。あなたの目の前だ」
利吉はそっと手を伸ばした。
拒絶するように固く結ばれた天鬼の両手の、その手首の下から指を滑り込ませ、じわりと力を入れて握り込む。ここ数日のネーム作業のせいか骨の筋が浮き出た手首に少しばかり驚きながら、指先で脈打つ早鐘のような鼓動が直に伝わってくるのを直に感じる。
「何を……」
「顔を見せてください」
「断る」
「天鬼殿」
「見せられるか! ……このような、締まらん面……」
「そんなの、私しか見ていません」
低く囁きながら、利吉は手首を絡め取るようにしてゆっくりと引き、天鬼の顔を上向かせた。天鬼はわずかに抗おうとしたが、はっきりと抗わないのは彼も何かを期待しているのではないかと利吉の胸は余計に高鳴る。そうして伏せられた顔がこちらを向き、隠されていた表情が夕陽の光の中に晒されて、利吉は思わず、喉の奥を詰まらせた。
額から頬、伏せた目元、薄い唇に至るまで、熱を帯びた朱が鮮やかに広がっている。濡れた瞳が所在なげに彷徨い、濃く縁取られた睫毛が細かく震えている。眉間にはいつもの険しい皺を寄せようとしているのに、潤んだ瞳のせいで威嚇になっていない。
可愛い──と。
不敬極まりない言葉が、頭の芯を痺れさせた。
「……お前は、調子に乗りすぎだ」
天鬼が掠れた声で言った。必死に軍師の威厳を取り繕おうとしているが、息が上がり語尾が頼りなく揺れている。
「これは、絵のための手習いだと……そう言ったはずだ」
「ええ。そうですね」
「ならば、台詞も型通りにこなせばよいものを……何だ、先ほどの口上は。弟だの、隣に並ぶだの……そのようなこと紙のどこにも書いていないだろう」
「書いていなくても、思ったことです」
利吉は天鬼の手首を掴んだまま、自分の胸元へと引き寄せた。着物の薄い布越しに、利吉の胸の鼓動を押し当てる。
「絵巻の中の二人がどうであろうと、私には関係ありません。私にとっては、目の前にいるあなたの方が重要です」
天鬼の瞳が見開かれた。利吉はもう、自分を止める気をなくしていた。相手が記憶を失っていようがドクタケの陣営にいようが、この際どちらでもよかった。自分を見つめるこの瞳を、この熱を、誰にも渡したくない。今天鬼が描こうとしている絵巻の題材すら、今の利吉にとってはただの都合のいい口実に過ぎなかった。
自由の利かない手首を引かれ、天鬼の身体がより密着する。返るのは戸惑いばかりで拒否されないことに利吉は自惚れそうになる。支えるようにもう片方の手を天鬼の背中に回して引き寄せると、乾いた墨の香りと微かな白湯の匂いが鼻腔をくすぐった。
「あ……」
天鬼の唇から、小さな吐息がこぼれる。額が触れ合う。指一本分の隙間すらなかった。互いの睫毛が掠りそうなほどの距離で吐息が交差する。
「……利、鬼……」
「はい」
利吉は低く囁いた。
「あなたがそう呼びたいなら、それで構いません」
「お前は……ただの、下働きだろう……」
「そう思いたいなら、そう思っていてください」
利吉はふっと口元を緩め、天鬼の熱い頬に唇を寄せた。触れるか触れないかの距離で、耳元へ息を吹きかける。
「う……」
天鬼が喉を鳴らして身を縮めた。耳朶に唇がかすかに触れると、びくりと全身を震わせる。その様子が利吉の奥底にある独占欲を猛烈に煽り立てた。抱きしめる腕に、自然と力が籠もる。
利吉は天鬼の顔を正面から見据えた。
夕陽が最後の光を投げかけ、天鬼の瞳を琥珀色に染め上げている。困惑と、微かな恐れと、そしてそれ以上に抗いがたい熱がその瞳の奥で渦巻いていた。拒絶の言葉を紡ごうと開かれた唇が小さく震えている。その唇の形を、利吉は食い入るように見つめた。
乾いていて、少し墨で汚れていて、けれどどうしようもなく食い付きたい。
あとわずか。首を少し傾け、顔を寄せれば、それで届く。
「……天鬼殿」
掠れた囁きとともに、利吉はゆっくりと瞼を伏せ、唇を重ねようと間合いを詰めた。
吐息が重なる。互いの唇の輪郭が、熱として触れ合う。
あと、すこし──。
その刹那。
天鬼の瞳が、カッと見開かれた。夕闇に緩く溶けていたどこか甘い空気が、一瞬にして凍てつく刃のような冷徹な輝きへと変貌する。
「…………っ!」
天鬼の膝が、凄まじい速度で跳ね上がる。敵の懐に飛び込み、急所を的確に狙う動きそのものだった。
「ぐっ……!?」
鳩尾を鋭く抉られ、利吉の腕から力が抜けた。それでも力加減には些かの温情がある。抱きしめていたはずの身体が水のようにするりと腕の間からすり抜け、利吉が床に片膝をついて息を詰まらせた時には天鬼はすでに三間後方──部屋の対角線上の隅へと飛び退いていた。
「天鬼、殿……?」
何が起きたのか分からず、呆然と顔を上げる。
天鬼は壁に背をぴったりとつけ、両手を胸の前で交差させていた。戦闘態勢である。その顔は先ほどまでとは打って変わって、目だけが狂人のように爛々と見開かれている。
「……危ないところだった」
天鬼の声が、部屋の空気を切り裂くように響いた。
「は?」
「あともう少しで、すべてを投げ出すところだった……!」
天鬼は肩で息をしながら、床に散らばる反古紙の山を指差した。その指先は怒りか恐れか、あるいは興奮のあまり激しく震えている。
「原稿だ!!」
「……はい?」
「原稿だと言っている!!」
天鬼は鬼気迫る表情で、叫ぶように言葉を吐き出した。
「何という恐ろしい術だ……! 危うくあのまま快楽に溺れ、戦線を離脱するところだったぞ!!」
「せ、戦線?」
「そうだ!! 我らが使命を忘れたか!!」
天鬼は胸を張り、燃えるような瞳で利吉を睨みつけた。夕暮れの薄暗がりの中で、その姿はまるで神仏の啓示を受けた行者のようにも見える。
「愛と! 正義と!! そして天下泰平のために、悪辣なる忍術学園の謀略を白日の下に晒さねばならんのだ!!! そのための第一歩として、この絵巻を世に知らしめ、確固たる読者層を築き上げることこそが、今の私の至上命題!!!!」
「いや、あの」
「この原稿を落とすわけにはいかんのだ!!」
ドクタケ城の天守にまで届きそうな気迫のこもった叫びが、静まり返った部屋に木霊した。
「既にいべんと申し込みもさくか提出も済んでいる!! ここで私が私情に流され、締め切りを破ってみろ! 二度と界隈の土を踏めなくなるのだぞ! そのような恥辱、軍師として、耐えられると思うか!!」
「軍師は関係ないでょう……!?」
「大有りだ!!」
思わず立ち上がり叫び返す利吉に、天鬼も負けじと叫ぶ。なんなんだこれは。ついさっきまで胸の中に満ちていた甘い熱情は急速に冷え固まり、呆れと脱力へと姿を変えていた。あんなにも触れ合う寸前まで行って、これ以上ないほど甘い熱気の中で互いを見つめ合っていたというのに。
この男の頭の中を占めていたのは──ただひたすらに、締め切りだった。
「描くぞ、利鬼!」
天鬼は利吉の呆然とした表情など気にする風もなく、跳ぶように文机へ戻ると、猛烈な勢いで硯に水を注ぎ足した。
「今の! 今の寸前の間合いだ! 触れ合う直前の、互いの呼気が混ざり合うあの刹那こそが、見開き手前の大ゴマに相応しい!! 忘れる前に叩き込む!!」
ガリガリと、狂ったような速度で墨が擦られる。
「……天鬼殿」
「何をしている! 紙を持て!! 天下泰平の世のために、一刻の猶予もないのだぞ!!!」
真っ赤な顔のまま、しかし目は完全に修羅の光を宿して天鬼が叫ぶ。利吉は深く、深く息を吐き出した。それから、のろのろと立ち上がる。
(……馬鹿だ)
心の底からそう思った。
この男の初心さに絆され、本気で口説き落とそうとした自分が、心底から馬鹿らしかった。
記憶を失おうが、ドクタケの軍師になろうが、この人は根っこのところで何も変わっていない。目の前に大切なものがあって自分の色恋などには目もくれない、あのお兄ちゃんと同じ。そう考えると、少し泣けた。
「……わかりましたよ」
利吉は諦めとともに、うらぶれた声で低く呟いた。
「紙を持っていけばいいんでしょう。これくらいですか!」
「声が小さい!! そんな気迫で天下が取れるか!!!」
「私はただの下働きですので!!!!」
夕闇の迫る部屋の中で、二人の怒号が虚しく響き渡る。
その騒ぎを、廊下の物陰からそっと覗き込んでいる人影があった。仕事を終えて戻ってきた女中である。薄く開いた戸の隙間に寄りかかり、室内の様子を眺めてため息を吐いている。
真っ赤な顔で必死に墨を擦りながら、あらぬ方向へ怒声を張り上げる軍師。
その怒号に晒されながら(おそらくまたポージングをしろと言われたのだろう)虚無の目で藁人形の横に立ち直す青年。
「……察しが悪いにも程がありますね、あの男前は」
ちっ、と。
舌打ちの乾いた音が、暮れなずむ廊下の闇に小さく溶けて消えた。
──どう見ても照れ隠しなのに。
ラブコメを描き尽くした女のぼやきを余所に、見開きの完成はいまだ遠かった。
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