聞いてへん



昼下がりの喫茶店。
今週のマスターのおススメ。ふわふわのリコッタパンケーキの上には蜂蜜が掛かっていて、生クリームがこれでもか、といわんばかりのボリュームで乗っている。
いただきます、と手を合わせるのも、喜代美ちゃんはいつものように証拠写真を撮ってから、やな。
角切りにされたコーヒー寒天が入ったレイコーと一緒にパンケーキの皿をうまいことカメラに収めた様子を眺めていると「とりあえず食べながら話しましょう。」と言われたので頷いた。
「デカいなあ、厚みだけで言うたら、福太郎のお好みくらいあるんとちゃうか。」
あれよあれよと言う間に観光客御用達の店になってしまった店で食べたお好み焼きを思い出すくらいの分厚さだ。
「お好み焼きならキャベツ入れて豚肉入れて、て分厚くなるのも分かりますけど、こんなんほんと、どないして作るんやろか。」
喜代美ちゃんは大きく切り分けたパンケーキを大口開けた中に放り込んだ。
「そういうのヨーグルトを生地に混ぜるとええらしいで。オレはこんな白っぽい色のより、普通の狐色のホットケーキの方が好きやけどな、今度、子どももここ連れて来たろ。」
「そうですねえ……。」と言って喜代美ちゃんがちょっと悩まし気な顔を見せた。
そういえば、この間もラーメンを食べに行ったときに、お子様セットがない、て言って喜代美ちゃんが小さい丼に分けたったの見てたオチコが「一人前食べたい~!」とギャン泣きしてたって言うてたな。
いやいや期てヤツや。
これ話に突っ込み入れ始めたら、子育ての話で一日終わってまうで。
オチコの話聞くのは今日は後でええか、と思ってたら、喜代美ちゃんがいきなり「あ、草若兄さん、今年のクリスマスどないします?」とそのものズバリで聞いて来た。
視界の端でカウンターの中にいた店長が目を剥いたのが見える。
声、もうちょっとボリューム下げた方がええんか……?
「あんな、喜代美ちゃん。」
「今の草若兄さんの体型なら、去年のサンタの衣装まだ入ると思うんですけどぉ、ちょっと試しに着てもろて、て思ってるから、次の木曜の出番終わってから衣装合わせしてもらえたら、あの子も寝てる時間やしええんかなあ、て思ってまして。」
なるほどという顔をして、店長がミックスジュース用のグラスを拭くのを再開し始める。
あれ、もしかせんでも耳ダンボになってるんと違うか。
マスター、聞いてるならアドバイスしてや、と言いたいのはやまやまやねんけど、カウンターにおると、入り口に背中向けてまうで、もう誰が入って来ても見えへんからなあ。
「いや、オレ、今年は。」
「あ、今年は草若兄さんもうちでケーキ食べてもらうんどうかな、て思うんですけど。草々兄さんも最近分かって来たみたいで、四草兄さんとこでもクリスマスするんやないか、て言ってたんですけど、……それやったら、四草兄さんも仕事は入れずにお子さんと過ごしてますやな。好き同士やのにクリスマス過ごせないとかより、クリスマスやから、て言って家族優先せなあかん、みたいな空気の方が四草兄さんには合わへんのやないかと思って、こないして図々しくサンタ役をお願いしてたんですけど、これまでって、その辺どうやったんですか? もしかして、四草兄さん怒ってました?」
「怒っては、おらんかったけど。」
前戯がねちこいていうか……いや、なんもないわ。
「はあ~、良かった! やっぱこないだも不機嫌そうやったん、年末になる前に、て楽屋の壁に『賭け事禁止』て張り紙したの根に持ってただけやったんですね。」
「……あの張り紙、明らかに四草向けやろ。オレも笑ってしもたわ。」
楽屋に将棋盤やらオセロやらは置いてはあるが、アホな駆け出しが金賭けてるて話も、ビスコ賭けてるて話も、オレはちょっとも聞いたことがない。
皆、貼られた賭け事禁止の張り紙を見て、一度は、まああいつ/あの人しかおらへんわな、という顔をしているようだった。
「落ち着いて来たら剥がしてもええんと違うか、体裁悪いし新しく入って来るヤツがびっくりするやろ、て柳眉兄さんとか草々兄さんも言っとんなるんですけどね、まああちこちの師匠方のとこから色んな子ぉが来ますから、四草兄さんみたいな年長者には、年長者らしくしっかりしてもらわんと、示しがつかん~て言うか。」
「そんなん言い始めたら、オレなんかどないなるねん。」
「草若兄さんは可愛さ担当やからええんとちゃいますか? 戦隊シリーズで言うたらピンクていうか。」
そのたとえ、どないやねん、て思わずツッコミそうになってしもたけど、まあ色で男女かっちり分けるんも今は古いんか?
「まあ下の人のこと、ひとつひとつ言い始めたら私自身にも返って来るんですけど。内外きっちりして、うちの中ではええですけど、外ではあかん、てことにしといた方が。」
「そらそうやな、……って尊建のことどついて、あれだけデカい事件にしてしもたオレが言うこっちゃないか。」
「今思うと、まあ若気の至りや、と思うこと多すぎますよね。よそでもなんやかんやある、て聞きますけど、うちの一門は特に。私かて、あの頃もう中堅どころやったのに、後先考えんと、草々兄さんのこと探しに行ってしまいましたし。あとで良う考えたら、草々兄さんの生まれ育った町って根拠があったとしても、小次郎おじちゃんのほんまかどうかも分からない話信じて、京都の方行ってしもたのが不思議でならんのです。」
「まあそこは、愛の力っちゅうか、そういうもんとちゃうんか。」
「そういえば、小草若兄さんも小浜に行く前は全然関係ないとこうろうろしてたんと違いますか?」
「そら、喜代美ちゃんが想像もつかんようなあっちこっち行ったわなあ……金なかったし、節約せなあかんような夜は、サウナで夜明かししたりして。そうやけど、オレも最後は小浜に行って、喜代美ちゃんのおかあちゃんに捕まってしもたやんか。人間誰しも、思い出のあるとこに行ってみたい、みたいなのがあるねん。」
「草若兄さん、未だに糸の切れた凧みたいにふらふらっと小浜行ってるやないですか。小次郎おじちゃんとはちゃうんですから、たまには、置いて行かれる方の身ぃも考えてくださいね。」
「そんな風来坊みたいな言い方せんでもええやんか。小浜に行く半分は仕事やがな。」と言って笑うと、黙々とパンケーキを食べてた喜代美ちゃんのナイフとフォークの動きが止まってしもた。
あ、目が潤んでる。
「草若兄さんばっかり、ズルいです~!」
「え、なんで?」
あ、声に出てしもた。
「『小浜好きやで観光大使』の仕事なんて、落語家続けてたら、絶対わたしの方に回って来たはずやのに。おかみさんの仕事ほっぽり出せへんから我慢してるだけで、ほんまは私もやりたいんです~!」と言われて、そらオレより小浜市のえらいさんに言ってや、と言いたくなったけど我慢した。
「まあ……オレが一号やと仮定して、喜代美ちゃんは二号やるか? アマゾンでもええで~。」
「……そら、戦隊シリーズのピンクよりはアマゾンとかブラックの方が格好ええですけど、って仮面ライダーの話とちゃうし!」
いつもながら冴え渡ってるな、おかみさん流のツッコミが。
まあ、徒然亭若狭が復活するなら、タレント活動より創作落語が先やなあ、とも思うけどな。
「そない言うたら、オチコ、まだ両方見てるんか?」
「見てますねえ。でっきやらかーどやら知らんけど、『変身したい、変身したい~!』てひつこいんですあの子。あんまりやいのやいの言うのもあれかな、と思って、夏の浴衣着せて、ブラックの写真入れたプラスチックの写真立て帯に挟んで遊ばせてたら、お気に入りのお兄ちゃんに見せよと思って駆けだして、ずっこけて、写真立てお腹に当たって痛かった~、て泣いて、大変でした。」
「そら、また。……底抜けに可愛いな。」
「そうなんです、草若兄さんも可愛いうちの子の寝顔見に来たいと思いませんか? 今ならサンタの衣装とプレゼントも着けますでえ。」
「プレゼントて、去年の草原兄さんの『大全集』みたいなのは勘弁やで…うちに置くとこないわ…。」
「あれは……ほんますいません……。聞いた時にはいいアイデアやと思ったんですけど。」
「寝床で皆酔っぱらってたからな。」
『徒然亭草原の噛みまくり落語大全集(やさしい落語講座付き)』は観光客用のネタに作ったグッズで、売れに売れ……残ったヤツが流れ流れてオレの部屋に流れついてしまったんや。
限定三千枚ならなんか物好きが買っていくんやないかと思ってたけど、おチビがこれ聞いてたら噛むとこまで練習してしまう、て言うて予言したほんまその通りで身内にも売れへん散々っぷりやった。喜代美ちゃんとこのプータローのおっちゃんが道端でたたき売りしてもまだ残る。オレが小浜で落語会したときに、市民会館の人の手伝いしてもらえる物販にグッズの横に置いて貰っても、ただの置物や。
「あ、あんな、喜代美ちゃん、オレ今年はサンタ出来へんねん。」
「何でですか? オチコ今年は絶対起きとる~いうてて、今年こそピンチなんですけど!」
「草々に着せたらええやろ。着丈は合うてんのやさかい。」
「それが、草々兄さん、今年は弟子の子と一緒にプロテイン飲んでたら、なんやムキムキになってしもて……。」
「……うーん。ほんまいうたらな、」と声を低めた。「これ喜代美ちゃんにだけ言うんやけど、四草と両想いやったねん、オレ。そやから、」
「………え?」
あれ、ワタシ聞いてません、て顔とちょっと違うな、これ。
「あ、はい、四草兄さんでも、今年もクリスマスに仕事入れてますよね?」
「そうやな。」
「草若兄さんが食べたいいうから、正月の数の子買うために毎年例の仕事入れてんのやて聞いてたんですけど。」
「……そうなんか?」
オレ、数の子食いたい、て言ったか……?
なんや思い出したら、数の子食えるくらいの収入が欲しいとは言ったかもしれんけど、オヤジと違ってオレは数の子にそれほど執着ないし。
「いや、あれ美味かったけど、四草が自分で食いたいとか、おちびの食育のためと違かったんやな。」
……心なしか喜代美ちゃんの視線が冷たいような気がすんねやけど。
「アレを始めた年も、年末年始に出掛けるからその前にマフラー買ったら金足りなくなったて聞いてて、あの年、四草兄さん自分のマフラー全然してなかったやないですか。」
「まあ、そうやな。」
四草のヤツ、ええ年してマフラーとか好かんて言うからオレがいちいち巻いてやらなならんねん。
「徒然亭四草クリスマスディナーショーいうたら、もう一時間で席埋まってしまってチケット取れへんのですよ? それ全部草若兄さんのためやったと思ってるんですけど、」
「そうなんや。……ってええ?」

オレ、そんなんなんも聞いてへんぞ。

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